第22話 ヤンデレの目覚め
通常次元でないどこか、別次元の彼方にて。
「ハンガーに格納します。所定の位置に移動してください。スリーシックス」
予備カメラで周囲の情報をすべて再確認。整備用インターフェースに異常無し。黒鉄のロボットことスリーシックスは固定ハンガーに機体を接続させた。
「状況報告。対象物a、特異点Zに同期を確認。現状対象物aに覚醒は認められず。戦闘力3兆2211レベルにて戦力精査。1分間事による情報提供に返答無し」
手に持った端末からの通信音声を聞き終え、スーツを着たグラマラスな女性が、深いため息をついてスリーシックスへの音声通信ボタンをタップした。
「対象物aへの鬼電になっているので、即刻中止して下さい。セルについては?」
「第1接触モンスターの撃破を確認。対象物aがセルを回収。ホロ生成プロセスの実行を審議中⋯⋯限定条件付き是認」
「悩ましいですね。特異点Zや、セルに嗅ぎつかれると厄介です」
美女と呼んで差し支えない美貌を歪ませ、その瞳は端末からの情報を細かく精査していく。
スリーシックス腕部の換装作業が済んでも、考えこんだ彼女からの答えは返って来なかった。
「行動方針を提案。本機における「ダンジョン配信」プロセスの実行を強く要求」
「え、待って下さい?」
「再要求」
「もしかして、やりたいんですか。ダンジョン配信?」
「再要求。再要求。再要求。再要求。再要求。再⋯⋯」
「わかった、わかったから! ⋯⋯そっか、やりたくて当然ですよね。じゃあ1週間に1回自由に行なって良い事とします。ホロ生成プロセスについてはその反応次第で決定するので、一次保留で」
「是認。キルチェーン」
破損した腕部の換装作業が終わり、小型機による各部チャックと補給作業が開始される。
キルチェーンと呼ばれた彼女の端末には、おすすめの美味しい食事のメニューが、とても一度に選べないほど大量にスリーシックスから提案されていた。
◇◇◇
騒動となった転移遭難事件だが、3人とパイルバンカー神は、後日、ダンジョン管理局からの軽い聴取と、詳しい探索データの提出要請されている。
メディア関係からも軽い取材を受け、後日ニュースや新聞で報道されると説明を受けた。
世間の反応は様々だが、数日たって、ようやく彼らの周囲も落ち着きをみせていた。
マコが総合スーパーティオンで買い込んだ具材を纏め終えると、パイルバンカー神が転移で帰って来た。今日はカスタムの家で今後の相談を兼ねて、鍋配信する予定だった。
「待たせた。では変身して行こうか」
「うん。なんのお酒買ってきたの?」
「サプライズ品なので秘密だ。ゆくぞ」
転移した先はドラゴンでも収納出来そうな大きな倉庫のある一軒家だった。
いや、もはや半ば工房と呼称すべき住居で、カスタムは黙々と装備の溶接作業を行なっていた。
「来たか。今は手が離せねえんで、適当に準備しといてくれ」
「はいはい」
テンプレことマコは、ポケットから放り投げられた鍵を受け取り、家の玄関を開けた。
靴の少なく綺麗に掃除された玄関。白く清潔な壁が目立つ間取り。
さりげない小さな記念品と、それらを全部ブッ壊す壁に立てかけられた、巨大なドラゴンの生爪。
「わーお。綺麗に整理されてるけど、派手じゃん」
「では、ユミナを迎えに行く。下準備は任せるぞ」
「はいはーい⋯⋯ちょっとだけ、カスタムさんの匂いがするみたい。でヘヘ」
テンプレは何度も大きく深呼吸。ふざけ半分で空気を堪能したあと、買い物袋から具材を取り出す。
今日のメニューは春告魚と桜鯛のお刺身。唐揚げ、つみれ鍋。ご飯はもう炊けているので、大根や白菜をざく切りにしていく。
「お、おじゃましますぅ!」
