第18話 狼藉と不遜
転移した先は業務用の大きめなエレベーター程度の広さで、四方八方を壁に覆われた何もない部屋である。
天井を見上げても何もなく、本当に空気穴1つ見当たらない、妙な圧迫感を伴う密室となっていた。
「げぇ、出口も無いのかよ」
「無ければ作って進むだけだけど。うーん?」
遠慮なしに物怖じせず、手のひらで壁を軽く叩いていくテンプレ。
パイルバンカー神も同じように杭の先で叩く。右側の壁を叩こうとした時、彼女の手が、壁に吸い込まれるようにすり抜けた。
「これって、隠し扉かな?」
「前例は今まで、聞いた限り無かったけどな⋯⋯?」
顔を突っ込んで前方を調べてみる。正面には長い通路と、床に大きく長いレバーが配置されている。
形状的には明らかにエレベーターの類であり、レバーは前後に動かせる溝がある。今は、中央にレバーが固定されていた。
「ああ、そういえば50階には、このくらいの大きさの四角い穴があったな」
「じゃあこれはエレベーターでほぼ確定だね。でもこのレバーを押すか、引くかの2択かな」
「押してみましょうか。下に行くようなら、逆にすれば良いだけではないですか?」
ユミナの推測に全員で頷く。まずはレバーを前方に押し込んでみる。転移紋章を踏んだ時のような眩い光に包まれ、とっさに腕の影で光を遮った。
光が消えたあと、正面の景色は広い地底湖のほとりに変化していた。
「当たりだな。ここは50階だ。さんざん迷って出入りしたから、よく覚えてるぜ」
「やったね。じゃあ上に行けるだけ行ってみようか」
2度ほどレバーを操作して転移を繰り返すと、それ以上エレベーターが光る事もなくなった。
正面には見覚えのある野球場ほどの広間が続いている。全員でエレベーターから降りて、確認のために広間へと進む。
やはり、見覚えのある焼けた跡や、土が掘り返された跡が残っている。
モチヅキたちが、新たにベノムスティンガーと名付けられた特級モンスターと、激しい戦闘を繰り広げた部屋で間違いなかった。
「ここ、もしかして地下30階のボス部屋かな?」
「間違いねえな。よし、時間や連絡手段を再確認してみよう。⋯⋯全員でだ。《《はじめてくれ》》」
事前に決めておいた符丁をカスタムが口にして、それとなくテンプレとパイルバンカー神はユミナの背後に陣取る。
テンプレたちが地下61階に転移してから、体感時間では、2日も経過していない。
全員のスマートフォンに表示された時間は21時48分。最初の転移からまだ30分程度しか、時間が経過していなかった。
彼らは市役所に帰還連絡を伝えたあと、視聴者に無事を伝えるために配信を開始した。
「こんにちパイル! ただいま! 無事に30階に帰ってきたよ!」
〝おかえりぃいいいいいいい!〟
〝無事帰還嬉しいぃいいいい!〟
〝おかえりなさいませ、皆様〟
〝あれ、なんかあったん?〟
〝そっか、知らない連中の方がまだ多くて当然なんだな〟
〝今来た三行〟
〝ダンジョンでカスタムとテンプレちゃんが決闘→引き分け後横槍で地下61階へ転移遭難→新発見のモンスター退けて帰還←今ここ〟
〝さてさてアーカイブは、うはっ、録画なのに配信終了しましたが途中で何度も〟
〝アカン。ギリ何やってたかアーカイブで分かるけど、断続的に終了出とるわこれ、怖っ〟
〝呪いのビデオかな?〟
〝ビデオってなんぞ?〟
時間指定を行なっていなかったにも関わらず、同接数は既に、10万人を突発している。
テンプレは嬉しさにはやる胸元を指先で抑え、押し寄せるコメントの濁流を1人1人加速する意識で確認。
幸い、ユミナの異変に気づいている者は確認できない。
舞台は整った。パイルバンカー神は意を決してユミナの影に語りかけた。
「⋯⋯さて、狼藉もそこまでだぞ。モンスター!」
虹色に輝く光の壁が、隙間なくユミナを守る。パイルバンカー神は光の壁を縦長の檻のように浮かせて、彼女の影に隠れていた一匹のモンスターを引きずり出す。
それは、目玉だけが異様に大きい。半端に潰れたコウモリのような頭部を持つ、猿のような身体の小さなモンスター。その頭部には、深い闇色の帽子をかぶっていた。
パイルバンカー神は一切の油断も容赦もなく、虹色の閃光でモンスターを拘束。
さらに虹色の壁をもう一度展開。広間の全体に広げ、絶対に逃さないように確保を行なった。
〝なんだ、新種か!?〟
〝新種だな。こんなやつ見たこともない〟
〝今ユミナちゃんの影から出てきたぞ〟
〝キモいw〟
〝コウモリ……いや、サルか?〟
「クソったれ、やっぱりバレてたのかよ!?」
モンスターは直接喋る事が出来ないのか、取り憑いているユミナの口を使って罵倒し始める。勝手に口が動いて驚いたユミナは、思わず両手で口元を覆った。
「神様、コイツが?」
「そうだ。呼称するならアルプとでも名付けるべきモンスターだ。生物に取り憑き悪夢を見せ、その精気を吸い取る。それだけなら対処こそ行なっても、追い払って逃げるなら過度に干渉するつもりはなかった。だが」
「ヒ、ヒヒ⋯⋯」
「貴様、不遜にも彼女に渡した我が力に、その手を伸ばしおったな?」
アルプの周囲にじわりと闇が漏れ出し広がって行く。両腕のように持ち上がった羊膜翼の内部には、心臓のようにドクドクと不気味に明滅する、虹閃光の輝きが囚われていた。
〝なんて野郎だ、神から力を盗みやがった!?〟
〝あんなに取りやがったのか〟
〝うっわ、なおさらキモいw〟
〝意地汚いモンスターだな、おい〟
「キャハハハハハハ! マヌケ共が! 無双化の力なぞ隙だらけのニンゲンに渡すからこうなる! もうそのメスも必要ない。その力も、このまますべて奪ってくれるわ!」
アルプが翼内の虹閃光をすべて開放。身体が3mほどに巨大化。
ダンジョン内が彼の支配を示すように無限の星夜空と、どこまでも広がる荒地に変化していく。
そこは、何もない星。凍えるように寒々しく薄暗い、地平線の向こうに僅かな光が広がるのみの、他に何も存在しない大地。
拘束されていた虹閃光が失われ、亀裂のように枝分かれした毛細血管翼を伸ばし、アルプは宙に飛び上がった。
「やるぞ、こんな奴に良いようにやられっぱなしで、たまるかってんだ!」
「う、うん!」
〝やっちまえカスタム!〟
〝ユミナちゃんに手を出すとか許せねえよなぁ!〟
〝ユミナちゃんチューチューしたってこと? 万死に値するなクソが!〟
〝ブチ抜けテンプレちゃん! パイル神!〟
〝みんな殺意頂点で草。さもありなん〟
〝お前の首は串刺しにされるのがお似合いだ!〟
「アンタのその薄汚い願い、1つ残さずブチ穿く!」
非常に喧しく耳障りな鳴き声に向けて、テンプレは真っ先にパイルバンカー神を突きだしていた。




