第27話 AIメット購入
東京渋谷。人妻武器店にて。
その店に一歩足を踏み入れて、ユミナは本当にここがダンジョン配信者用の武器店なのか、目を疑った。
ファンシーである。大きなクマのぬいぐるみや、エルフやドワーフをモチーフにした雑貨が飾られ、推し活グッズ販売店と言った方が良い店に思えた。
「あ、いらっしゃ〜い」
人妻がいた。それはもう、オーラだけで万人が奥さんだと思う糸目な若妻様。
甘えたくなる魅力のある、人妻感あふれるふわふわした外見の人物である。
「アズマさん。こんにちは!」
「は〜い。こんにちは〜。マコちゃんに、カズトくん。新規のお客様も、今日はどうしたの〜?」
ユミナはできるだけ話さない約束を託され、テンプレの正体がマコである事を、既に知らされていた。
イメージ通りアズマの声は、間延びしたゆったりとした声である。
ただ、このファンシーな店内には、似つかわしくない物が、たった1つだけあった。
「なんで、カウンターが檻っぽいの⋯⋯?」
そう。アズマ店長が顔をのぞかせたカウンターは、左右びっしりと無骨な金網に遮られているのだ。
まるで凶暴な猛獣でも、向こう側に閉じ込めているかのように。
「あはは〜、だってノリオくんって浮気性だから〜、こうやってちゃんと閉じ込めておかないと、すぐ他の娘にふらふらしちゃうんだよぉ?」
「もう、また冗談言って。盗難防止のためでしょうに。今日はユミナ先輩の装備を整えに来ました」
「あら〜、そうなのぉ、いいわね〜?」
本当に、冗談なのだろうか。なんとなく同族の気配を察するユミナは、穏やかなはずの彼女の目が、一切の光を帯びていないように見えた。
「じゃあそうね〜、刃物の扱いは、如何ほどかしら〜?」
「えっと、お料理は、よくお手伝いします」
「じゃ〜あ〜、片手で使える、刃渡りの短いナイフかしらぁ。あと、棍棒とか?」
「棍棒、ですか?」
「そうなのよぉ。最初からロングソードを選ぶ子もいるけどぉ、あれって刃を立てるのが難しいのぉ。初心者は棍棒がお勧めよぉ」
後ろの箱をゴソゴソ探し、アズマは先端の方が太くなっている、長めの棍棒を取り出した。
手渡されて、ユミナは棍棒の柄を握り込む。しっかりとした重量と硬さ。手によく馴染むように思えた。
「じゃあ、これにします。あと、AIメットも良いですか?」
「もちろん良いわよ〜。データセットアップや分割でのお支払い、デコメシールなんかも充実してるわ〜」
サンプルなのか、壁に立てかけてあるヘルメットは、様々なデザインが用意されている。
排熱を促す、快適かつ威圧的かつ生物的な人工毛付きタイプ。あるロボットアニメを模した、機能性を極限まで追求したタイプ。
逆に、ごくシンプルで安価、かつ頑丈な、様々な工事現場でも採用されているタイプ。そのままバイクにも乗れる、従来のフルヘルメットタイプ。
革製でとにかく軽量化と快適さを目指したタイプ。防御能力と威嚇能力を追加した、大きなツノ付きタイプなど。
極めつけは、アニメキャラやVチューバーとのコラボ商品タイプなど、本当に様々なヘルメットの簡易サンプルが飾られていた。
「後衛スキルを含むなら、新作で人気の魔女っ娘ヘルメットタイプもお勧めよ〜、簡易レーダー搭載で、AI同士の相互データリンク範囲も広いわ〜」
「あ、私できれば前衛がやりたくて、ですね、予算はこれぐらいで⋯⋯」
「なら定番のケモミミヘルメットかしら〜、音波収集機能が格段に違うのよ〜」
カウンターの向こう側からアズマが取り出したのは、首元も覆うネズミ耳やウマ耳、ロバ耳、ウサギ耳や王道のネコ耳、犬耳などを模した、様々な耳付きのヘルメットたちだった。
「首元も覆うんですか?」
「そうよぉ、かぶりたくない時は、ヘルメットを後ろに下げることもできるのぉ。この状態でも骨伝導で、出力音声は耳に入るわぁ」
「僕のは頑丈だけど、脱がないといけない古いタイプのお下がりだからね。快適だけど、それでも長時間つけるのは結構キツイですね」
「じゃあ、その柴犬っぽい耳タイプでお願いします」
「は〜い。ご希望のAIタイプは⋯⋯」
「最新のカスタムさん100%でお願いします!」
ユミナは言い終わる前に、食い気味にアズマに告げた。その瞳を見て歴戦の店長である彼女は、同族の匂いを確かに嗅ぎ取った。
「オッケ~! すぐに仕上げるから待ってて〜!」
「うぐふ、これでいつでもカスタムさんと一緒に。うふふぐふふ⋯⋯」
「ユミナちゃん、ユミナちゃん。その蛇っぽい顔は、あなたの女の子がそれ以上いけない」
「なんか、使い方を間違えそうな勢いだね⋯⋯」
いっそ憎しみでも抱いているかのような、歪んだ笑顔のユミナ。
正確には、AIメットは本人ではないのだが。彼女はその日ずっとヘルメットを後頭部の後ろに下げて、絶えることのないカスタムの音声にトリップしていた。
◇◇◇
東京地下駅ダンジョン、地下5階中ボス部屋にて。
「でも以外だったなぁ、ユミナちゃん先輩が、ダンジョン配信に興味あるなんてさ!」
「憬れてる人に、少しでも追いつきたいですから!」
マコは新たに購入した、柄尻に槍の穂先が取り付けられた杖槍を振るう。受け身に回ったギロチンスライムを貫いた。
使用するスキルはスピアヘッド。初級者向けの槍スキルで、敵味方含め最も最初に攻撃した場合、急所に当たればダメージをアップさせる。
「わっと!?」
「足元に気をつけて、こぉの!」
カズトは槍の扱いに慣れておらず、転びかけたマコに注意を促す。彼はモーニングスターで刃物形状の核を狙い定め、叩きつけた。
打撃に強い耐性があり、半端にヒビが入っている。渾身の一撃を受けても、ギロチンスライムは耐え抜いた。
攻撃された核がスライム状の核から飛び出し、体勢を崩したマコに、鋭い刃先が襲いかかる。
「っ⋯⋯させない!」
───ズガァン!
