第5話 #読者は神様ではない①
日曜日。休日最終日という事で、小遣い稼ぎに東京地下駅ダンジョン上層階に挑む者も多い。
突然配信者界隈に殴り込みをかけるように派手に登場したテンプレたちの事で、話題に事欠かすことなく大盛況となっていた。
「またテンプレさんダンジョンに来るかな!?」
「あの見事なパイルバンカーを、また一目⋯⋯!」
「上手くやりゃ、どこかであのパイルバンカーが見つかるかもしれねえ、そうしたらフッフッフッフ」
「テンプレさん、早くお披露目してくれないかな⋯⋯」
「本物の魔法少女でエルフだったりしてな」
期待に満ちて宝箱を狙う者。テンプレのお披露目を心待ちにする者。
欲望と羨望の坩堝となったダンジョン入り口を通り過ぎて、マコは認識阻害で隠れているパイルバンカー神を連れて歩く。
上機嫌に鼻歌を奏でる彼女を見る者こそ居るが、彼女がテンプレだと気づける者はいない。
今の彼女は変身していないのだ。ダンジョン探索用に市役所から支給された、魔石由来で袖の大きくオリエンタルなパーカーを着用している。
彼女はたっぷりと戦闘経験値を得たので、新スキルである紋章転移スキルと、各種スキルも新たに習得していた。
「信者よ。今日はどこまで行くつもりだ?」
「何事もなければ、5階ボスのギロチンスライムを1度見てみようかな。紋章転移スキルがあれば、逃げるのは簡単だって話だもん」
「ふむ。AI補助利用ヘルメット、通称AIメットだったか。あれは使わないのか、信者よ?」
「そう、だねえ⋯⋯」
マコは足を止めて考えた。ダンジョンにおけるAI補助利用。人々がダンジョンに挑み、数々の失敗と成功が分析されて、積み上げられてきた叡智の結晶。
だがそれは、清廉潔白な既存学習ばかりではない。中には勝手に分析結果を反映されたと訴えて、反AI主義を掲げている人もいる。
AI企業連は否定を表明しているが、定かではないと噂は絶えない。
そして、ハード機器こそ販売こそされているが、そこもグレーゾーンが無いわけでもない。
たとえば、他の配信界隈では、こんな事件がある。
パソコンゲームに詳しくない人が、配信活動中にゲームを壊して、パソコンの機器が2度と使い物にならなくなった。
その原因が、パソコンを設定した配信者にあるのか、それともパソコンを販売している会社にあるのか。
あるいは、ゲーム自身に問題があるのか。はっきりしない内に配信者が喚き散らし、それを視聴者がリアルタイムで視聴してしまい。ゲームタイトルのイメージが大炎上という事件がある。
それに近い事が、AIを使えば、マコにも起きかねないリスクがある。
つまるところ現状の彼女では、なにか問題が発生した場合に、純粋に知識量と実力、責任の所在が足らないのだ。
ダンジョンにおけるAI補助利用問題とは、非常に複雑怪奇な問題であり、ともすればマコが生きている現代の間では、議論に決着がつかないかもしれない可能性も存在する。
もちろん。法令遵守違反に触れるAIの無断学習など、行う気は毛頭無い。仮に間違えても誠心誠意、説明するつもりでもある。
だが、使ってしまえば言いがかりは誰でも、いつでもつけられる、かもしれない。
そんな様々なプラスとマイナスを考え抜いた末に、彼女が思う王道は、たった1つ。
「まだ良いかな。最初から使う選択肢もあるけど、視聴者さんと一緒に初体験したいもん。それが配信者としての〝粋〟ってもんじゃない? いひひっ」
その眩しい笑顔を、ただ、神は、愛しいとさえ思えた。
「⋯⋯なるほど。うむ。その時は、盛大に祝そう。神として約束するぞ」
ニシシと照れくさそうに愛らしく笑うマコ。そんな彼女に目をつける者たちがいた。
「おいおい、そこの駆け出しお嬢ちゃん、1人でダンジョンに挑む気かぁ、冗談だろう?」
突然、マコに向けて、ガラの悪い声が響く。
ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべて近づいて来たのは、強面でいかにも短気そうな長身の青年。
良いところを邪魔されイラッとして、彼女の背後に居るパイルバンカー神は、すでに杭の先端を青年に向けてギラつかせている。
「(うわ、面倒な事に巻き込まれちゃったな……)」
歩き去ろうとしたが壁に追い詰められ、うんざりした表情を浮かべるマコ。