パイルバンカー神に連れられてカッチコチに手足が伸び、右手と右足が一緒に出ているユミナが歩いて来た。
明らかに極度に緊張している。彼女は借りて来た猫が先住大型犬に驚くように、ドラゴンの生爪を見て飛び上がった。
「ぴぃ!? な、なにコレ!?」
「ぷっ、アハハハ、すっごいおめかししてきたじゃん、ユミナちゃん先輩!」
「そ、そんなことないですよ。これお土産です」
あまり先輩扱いされていないが、ユミナはマコよりも1学年上の神宮高校2年生だった。
普段メイクアップに慣れていないのか、少々厚化粧である。彼女は愛らしいドーナッツセットを持ちよってくれていた。
「あっ、そ、それと、それ⋯⋯!」
「それ?」
ネギを斜め切りしていると、ユミナがテンプレの手元を指さした。
彼女の手が握っている。なんの変哲もない、台所に置いてあった包丁。
そして貰い物なのか、いかにもジュラシックと言わんばかりの、ダイナソーで派手なエプロン。
言うまでもなく、ただのカスタムの愛用品である。
ユミナは口をわなわなと震わせて、駄々っ子のような涙目で包丁とエプロンに手を伸ばしてきた。
「わっ、ちょっとなに!? 危ないじゃん!?」
「うぅー! うぅうー!」
「わーもうわかったから、代わってあげるから! もう! せめて口で言いなさい!」
全然痛くないし、振動も感じないが揺さぶろうとして、抗議してくる。
テンプレはしかたなくユミナが怪我しないように、包丁とエプロンを渡した。
もう高校2年生なのに、まるで駄々をこねた子供と、どうにかあやそうとする母親である。
うっとりとした満足そうな顔でエプロンを抱きしめ、包丁の峰にほおずりするユミナ。
「ヤンデレかよぉ⋯⋯、まったく、いくら好きでもほどほどにしてよね、ユミナちゃん」
そう。ここまでは可愛らしいただの痴態だったのである。
ずうずうしく脳内で抱きしめて離さず。このエプロンだけを身に着けたカスタムの妄想で耽っていたが、そこではない。
彼女は見つけてしまった。出会ってしまった。
エプロンの裏地についている。カスタムの短い金髪に。
「っ⋯⋯⋯⋯!!!!」
思わず右を確認。左を確認。ゆっくり、慎重に、震える人さし指と、親指を毛に伸ばす。
そんな気はなかった。誓って、本当に誓って、そんな気はなかったのである。
ただエプロンを身につけているテンプレが羨ましくて、どうしても我慢できなくて呻き、譲ってもらっただけ。
これだけを身に着けたカスタムは、さぞ逞しい肉体美で可愛らしくって、恥ずかしそうに頬でも染めてもらった日には、その場で死んでも本望だと思いを馳せていた、それだけ。
だと言うのに、毛。それも今この場は本人不在で、テンプレは料理に夢中。
誰も見てはいない。誰も。
「ふ、ふふ、ふふふふっ、うっ⋯⋯ふう」
ゆっくり、慎重に、彼女はとても当人に見せられるわけもない歪んだ笑みを浮かべて、指先で摘んだ毛を、ポケットに。
「時に、信者3号よ」
「ぎょよよおぉわァアアアアアアアアアア!!?」
絶叫するユミナ。驚いて仰天、声も出ないテンプレ。
気がつくと彼女のほぼ0距離に、パイルバンカー神がアームガードを見せつけていた。
「えっ、なに叫んで、毛虫でも居たの?」
「まあ。毛の1本くらいは偶然だとしても、ゴミ箱は漁ってはいかんぞ。ゴミはな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯アッ、ハイ」
怪訝な顔で調理に戻るテンプレ。尻尾を踏まれた猫のようで、気をとり直して仄暗い背徳の笑みを浮かべ、ポケットをもう一度のぞき込むユミナ。
パイルバンカー神は外で作業しているカスタムの今後を、やれやれと祈るしかなかった。




