第20話 虹閃光のパイルバンカー
「て、テンプレちゃん!?」
長時間展開できる技では無いのか、綺麗に縦線と斜め線に分かれていたアルプは元の姿に戻った。
ブラックホールで飲み込んだ岩がボコボコと失った眼球部に浮かび上がり、再生していく。
〝うげ、気持ち悪い〟
〝そういうカラクリかよ!〟
〝テンプレちゃん、パイル神、あぁ⋯⋯〟
〝やばいやばいぞこの状況〟
〝今モチヅキはんと向かいますで、先輩!〟
「来るなグリン、今のお前らが来ても、もうどうしようもねえ!」
カスタムは冷静に周囲の状況を、いま一度観察する。ユミナの変身は解けていない。彼は少なくともパイル神は生きていると即断した。
すかさずレックスライサーの連撃とファイヤーボールによる集中攻撃。左目の再生こそ防いだが、右目の再生を許し、失ったはずの片翼も再生してしまう。
「キャ、ハハ、ハハハハハ!」
アルプは破壊された岩の目を翼で握り込み、ギラギラ光る宝石のような水晶球を作り出す。それを思いっきり地面に向かって投げつけた。
砕けた宝石から寒波が一斉に吹き荒れ、アルプ自身ごと構わず凍結させ始めた。
「ちっ⋯⋯!?」
「きゃっ!?」
ユミナを引き込んで岩陰に飛び込む。寒波が駆け抜け、カスタムの背を激痛が襲う。
同時にスキル、ジュラ紀のダンジョンで先ほど無効化した熱線のダメージも、まとめて一度に彼を襲ってしまう。
「ぐぅああああ、く、ぅっ!」
「か、カスタムさん!?」
予測はできていたが、負傷が重い。左腕は消し炭で動かず片目も焼かれ、頭上半分が熱で潰されている。
カスタムは迷わず収納スキルに手を突っ込み、限られた切り札を切った。
「久々に使うか、万能薬」
万能薬。Sランク魔石を粉状に加工し、上位モンスターである赤竜の血で固めた丸薬。
味はこの世の物とは思えないほど最悪だが、負傷を完全回復させ、3分間極限の自然回復を促す。
カスタムは丸薬を噛み込み、一瞬だけ赤くなる視界で自身の手持ちを確認した。
「(残りのエリクサーは2つ。ジュラ紀は19回。最悪ユミナを撤退させて、託せればそれでいい。だが)」
完全な即時再生ではないようだが、増援を含めても、攻めきれるだけの火力に一歩及ばない。
一度だけならテンプレと引き分けた方法が使えるが、あの時と違って一次的にでもカスタムが動けなくなれば、総崩れしかねない。
加えて、いくら変身していても素人のユミナでは経験が足りず、倒し切るには1歩及ばない。
「八方塞がりってほどじゃねえが、腹括るか」
時間が経てば経つほど不利になる。久方ぶりの窮地に、不屈の戦士は己の斧をもう一度握り込んでいた。
◇◇◇
人間がブラックホールに落ちるとどうなるのか。現代でもすべてが解明されていない謎ではあるが、タコ糸状に細長く引かれて、バラバラになってしまうと予測されている。
だが、幸いにも通常の物理法則が通用しない場所なのか、テンプレとパイルバンカー神はブラックホールの内部で生きていた。
「おぉ、オレンジっぽい」
「関心している場合ではないぞ、信者よ。事象の地平線奥地まで吸い込まれては、脱出できないかもしれん」
事象の地平線とはブラックホール本体の周囲にあり、光さえも脱出できないほど重力が強いため、外部から情報が伝達されなくなる境界線である。
外部から見ればテンプレたちはブラックホール本体に落ちたように見えたが、実際は外縁部の一部に囚われただけに過ぎない。
オレンジ色に見えるのは、遠方の天体から届く光の波長が逃げ切れず、赤色方向にずれているからである。
ここでは配信者スキルも視聴者スキルも届かず。外の状況は確認できなかった。
「戻れそう?」
「そなたが望むなら。だが今までのやり方では難しいかもしれん。如何する?」
「うーん、じゃあいっそのことさぁ⋯⋯」
テンプレはとりあえずブラックホール本体と逆方向にパイルバンカー神を構え、自身の思いつきを試す事にした。
◇◇◇
逆関節の鱗と、羽毛に覆われた豪脚に変えるスキル。
ピロラプトを使い、カスタムは凍りついた地面に片足3つの鉤爪を突き立て、素早く熱線を回避して見せた。
〝すげえ、もうこれで5発避けてるぞ!〟
〝あんな氷原で動けるスキルも持ってたのか〟
〝くそっ、アルプめ、余裕なツラしやがってぶん殴りてえ〟
