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第24話 本能の絶対的な敗北

 配点。夕刻、一緒に楽しく宴をしたはずの女の子が、首輪をして自宅のインターホンを押す場面を目撃した、彼の心境を答えよ。


「何してんだよ、ユミナ」


「あ、あはは、どうも。カスタムさん。わっ」


 答えは困惑である。ジョークグッズだろうか。作りが簡素で、明らかに犬猫用でない大きな首輪を彼女は身につけている。


 ご丁寧にリード付きである。彼は誰にも見られないようにユミナの手を引いて、急いで自宅に招き入れた。


「お前なぁ、誰かに見られたらどうするんだよ?」


「玄関前で着けたから、誰にも見られてませんよ。テンプレちゃんは後で来るからって、えへへっ」


 アイツの仕込みかと。今度会ったら絶対シメると、カスタムは固く誓った。


「…………リード、ひっぱってみます?」


「引かねえよ。頼むから外せ」


「…………あれ、これぜんぜん取れないですね?」


「は?」


 ぐいぐい首輪を引っ張るが、上手くロックが外れないのか、ユミナは首輪を外すことができない。

 顔を赤くしていじっているが、指が痛いのか途中で離してしまった。


「慣れない安物なんざ冗談で使うからだぞ。ほれ、貸してみろ」


「あっ⋯⋯」


 カスタムの傷だらけで逞しい手が、ユミナの首元に伸ばされる。抵抗や身構える間もなく。剥き出しの白く美しい喉に、その指が触れる。


 互いの体温や、吐息さえ重なり合う距離。

 彼女は恥ずかしそうに、彼の裾をきゅっと握り込む。


「んっ⋯⋯やっ⋯⋯」


「変な声出すんじゃねえよ。ほれ、取れたぞ」


 彼は床に落ちたリードをたぐって、しなだれかかってきたユミナを軽く支えた。


 彼女は酷く物欲しそうなドロッ⋯⋯とした目でカスタムを見つめたが、そっけなく首輪を返されてしまった。


「未婚の男の前で花の女子高生が、そんな目するんじゃねえの。で、今日はどうしたんだ?」


「⋯⋯むう。配信ライセンスを無事取得したんで、ご報告にあがりました」


「そうかい。じゃあ、茶でもしばきに行くか」


「ええ⋯⋯、せっかく2人きりなのに⋯⋯」


 小声で文句をこぼすユミナに何も言い返さず、カスタムは彼女を連れて、財布を持って自宅を後にした。

 後に残されたのは、靴棚の上に置かれた首輪とリードだけだった。



◇◇◇



 サンプルで配られている白桃フラッペの味は上々だった。さっぱりとした口当たりに、淡い酸味と甘さ、まろやかなクリームのハーモニーは絶品だっである。


 喫茶店の客入りは多くない。テンプレに連絡した待ち合わせの時間も迫っていた。


「テンプレのやつ、遅いな?」


「モチヅキさんとご用事らしいですよ。何か聞いてないんですか?」


「そういや前に、珍しい武器がどうのこうの言ってたな」


 もう日も落ちて、1時間ほど経過している。遠くの席の男女客が彼らを見ながら、ひそひそと何か話し合っている。


 漏れ聞く言葉には、うざい、シンプルにくそつまんねーし、この世に必要ない。女に負けたんだから実力ない。死んでほしいなど、謂れもない悪口でせせら笑っている。


「今、カスタムさんに、死ねって言った?」


 空の容器でも投げつけてやろうかと、勢いよく席を立つユミナ。


 ────── そしてカスタムは、首と目線を、ほんの少しだけ動かした。


 席も立っていない。見下ろしてさえいない。近づいてさえも。なんなら、せせら笑っていた男女をろくに見てさえいない。


 だというのに、彼らは一斉に押し黙った。むしろ呼吸さえ満足にできていない。席を立って逃げるなど、考えにも及んでくれない。


 まるで太古の密林で、身の丈を大きく越える恐竜にでも、見下されたかのように。


 歯向かってはいけない。立ち向かえるわけがない。

 人類では生存できない。生存できるわけがない、そんな時代。本能の奥底に刻まれた恐怖を叩き起こす。威圧ですらない、一瞥いちべつ


 我々人類の祖先が、陸海空の絶対的王者たる恐竜たちが、熾烈極まる生存を繰り広げていた原初の時代。いったい何をしていたのか。


 そう。夜陰に紛れ、陰に潜み、細々と暮らす。ただの卑しいネズミである。


 きっと彼らの剥がれ落ちた鱗1枚さえ、歯で削る事も叶わない。そんな格の違い。


 はっきり言って、彼らは我々の呻き声も普段気にかけていない。なにせ頭部の骨を削る、寄生虫以下の存在だったのだから。


 憧れどころか、勘違いや取り違えさえ、届かない。届くはずがない。


 つまり、絶望的な格差であり、勝負の土台さえ存在しない。


 そして、何より。


 真に恐るべきなのは、機械的なまでに精密極まりなく。悪心を抱いていた者のみに、彼はその影響を及ぼしている点である。


 思わず手を止めて、ユミナは固唾を飲み下してしまった。


「⋯⋯どうしたの、ふたりとも?」


「ああ、なるほど。またですか、先輩」


「よう、お前ら。なに、初心者にほんの少し、俺の楽しみ方を手ほどきをしていたのさ」


 ユミナが振り返ると、テンプレにパイルバンカー神とモチヅキ、グリンの3人と一柱が、隣の席に座ろうとしていた。


「なにか悪いことしてたの?」


「ははっ、誓って見てさえもいねえよ。門限まで時間ないだろう。1杯飲んだら出ようぜ」


 その日から彼の悪口に内心、同意していた者たちは、カスタムと画面越しに目を合わせることさえ、未来永劫、できなくされてしまっていた。

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