第15話 幽鬼の目
味方が目前で弾け飛ぶ光景など、見たことも聞いたこともないサイ獣人たちは、驚愕して武器を構えた。
悠然と歩いてくるテンプレに向けて、一匹が意を決し、大きくハルバードを振りかざす。
「ブ、ゥウウウウ!?」
渾身の一撃は甲高い金属音を響かせて、杭の先端で受け止められた。本来であれば床石を容易に両断する一撃だが、微動だにしてくれない。
全体重を押し付け全身に嫌な汗を滲ませるほど力を振り絞っても、パイルバンカー神の切っ先は1ミリも動かない。
騙し絵のような光景に、動けたのは角笛を吹いたサイ獣人リーダーのみだった。
「ヴウウウウ!」
速度200キロを超える、新幹線速度と同等の一撃が迫り、果敢にハルバードで薙ぐ。
テンプレの胴体に命中するノックバックを狙った攻撃は、またしても通用していなかった。
「なるほど。ちゃんと落ち着いて足を張れば、そういうスキルでも効かないんだ」
「そういう事だな!」
〝それ知らなかったんかい!〟
〝俺が受けたら杭みたいにめり込みそう〟
〝3倍近く大きさ違うのに、絵面がw〟
〝防御もこんな堅いのか、テンプレちゃん〟
〝攻撃極振り派はここで死んだ。アキラメロンw〟
反対側ではカスタムが、テールクラブで3匹ほど吹き飛ばしている。
こちらは弾け飛ぶことこそ無いものの、抜群の距離感を保って、付かず離れずダメージを的確に重ねている。
謎の旗色の悪さにサイ獣人リーダーは驚異を抱く。それでも冷静に、彼はテンプレから大きく距離を取った。
敵は不可解なほどの強者。それも手持ちの武器や怪力では刃が立たない。
ならばと彼の判断は冷静かつ早かった。唯一、酷い引け腰で杖をサイたちに向けているユミナめがけて、彼は指を差し叫ぶ。
「ヴゥウ! ヴウ!」
「え、わ、わたし!? こ、こないでよぉお!?」
〝いかん、ユミナちゃんが狙われた、逃げろ!〟
〝テンプレちゃん助けて!〟
〝カスタム動けやコラ!〟
〝まさか、人質に取る気か?〟
〝コイツら頭も良いぞ!?〟
〝いえ、おそらく大丈夫でしょう〟
彼女だけでも人質にして生き延びようと、全サイ獣人が一度に殺到する。ユミナはろくに見えない涙目のまま、必死にファイヤーボールを撃ちまくる。
その勢いは、成人男性でも膝を折りかねない。ほとんど4mの壁が列をなしてとんでもない速さで迫ってくるのだから、素人が咄嗟にスキルを撃てただけでも大金星である。
さて、太陽に迫る熱量が触れると、生き物はどうなるのか。
答えは黒焦げどころか蒸発である。腰の部分にファイヤーボールが命中したサイ獣人は、半身を一瞬で蒸発させられて、宝箱になった。
〝ファ!?〟
〝んんんん?〟
〝まてまてまて〟
〝無いなった。サイさんの身体が〟
〝なにこれエネルギー弾か何か?〟
〝速度も大きさもファイヤーボールだよな?〟
「⋯⋯一応聞くが、お前、アレで手加減無しで、俺を攻撃してたんだよな?」
「うん。よく考えたら危険過ぎたね、ごめん」
「⋯⋯⋯⋯消えちゃった?」
〝お、おう〟
〝いやこっちもわかっとらんのかい!〟
〝カスタムこれとやりあったの(震え声)〟
〝はえー、すっごい〟
攻撃を行なったユミナ本人も、何が起こったのかよくわかっていない。いかにパイルバンカー神の加護であっても、彼女のファイヤーボールは初心者のそれに過ぎず。大きさは野球ボール程度しかない。
それでも半身を消し飛ばす威力に、サイ獣人たちの闘志は呆気ないほど脆く砕け散った。
もはや、なすすべがない。膝から崩れ落ちる彼らが最後にすがったのは、1頭の巨大なカバ。
「ギィ、ギィ、ギィ、ギィ!」
彼は突進の前兆動作なのか、前足を何度も踏み込んでいた。
〝カバ、お怒り?〟
〝なにこのエンジン音っぽいの?〟
〝カバってこんな鳴き方するんだなぁ〟
〝いや呑気か、あのサイズの突進やベえだろ!?〟
鼻先からエンジンの重点音のような低い威嚇音を響かせる。全身に水分を迸らせ、徐々に加速。最大時速300kmに達する豪脚で踏み抜く。
彼は味方が倒されたことと、縄張りを勝手に汚された時点で、もう2度と繋がりそうにない堪忍袋の尾が切れていた。
「速いね。もう止まらなそうだし、練習相手になってもらうよ!」
「さて、如何ほどかな」
テンプレの細腕に合体装着していたパイルバンカー神が、金属と合金が噛み込むピストンを尻上がりにて高速稼働する。
虹閃光粒子と比類無き力が唸りを上げ、この戦いを終わらせる決意を持って、牙を剥く。
「閃光のぉ、チャァアアアジ、パイル!!!」
核兵器、隕石落下、超新星爆発。人智及ばぬ無双の事象が現れる時、世界は音を消失する。
それは、星の世界という枠組みに、その力が収まらない証明に他ならない。
怒涛の衝撃余波と、視界に余すことなく目に張り付く閃光が長く滞流すること。実に、10秒。
