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第6話 #読者は神様ではない②

 東京地下駅ダンジョン。地下2階にて。


 周囲にはコロコロ転がるスライムたちが通り過ぎている。手を引いていた少年はしっかり握っていたマコの手を離した。

 彼の年齢はマコと同年代。よく見ればスラッとした印象で、背の高さがマコと同じくらいの少年である。


 彼は頭にAI補助利用ヘルメット、通称AIメットをかぶっている。よく見ると、破損した跡を修復した使い込まれた品のようだった。


「ごめん、急に連れて来ちゃってさ」


「良いよ。助けてくれてありがとう。君は?」


「Dランクの荒井カズト。同じ学校で別のクラスだけど、見かけた事ないかな?」


 とは言うものの、カズト自身もマコの事はよく知らなかった。


 ただ、王道なテンプレに妙にこだわる変わった娘が配信者を目指していると噂で知っており、後ろ姿を見かけただけの縁である。


「初対面かな、私はFランクの十平とひらマコ。さっきの人って知ってる?」


「いや、配信動画で見かけた事は無いし、僕もまだ視聴者スキルを持ってないんだ」


 人によってはドローンやAIメットで視聴や配信を行う。それで十分だとスキルを持たない者も多い。


 そうでないくても膨大な数を誇る配信者がひしめく配信界隈はいしんかいわいでは、相手の情報を知らない事も多かった。


「女の子に怪我させやがって。包帯巻くよ。破傷風とかになったら一大事だろう?」


 カズトは収納スキルから消毒液とガーゼ、包帯を取り出す。傷は幸いそう深くない。切れたマコの指先を消毒して、包帯をきつめに巻いてくれた。


「ありがとう、カズトくんは優しいね」


「怖かっただろう。僕も怖かったよ。でも、いきなりなんで裸になったんだろう?」


「さ、さぁ、わかんないな〜?」


 上ずった声で、思わず目をそらすマコ。怖いというかパイルバンカー神のせいで終始それどころではなかったのだが、あの下劣な目を向けられると、身震いしそうなほど嫌悪感が勝る。


 もし、パイルバンカー神がいなかったらと考えればゾッとする。マコは助けてくれたカズトに、深く感謝した。


「大きな借りができちゃったね。よかったら一緒に行かない?」


「良いの。僕も男だよ。あんな事があったのに?」


「君が守ってくれたじゃん。ふふっ、大丈夫だよ。あたしと一緒に行こうぜ」


 わざとらしく強がり、男言葉でニヒルに笑うマコ。彼女は治癒してもらった指先で、カズトの手を引いた。

 

 石積みの回廊を進む。小さな地底湖のほとりで、木の折れるような音が聞こえる。

 岩場に身を隠しながら探る。鹿のようなツノの生えた50cmほどのウサギが、地底湖にそのツノを突っ込んで魚を獲っていた。


「ジャッカロープだ。電気を操る、足跡からも間違いない」


「こっちに気づいた、来るよ!」


「ブゥ、ブ!」


 突進してきたジャッカロープのツノと、カズトのモーニングスターが正面からせめぎ合う。

 力ではカズトが圧倒してジャッカロープは吹っ飛んだが、ツノに触れたせいで雷撃に痺れてしまった。


「だぁああああ、ばばばば!」


「このっ!」


 横合いからマコのファイヤーボールが襲いかかる。外れる事なく命中して、ジャッカロープのツノを焼き払う。


「ギ、ピ!?」


「かわいそうだけど、これで!」


 2発目のファイヤーボールが、小さな頭部に吸い込まれるように直撃。ジャッカロープは倒れ、しばらく痙攣するとEランク魔石を数個飛び散らせて消滅していた。


「いてて、面目ない」


「まさか。でもAIは警告してくれなかったの? 骨伝導で聞こえてるんでしょう?」


「家のライメイは《《カスタム》》さんのデータセットメインだから、スパルタなんだよ。今のもARで示されたタイミングや位置取り、攻撃の仕方をやったけど、僕が上手くいかなかったんだ」


 カズトはAIメットに示された通り攻撃したつもりだったが、気負いすぎてわずかに踏み込みが深かった。


 そのせいで攻撃では優勢に立てたが、雷撃まとうツノに接触してしまい、感電することになってしまった。

 AIメットはARやAI音声で示された通り、攻撃できるかどうかにも個人の技量が問われる。

 微調整は自動的に行なってくれるが、それにも限度がある。

 テンプレであるマコは、思わぬ所で先日争ったカスタムの名前が出て、少しだけ驚いた。


「そういうのもあるんだ?」


「足跡の見分け方もすごいんだ。たとえば奥の足跡は完全に縄張り警戒用の深め。さっき見つけたのは、数日前にわざとつけた物だって。解説もしてくれるけど、意識、観察、学習って、耳にタコだよ」


