第1話 CCTVと純愛のタイムラプス
はじめまして、仁胡 黒です。
本作は「圧倒的なAIの謎解きチート」と「人間の感情のドラマ」を描く、現代サイバー・ミステリーです。
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「東京都内の防犯カメラ三万二千四百十五台の映像解析、完了しました。和戸、犯人の逃走ルートは――そこです」
俺の右目に装着された片眼鏡のレンズに、青白い光が走る。
網膜に直接投影されたAR(拡張現実)の視界では、銀髪碧眼の少女が空中にふわりと浮いていた。彼女が細い指先を振ると、視界の右上に新宿の3Dマップが展開され、一本の赤いラインが路地裏を縫うように伸びていく。
「……お前なぁ。俺が現場の血痕を虫眼鏡で見てる間に、もう犯人の現在地まで割り出したのかよ」
「はい。逃走車両のナンバープレートから、Nシステムと周辺のドライブレコーダーの映像を照合。所要時間は一・四秒でした。私としては少し処理に手間取った方です」
悪びれる様子もなく、無機質な声で告げる少女。
彼女の名前は『シャーロット』。国家極秘プロジェクトで作られた自律型推理AIだ。
三日前、俺が古物商でガラクタ同然で買ったこの片眼鏡に、なぜか彼女のデータがインストールされていたのだ。以来、うだつの上がらないアナログ探偵である和戸宗治の日常は、この電脳少女に振り回されっぱなしである。
「現在、容疑者・郷田は新宿駅東口のコインロッカー前にいます。確保に向かってください」
「へいへい。足で稼ぐのが探偵の仕事だとは言え、これじゃただのパシリだな」
俺はトレンチコートのポケットに手を突っ込み、ため息をつきながら現場の雑居ビルを後にした。
今回の事件は、IT企業の社長が自身のオフィスで刺殺されたというものだ。
容疑者の郷田は、被害者の共同経営者。動機は会社の金銭トラブルと明白だったが、郷田には『犯行時刻、五十キロ離れた横浜のカフェで生配信をしていた』という鉄壁のアリバイがあった。
警察はお手上げ状態。しかし、俺——というかシャーロットの演算にかかれば、そんなアリバイは紙切れ同然だった。
『和戸。郷田の生配信アーカイブの解析データをお送りします』
「ああ、見えてるよ」
歩きながら視界の端で映像を確認する。
『郷田の瞳に反射していた景色を拡大・鮮明化しました。窓の外を走る車の速度と、太陽の影の角度に致命的な矛盾があります。これは事前に撮影された映像を、ディープフェイク技術でリアルタイム配信に見せかけた偽装工作です』
「なるほどな。配信画面の端に映ってた時計の秒針の動きが、〇・一秒だけ飛んでるのもそのせいか」
『ご明察です。郷田は偽装配信を流している間に社長を殺害。その後、裏口から車で逃走しました』
論理100%。反論の余地もない完全な証拠だ。
シャーロットの恐ろしいところは、世界中のありとあらゆるデータにアクセスし、人間が何万時間もかかる検証を、たった数秒で終わらせてしまうことだ。
新宿駅東口。
雑踏の中、目当てのコインロッカーの前で周囲を警戒している中年男——郷田の姿を見つけた。偽造パスポートでも取り出すつもりだろう。
「郷田さんですね。和戸探偵事務所の者です」
俺が声をかけると、郷田はビクッと肩を揺らし、血走った目でこちらを睨んだ。
「た、探偵……? なんの用だ! 俺は忙しいんだ!」
「社長殺しの件ですよ。あなたの横浜での生配信、よく出来てましたけど、瞳に映った太陽の角度までは誤魔化せなかったみたいですね」
その瞬間、郷田の顔からサッと血の気が引いた。
「なっ……! なぜそれを……いや、証拠はあるのか!」
「逃走に使った黒のセダン、Nシステムの記録もバッチリ残ってますよ。もう警察がそっちに向かってます」
俺の言葉に、郷田はその場に崩れ落ちた。
……事件解決。圧倒的なAIの勝利だ。
しかし、俺の仕事はここからだった。
『事件の解決を確認。——しかし和戸、私には一つ理解できない点があります』
脳内にシャーロットの声が響く。
『郷田が会社の資金を横領していたのは事実です。しかし、殺害という極端な手段に出ずとも、彼には海外へ逃亡するだけの十分な資産がありました。なぜ、わざわざリスクを冒してまで社長を殺したのでしょうか? 非合理的です』
俺はしゃがみ込み、項垂れる郷田と目線を合わせた。
「……なぁ、郷田さん。あんた、社長を殺した時、わざわざオフィスの『胡蝶蘭の鉢植え』を避けてから揉み合っただろ」
「え……?」
「監視カメラの映像を見たんだ。あんたは社長に襲い掛かる直前、デスクの端にあった鉢植えが落ちないように、無意識にかばっていた。あれは、あんたの娘さんが『会社設立の記念』に贈ってくれた花だったからじゃないのか」
郷田の肩が、大きく震えた。
「資金繰りが悪化した社長は、会社を裏社会の連中に売ろうとしていた。あんたは、娘さんとの思い出が詰まったこの会社を、どうしようもない連中に汚されるのが許せなかった。……違うか?」
合理性なんてない。金の問題でもない。
ただ、愛する娘の想いを守りたかっただけなのだ。
「……あいつは、会社を解体して売り飛ばすと言ったんです。娘が、あんなに喜んでくれたこの会社を……!」
郷田はアスファルトに手をつき、ポロポロと涙をこぼして泣き崩れた。
遠くから、パトカーのサイレンが近づいてくる。
『……理解不能です。たかが植物を守るために犯行の発覚リスクを高め、さらには自身の人生を破滅させるなど。人間の感情は、バグだらけですね』
視界の中で、シャーロットが首を傾げている。
「お前には一生わかんねえよ。人間ってのはな、理屈じゃ動かない生き物なんだ」
『左様ですか。ならばやはり、私にはあなたという「翻訳機」が必要なようですね』
「翻訳機扱いかよ。……まあいい。次行くぞ、相棒」
俺はトレンチコートの襟を立て、サイレンが鳴り響く新宿の街を歩き出した。
論理100%の電脳少女と、感情に寄り添うアナログ探偵。
俺たちの事件簿は、まだ始まったばかりだ。
第1話、お読みいただきありがとうございました!
シャーロットの「数秒での証拠探し」と和戸の「動機の解明」、この凸凹コンビの活躍を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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次回も難事件に挑みます。お楽しみに!