ニヤニヤ薄笑いを浮かべていた青年は、わざとらしく口笛を吹いて仲間を集める。
彼らはマコの発育が良いと言っていい身体を見つめ、上から下まで存分に値踏み、その表情は明らかに品の無い妄想に耽っていた。
「へへっ、おいおいちゃんとダンジョンのライセンス持ってんのかよ、なあケンジくん?」
「青い顔してんじゃねえか。ならAランクでAIエキスパートのケンジくんについて来いよ、なあ?」
マコは青ざめて、さらに数歩後ずさった。
そう、先ほどから彼女は青い顔で、黙ってこの場を逃げ出そうとしている。それはなぜか。
パイルバンカー神が、その長く鋭い杭の先端を青年たちの首元にピタリと向け、ぐるぐると首筋を回って威嚇しているからである。
「(神様ステイ! お願いだからスティイイイ!)」
「すでに警察は呼んだ。信者よ。悪いがしばし耐えてくれ」
そっけなく告げているが「コイツら俺の信者に不遜だよね。処す? 処す?」と言わんばかりの行動である。
マコが青年たちだったものが、地面に転がりかねない事態に青ざめるのも、仕方のない事だった。
「見てんじゃねえ、見せもんじゃねえぞ!」
「おい、お前。さっきから俺の話聞いてんのか、コラ?」
周囲の人々は青年たちに恫喝され、気まずそうに目を伏せている。
ケンジと呼ばれたAランクらしき青年は、腰のロングソードを抜き、マコの胸元に突きつけた。
「下級のくせにAランクの俺に逆らう気か、なら相応に罰を与えねえとな?」
「ちょっとやだ、やめて!?」
ロングソードの切っ先でマコの胸元をゆさっと持ち上げ、これ見よがしにもて遊ぶ。
剣先を急に伸ばされたマコは、驚いて咄嗟に手を伸ばして、ロングソードを強く振り払った。
「痛っ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯貴様」
剥き身のロングソードを素手で払ったので、マコの指先は、少しだけ切れてしまった。
それを目撃したパイルバンカー神は、冷徹な声と共に回転を止め、不気味なほどピタッと急静止。
さて、お祭りで行われるカタヌキとは、板状の菓子に描かれた動物や星など、様々なデザインの型を鉄の針などでくり貫いていく。
成功すれば数百円の賞金が返金される、楽しく熱中する縁日の定番遊戯だ。
「(いや、流石にそれダメでしょう神様ぁあ!?)」
マコの目の前で青年たちを相手に、壮絶に繰り広げられているのは、それである。
先ほどの回転がただの戯れ合いにしか感じないほど、ものすごい勢いを持って、杭のとがった先端で彼らの服をガリガリガリガリ削っている。
青年たちも周囲の人々も、その異音がまったく聞こえていない様子。
青ざめた顔で目まぐるしく目線を動かすマコが怖がって動揺していると、彼らは自分たちだけに都合よく勘違いしていた。
「へへっ、お前が一晩俺らの相手してくれれば見逃してやるぜ、それか、ここで服を斬り裂いて⋯⋯」
「その娘、血が出てるじゃないですか、何してるんですか!?」
もう一度マコにロングソードを突きつけようとしたケンジは、横から割って入った少年の武器に、剣先を弾かれた。
彼が両手に構えているのは、柄の長いモーニングスター。棘の先端こそ丸まっているが、凶悪な武器である。
「なんだテメエ、邪魔すんじゃねえ!」
「くっ⋯⋯!」
割って入った少年の顔に、苦悶が浮かぶ。もし、本当に相手がAランクなら敵わない。その上数も多い。
それでも少年は迫る剣先に、全力でモーニングスターを振り抜く。
「⋯⋯⋯⋯え?」
「は?」
鈍い鋼の衝突音。ロングソードの刃先とモーニングスターの鉄球が打ち合う。だが、弾け飛んだのは少年ではなく。
「な、なんで、いきなり服が!?」
パイルバンカー神がずっと攻撃していた青年たちの服が、一糸残さず弾け飛んだ。
いきなりわけも分からず全裸にされた青年たちは、慌てて大事な部分を武器や千切れた服で必死に隠し始めるしかない。
その姿は、カッパのように頭頂部の髪をハゲ散らした、由緒正しい落ち武者スタイルだった。
「て、テメエ、いったい何かしやがった!?」
「君、こっちだ!」
「わっ、んふふ、じゃあねぇ〜!」
少年は勇気を出して、マコの手を引きダンジョンの奥に駆け出す。
叫んで追いかけようとした青年たちは、周囲の人々に笑われながら指を刺され、ダンジョンから逃げ出すしかなかった。