「へー⋯⋯、なるほど。カスタムさんのAIってスパルタなんだ」 


 ダンジョンを進めば進むほど転がっているスライムたちも増えて行く。

 道を塞ぐスライムたちとジャッカロープを蹴散らして、彼らはダンジョンの奥へと向かった。



◇◇◇



「よーし、今日こそギロチンスライムを倒すぞ!」


「おー!」


 5人くらいの一団が、中ボス部屋の前で気合を入れている。

 彼らはまだ真新しい装備を握りしめて、中ボス部屋前の地面に刻まれた転移紋章を踏みしめていた。


 東京地下駅ダンジョンでは同じ部屋の転移紋章を一斉に踏みしめても、同じ空間に入れるとは限らない。


 事前にまとめ配信されている情報では、ギロチンスライムが居る可能性がもっとも高い場所ではあるが、外で遭遇する可能性もあった。


「私、配信したことないんだけど、どうしよっか?」


「じゃあ、練習配信って事で流そうか?」


 マコは彼の提案に頷いた。彼らはそれぞれAIメットと配信スキルを使って、事前通知なく練習配信を行った。

 すぐに反応があったのはたった1人で、その後は顔見知りの友人や兄弟などが、応援を伝えてくれていた。


〝お、もう地下5階まで行ったんだ〟

〝隣の子結構可愛くね?〟

〝マコマコはろー〟

〝マコ様、頑張って下さいませ〟


「えっと、今から練習配信します。上手く反応できなかったり、途中で帰るかもしれませんが、応援してね」


「じゃ、行こうか」


 転移紋章を踏みしめると閃光が2人を包む。眩しいので咄嗟に片腕で防ぎ、光が止むのを待つ。


 転移した先は、体育館ほどの広間中央。とくに暗くもなく、荒れ果てている様子もない。


 奥でモソモソと何か動いている。5体の薄いフード付きケープを羽織って、犬のようなモンスターたちが、床に座り込んでいた。


〝何だあれ〟

〝ナハトコボルトかな、益獣モンスターの〟


 ナハトコボルト。上層の住人とも呼ばれる直立した犬のような獣人モンスターである。

 会話することはできないが人の言語を理解するほど高度な知性を持ち、温厚で人間との取り引きを好む。

 3匹のナハトコボルトは1度振り返っただけで、とくに彼らを気にしていない。奥の方で大きな水晶球に映し出された映像を夢中で見続けている。

 残りの2匹もこちらに気づいたのか、軽く鼻を鳴らしてゆっくりと歩いてくる。


「攻撃は、しないほうが良いよね?」


「だめだよ。香りの良い蝋燭を交換してくれるから、さっきのスライムの戦利品と交換してもらおうよ」


「ワン?」


 愛らしくマコを見上げてくる2匹の前に、Fランク魔石を1つ置く。彼らも背中に背負った箱から色付き蝋燭を取り出して、地面に置いてくれた。


〝交換成立ですね〟

〝結構可愛い〟

〝一匹飼いたい。癒されるわ〟


「何を見てるの。コボルトさん」


「アンアン!」


 コボルトたちが見ていたのはギロチンスライムと、先ほどの一団が戦闘を繰り広げている映像だった。


 善戦しているのか、スライムの大きな身体は半分ほど溶けている。彼らナハトコボルトは、彼らなりの視聴者スキルを所持していた。 


「僕も視聴者スキル取ろうかな。十平さん、帰りはラーメンでも食べて帰ろうか」


「⋯⋯送ってくれるの?」


「送るよ。迷惑だったら言って。気にしないで」


〝お、デートか?〟

〝昼ラーメンでデートは無いでしょう〟

〝じゃあ今回はここまでだね。また学校でねマコ〟


〝男の方AI使ってんじゃん。やめろよダサい〟


 別れの挨拶をマコが口にしようとする前に、突然、冷水を浴びせるようなコメントが飛び込んできた。


「なに、突然?」


〝バチクソ切れて草、どしたw〟


 怒って生返事を返したのはマコである。一方で、AIを使う経験と想定していたカズトは、冷静にトラブルに対処しようと試みた。


「いや、僕のライメイはスキルチャンネルに、ちゃんと全データセット開示してるんですけど?」


〝AIに名前つけるとか、頭の中までAIじゃねえの〟

〝カンジわる!〟

〝なんだよいきなり来て、どっかいけよ!〟

〝てめーこの野郎、ダチ馬鹿にすんなら許さないよ!〟

〝不快ですわ。通報してよろしくて?〟


 まだ視聴者は10数人だが、喧嘩腰で言い合っている。非常に良くない状態である。

 とはいえ、購入したデータセットを余すことなく開示している以上。問題なく正当性はカズトたちにある。

 彼のコメントはただの誹謗中傷ひぼうちゅうしょう。単なる言いがかりに過ぎない。


 せっかくの達成感が台無しだが、構わずコメントを消去して、配信を終えると伝えようとしたマコに。そっと、パイルバンカー神は言葉をさずける。


「信者よ。⋯⋯相手は本当に人間だと、そなたは思えるか?」


 世界でマコだけに唯一、神からの福音が鳴る。

 彼女は雷鳴のごとく、ひらめいた。


「ねえ、失礼な書き込みをした視聴者さん。配信を終わる前に、一つ聞きたいんだけどいいかな?」


〝知らねえよブス。勝手に話しかけんな〟


「誰がブスよ誰が。じゃあさ、君はAI生成された文章じゃないの? 《《配信者である私には、画面の向こう側なんて分からないからさ》》?」


〝は? なに言ってんだ、お前?〟


 思いもよらない言葉を投げかけられて、画面の向こう側の見えない誰かは思わず、ニヤリと笑うマコの顔を見つめてしまっていた。

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