「うぁっつ⋯⋯!?」
カスタムが過去に愛用していた最新モデル。密林と装盾亜目が刻印されているカイトシールド。
持ち手を握り込み、上手く割り込んだユミナは、刃の一撃を受けて不覚にも腕を跳ね上げた。
受け方は下手だが、盾は手放されていない。企業と推奨する初心者向け盾シリーズが、扱いやすく丈夫だったおかげである。
「弱点むき出しなら!」
「カズトくん、合わせて!」
飛び上がるカズトに先立ち、ぐるりと杖先を回転させて放つ、マコのファイヤーボールが迫る。
経験値を積み少しだけ大きくなった火炎球は、核の周りについた粘液を蒸発させる。
振り下ろされたモーニングスターが、今度こそ核を粉々に打ち砕いた。
〝ナイス連携!〟
〝これでめでたくEランクやね。おめでとう〟
〝やったじゃんマコマコ!〟
「いえーい、勝利!」
ギロチンスライムが溶けるように魔石に変化する。
コメントの賛辞に合わせて、勝ち鬨をあげる3人。だがユミナはカイトシールドを取り落としかけて、抱きしめた。
「あ、はは⋯⋯受けた手、痺れてすごいです」
「フォローありがとうユミナちゃん! 事前に分かってても戦いにくいねぇ、この床」
マコは靴に付いた粘液を槍の穂先で払う。床はギロチンスライムの乾いていない粘液のせいで滑りやすく、歩きづらくなっていた。
「AIメットありだと、色付けで乾いてる所が分かるけど、それでも限度があるね」
「へぇ、ちょっと貸してもらって良い。ユミナちゃん先輩?」
「えっ、絶対いやです」
ユミナはマコの何気なく伸ばされた手を遮り、数歩後退して、自分の頭部を覆うAIメットを守った。
「えと、絶対ダメなの?」
「絶対ダメです。というか、他の誰でもダメです。むしろカスタムさんでも絶対、絶対にダメ、この子は家の子です!」
「そ、そう。ごめんね⋯⋯?」
〝愛がおもーい!〟
〝ユミナパイセン。それはあくまでカスタムのAIなんですけど〟
〝また1人、疑似推しの虜にw〟
〝お~い、帰ってこ〜い〟
〝ねえ、なんか元気なくね、AIメット?〟
よく見るとAIメットの犬耳が、まるで元気がないかのように、横に垂れ下がっている。
ついさっきまでのAIメットの形状に、そんなことはなかったのだが、この短い間に、彼女はいったい何を人工知能に吹き込んだのだろうか。
なんだか触れてはならない話題な気がして、マコたちは、一斉に押し黙ってしまった。
「あ、でも、さっきの戦闘で位置取りと、ファイヤーボールの攻撃箇所を、もっと工夫しろだそうです」
「あ、はは⋯⋯、でも本人なら勝手にかぶるなって言ってそう。AIメットでも生意気だね」
〝今北産業。あれ、今日はパイルバンカー神いないん?〟
〝三笠ユミナ氏、ダンジョン配信初挑戦→順調にギロスラに挑み、撃破→マコ氏と共にEランク到達おめでとう〟
〝うむ。今日は信者も休みで、40階組に同行させてもらっている〟
〝ああ。グラフィティたちの先遣隊組か〟
〝いやこれ、パイルバンカー神、直々のコメントやんけw〟
〝テンプレ氏はパイル神の大家さんで、マコ氏は普通の信者だぞい〟
〝パイル神、わりとふらふら現れて、他の人の手伝いも始めてるからな〟
「⋯⋯ユミナ先輩、初心者の割には思いっきりがすごく良いですね? 武道か何かのご経験が?」
「えっと、ちょっとだけ小学生の頃に空手をね。中学受験の時にやめちゃったけど」
「さ、さて、まだリソースも時間もあるね。このまま10階近くまで⋯⋯」
「お兄ちゃん⋯⋯?」
カズトの質問をはぐらかそうとマコが彼の袖を引いていると、背後から奇妙な声が響いた。
〝やばい、レアモンスターの妹☆ホフゴブリンだ!〟
「⋯⋯なにそれ!?」
2mはある巨体、厳つく勇ましいが醜悪な造形の異貌。
そんないかにもなゴブリンの頭部に生えているのは、金洲のようにサラッサラな碧みを帯びた、金髪ツインテールヘアー。
髪は愛らしく黄色いリボンで左右に結ばれている。さらに服装は赤いワンピースに、清潔な白のスカーフが首元に揺れる。
「おにぃいいちゃぁあん!」
「何のなんのナニ!?」
はち切れんばかりの剛腕を振るい、突然襲いかかって来るレアモンスターの襲来に、マコたちはわけも分からず臨戦体制を整えていた。