素粒子の1つ1つまで余すことなく神の力を注がれ切ったカバは、すべての終わりを悟ったのか足を止め。
安らかな顔で眠るように、そっと目を閉じる。
縦横に張り巡らされたガラス繊維のように、その身体が変化していく。最後にそよ風に吹かれ、極彩色の塵となり静かにほどけるように、その終わりを受け入れていた。
「ふむ⋯⋯地上で出力3%とは、この程度の物か。どうだ信者よ、神の力を使った感想は?」
「綺麗⋯⋯」
質問に答えて呟いたのはユミナだった。すべてを終わらせゆく真の力とは、特定の感性を持つ者を魅了する。
散りゆく桜やミロのヴィーナスなどが代表例だろうか。欠けている、欠けてゆくからこそ美学が宿るのだ。
〝お、おぉ⋯⋯〟
〝世界が、止まった?〟
〝音、無いなった〟
〝はぁ⋯⋯さすがテンプレ様とパイル神様〟
〝そうか、神はここに居たんだったな〟
〝夢みたいに綺麗。おかえりなさいって言われたみたい〟
〝鳥肌ものだぁ〟
〝⋯⋯⋯⋯⋯⋯3%ってマジ?〟
視聴者たちも、初めて目撃する事象に圧巻されて息を呑む。純粋な美しさは時に本人たちも気づかない形で意思を魅了する。
その万象たる色が示すのは、郷愁。誰かにおかえりとただ言って貰える。そんな解放の心だった。
「すごく綺麗じゃん、何か納得しちゃいそうだよ」
「⋯⋯⋯⋯納得か」
「あ!? こーらー! 勝手に逃げないのぉお!」
〝逃さないの草w〟
〝大魔王からは逃げられないw〟
〝サイさんの明日はどっちだw〟
〝サイさんに合掌〟
〝サイ、強く生きてw〟
〝これは相手が悪かったな。合掌〟
そんなものが自分に訪れるのだろうか。今だ何かを納得できていない不屈の戦士は、逃げ出そうとしたサイ獣人に回り込んで捕まえているテンプレを眺めながら、苦笑していた。
◇◇◇
サイたちが落とした宝箱を開くと、中身はサイのツノを柄に刺したハンマーだった。持ち上げようとしたカスタムが持てないほど重いので、宝箱ごと収納スキルで持ち歩く事になった。
「捕まえたサイさんが教えてくれた道、こっちで本当にあってるのかな?」
「さてな。戻りたいって伝えて上指さして、向こうもこっち指さしただけだもんなぁ」
「⋯⋯なんか、あのサイさん達やカバさんが通った跡は、無いみたい?」
「わかるの、ユミナちゃん?」
「髪の蛇たちが備えている、ピット器官のおかげだろう。微細な熱探知に優れているからな」
蛇の顎に複数備えられているピット器官は、熱源を見ることができる。モエは空気や地面に触れた熱量の残滓という形で判別していた。
次第に道幅が狭くなって行く。通路を曲がった先は一本道で、ゾウを模した大きなレリーフの前で淡く光る転移紋章を発見した。
〝今度はゾウか〟
〝地上最強の生物キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〟
〝サイにカバにヘビにゾウ。動物園じゃねえの?〟
〝60階付近は動物の楽園だった⋯⋯?〟
「これ、進んだ先は60階のボス部屋だと思う?」
「階段じゃねえならそうだろうな。転移しようぜ」
全員で同意し、先頭のカスタムが転移紋章を踏んで転移する。
周囲はかなり広く、向こう側の壁は見えない。削られ天井を支える石柱とゾウの石像が立ち並ぶ、神殿のような場所に立っていた。
「ふむ、60階に出たようだ」
「じゃあボスが住んでるはずだが、なんだ?」
連続する爆発音に上へ見上げると、石柱の間を2体の何かが飛行している。1体は鷹などの猛禽類のような身体にゾウの頭部と王冠を持つ、どう見てもモンスター。
もう1体は赤熱した赤金色の尾を引いて、ゾウ頭以上に高速で飛行している。
「空飛ぶ、ゴーレム?」
「なんだありゃ⋯⋯?」
〝なんだ?〟
〝だめだ、映像も音声も切れtdk!?〟
〝何も見eia〟
視聴者たちの視聴接続が、突然すべて断たれた。
暗い紫と黒鉄色で全長18mほど、流線型で重厚な装甲の人型機械。
テンプレたちが驚く間もなく背後に転移させたコンテナが解放され、ゾウ頭めがけて無数のミサイル弾頭が射出されていく。
ゾウ頭は翼で暴風を発生させ、長い鼻先で氷塊を噴射、ミサイルを防ぐ手段に出ていた。
「パ、オォオオオオオ!?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ!」
ミサイルの爆煙が消えない内にロボットが一気に距離を詰める。
両手の長銃砲を至近距離で接射。弾種は両方とも散弾だったのか、ゾウ頭の全身ををズタズタの穴だらけに攻撃して、地面に撃墜させてしまった。
「あんなのもモンスターなの!?」
「信者たちよ、来るぞ!」
幽鬼のような1つ目のカメラアイが、テンプレ達を無機質に射抜く。轟音を響かせて長銃砲の煙と薬莢を排出し、黒鉄の敵は照準を定めていた。