〝テンプレちゃん⋯⋯うぅ⋯⋯〟
〝もうこうなったらなんでも良い、なんとか倒してくれカスタム!〟
〝ユミナちゃんも、そろそろもたねえぞ⋯⋯〟
「ひ、ヒヒ、ひひひ、ヒヒヒヒヒ、イヒ」
熱線は最初の一度よりずっと細く、片目なので1条だけ。
わざと隙を作れば積極的に毛細血管で殴ってくるが、ユミナがファイヤーボールを撃ち込むと予想通り距離を確保しようとする。
アルプは誰が見ても明らかに、先ほど以上のブラックホールか、それ以上の攻撃を準備している。イヤらしい鳴き声がその証拠だった。
「くそっ⋯⋯!」
カスタムが焦る事はない。だが消耗戦のせいで、もうユミナの集中力が持たない。
先ほどから上手く杖を握れていないのか、ファイヤーボールの射角も取れなくなってきている。
唯一、撤退後にアルプを攻め切れる可能性のある彼女を失う事は、絶対に許されない。
カスタムにとって地下30階は、何度も出入りした場所である。
地形を変えられても、上階へと転移できる紋章の場所は常に把握している。
カスタムは熱線をまた1つ回避して、極限の集中で耳を澄ませていた。
先ほどと同じ、シールが剥がれるような、音。
〝うわっ、またブラックホールだ!?〟
〝さっきのよりずっとデカいぞ!?〟
〝全部吸い込んだ上で完全に再生する気か、ズルいぞクソったれ!〟
「行くぞ、一度撤退するしかねえ!」
「きゃっ、でも!?」
もう走れそうにないユミナを抱き抱え、敵に背を向け氷原を駆ける。その時だった。
〝な、なんだ?〟
〝割れ、てる⋯⋯?〟
薄い卵の殻が砕かれるように、音もなく空間に亀裂が広がっていく。
背を向けているアルプはまだ気づいておらず。自らの耳に集中していたカスタムだけが最初にその声を聞き分け、引きつった笑いを浮かべた。
「⋯⋯はは、マジかよ」
〝なんだ?〟
〝カスタム?〟
〝おい音量あげてみろ、なんか聞こえるぞ!?〟
〝まさか!?〟
〝まじかぁあ!?〟
〝おいおいおい〟
〝テンプレ様!?〟
「せん、こうの〜!」
ようやく、事態を察したアルプが振り返る。だが、時すでに遅かった。
「パイルパイルパイルパイルパイルパイルパイルパイルパイルパイルパイル!」
────ガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャ!
世界そのものを大工事する異音が、アルプの作り上げた異空間を突き刺しまくる。
そう。別にパイルの連続射出ができないわけでもない。今まで必要がなかったので行わなかっただけである。
テンプレとパイルバンカー神はブラックホールからの脱出などという些事ではなく。
次元そのものを膨大な力によって文字通り突貫工事を行なって、道を繋げる手段に躍り出た。
なにせ、本来パイルバンカーに似たような機械であり岩を砕くための破砕機や、削岩機の用途はこちらである。できないわけがない。
まさに道は自ら笑って作り出す。絡んだ結び目を剣でぶった斬るような、紛うことなき覇道、快刀乱麻を示す。
蹂躙制覇、そのもの。
〝クックックッ…⋯ハッハッハッ…⋯ハーッハッハッハ!!〟
〝アッハッハッハッハッハ!!〟
〝よし! よし! よし! よぉし!!〟
〝やっべ、壁殴りすぎて血出たwww〟
〝鼻血出たぁあw〟
〝スマホ割れたぁあ!〟
〝うぉおおおおおおおおおおああああ!〟
〝きゃああああああああああああああ!〟
〝最高だ! 史上最高だよテンプレちゃん!〟
〝究極すぐる⋯⋯〟
〝光ってる⋯⋯〟
絶望に打ちひしがれ、祈る気持ちで手を組み、あるいは一心不乱に拳を握り込んでいた視聴者たち。
息をするのも忘れ見守っていた30万人が、無茶振りすら頭に浮かばない窮地を覆され、かつてないほど燃え盛る熱狂の渦が伝播する。
その数多くの瞳に映るのは、もはや1点。
綺羅星のように煌めく、杭の切っ先のみ。
「ふぅ⋯⋯ブチ抜け、後輩ども」
「チャァアアアアアアジ!」
「ひぃ、ぃイバァアアアアアアアア!!?」
「パイルぅうう!!!」
不屈の戦士が、伝説となる少女の背中を推す。ことここに至り、視聴者たちの興奮は割れるような喝采と、限りなき有頂天に達す。
極彩色に赤熱し、限りなき熱量を帯びた杭がブラックホールごと巻き込み、今度こそアルプの眉間を穿ていた。




