第14話 階層封鎖の理由
まず、この不測の事態を一刻も早く地上に知らせなければならない。
彼らは全員で連絡手段を総動員し、地上との連絡を試みる。
電話は繋がらず、メールとSNSは断続的ながら繋がり、緊急遭難告知と市役所への緊急連絡を試みる。
幸い、何事もなく緊急連絡は届いた。だが、しばらく待っても職員から連絡が返ってくる事はなかった。
次に彼らは、パイルバンカー神を中心に、ドローン映像と配信者スキルが繋がるか試みていた。
〝お、突発でテンプレちゃんの配信か?〟
〝こんにち、いや待て、緊急遭難告知だと?〟
〝こんにちパイルー!〟
〝マ⋯⋯テンプレ様、ご無事ですか!?〟
スキルが繋がった様子はあるが、同接は1000人前後で数字が安定していない。
パイルバンカー神が精査すると、ある程度熟達した視聴者スキルを持つ者にしか、配信が届いていなかった。
テンプレたちは、今までの経緯を詳しく視聴者たちに説明した。
「あはは、そんなわけでなぜか、配信2回目で東京地下駅ダンジョンの地下61階に来ちゃったの」
「あいにく生きてるぞぉ、クソども。マジで前人未到の地だぞ、羨ましいか」
〝げぇ、カスタム!? (気さくな挨拶)〟
〝2回目で未踏破区域ダブルスコアwww〟
〝特急で伝説の始まりやんけw〟
〝Oh⋯⋯〟
〝同意の無い転移って、確か犯罪だよな〟
〝事故でダンジョン奥地に遭難かぁ〟
〝とりあえずその邪魔した連中は速攻通報で〟
「えっと、みんなには申し訳ないんだけれど、本当に困ってるんで、少し協力して下さい。そっちは今何時かコメントで教えて欲しくて、お願いします」
「おい、俺のアタマに勝手に触んな」
彼女は事前にダンジョンの外の時間を調べて欲しいと、パイルバンカー神に頼まれていた。
頭を下げないカスタムの後頭部をぐいっと手で下に押し付け、一大事だと騒いでいる視聴者たちに自分の頭も下げて頼み込んだ。
〝任せろ、21時33分だぞ〟
〝え、おかしくね。22時47分だろ〟
〝22時14分 〟
〝24時ジャスト〟
〝23時16分だが〟
〝21時35分ですわ。テンプレ様〟
テンプレの体感時間では、家から転移して1時間程度しか時間が経過していない。
手元のスマホも通信こそ断続的だが、時間は21時18分を示している。どう考えても視聴者たち側の時間が、何らかの異常を示していた。
「やっぱりな。生配信なのに、もう時間が傾いてやがる配信自体がダンジョンの外と非同期になってやがるんだ」
「どういうことなの、カスタムさん?」
「2年前。ダンジョン管理局からの協力要請で、非公開の先遣隊として、俺たちSランク計2回、地下50階まで下った。ところが中で1週間過ごしたのに、外では2週間経っていた。次は中で1週間、外では4時間だったんだよ」
「えっ⋯⋯、なに、それ」
「帰還時間が確定しないため、外界時間が読めず、社会的リスクが大きいと判断されたのだろうな」
「じゃあ、地下30階に戻るまで、どの程度時間が過ぎたか、確定しないってことですか?」
彼は頷いた。にわかには信じられない事だが、コメント内の時間もすべて、秒単位で同じ数字を示している物は1つもない。
原因は不明。コメントの流れが波打つ、明らかな異常。まるで別の時間帯ログが混ざっているかのようだった。
テンプレであるマコは、真っ先に両親への連絡をもう一度試みた。
だが残念ながら上手くつながっていないのか、通信接続不能としか表示されていない。
これは正体を隠しテンプレとして振る舞っている彼女にとって、非常に深刻で看過できない重大な問題となる。
地下30階に戻って2週間が経過していた場合、両親が失踪扱いで警察に捜索願いを提出するかもしれないからだ。
唯一正体を知っているモチズキは察して行動してくれるだろうが、彼女は未だかつて1度もなかった異常事態に出会い、自らの不安を拭い去れなかった。
〝ところで、その後ろに隠れてる可愛い子ちゃん誰子ちゃん?〟
〝なんか実際に居るんだか知らんが、モンスターのメデューサみたいだな〟
「うぅ、見ないでぇ⋯⋯」
ユミナは必死に胸元を隠している。美女の幼体と称賛して不足ないヒップやバストの谷間が丸見えである。年頃の彼女が恥ずかしがるのも無理はない。
手足で満足に隠せず、チラりと見えるので非常に蠱惑的で、他者をそそっていることに、彼女自身が気づいていない。
髪の先端に生えている無数の蛇は、恨めしそうに近くで浮遊するパイルバンカー神を甘噛みして訴えていた。
「うぅううう、は、恥ずかしすぎるよう。無理ぃい!」
〝うひょひょ、ごちそうさまです!〟
〝すごい格好だぁ⋯⋯〟
〝えっと、もしかしてこの子も変身していらっしゃいます? 1000G〟
〝たいへんセンシティブ3000G〟
〝え、何、変身とか新フォームか何か?〟
〝恥ずかしがってんのマジめろい〟
〝ほら、大胆な水着よりマシじゃね?〟
「むふふっ、それがさぁ。ここじゃ危ないから私と同じように神様に変身させてもらったの、でも変身の才能がこれだけで、他は壊滅的らしくてね?」
〝Oh⋯⋯Oh⋯⋯w〟
〝そんな事ってあるwww〟
〝wwwwwwww〟
〝草www〟
〝壊滅的てwww〟
〝神様www直々のwwwアウト判定www〟
〝アカンwww面白すぎw〟
〝いや似合ってる可愛いしエロいよ⋯⋯ブホッ〟
〝無理www耐えられんwww〟
「もうなんですか、みんなして! こっちは遭難しちゃってるんですよ!?」
〝おっと、なんて戦闘力だ!〟
〝むう、あれは伝説に聞くお団子バズーカ! まさか実在するとは、しかも2つ!〟
〝ブフッ、アカン。私しばらくダメそうだわw〟
〝お、おう、そう、そうだな(ガン見)〟
大きく腕を振り上げ、無責任に笑う視聴者たちに怒りを示すユミナと蛇たち。
放射状に蛇が広がるのでなかなか迫力があるのだが、その度に豊満な胸元が揺れ動いている。
男性視聴者たちは視聴者スキルに精通していてよかったと、眼福を噛み締める結果にしかならなかった。
◇◇◇
とにかく地下30階、ひいては地上へ帰還せねばならない。
幸いな事に不完全な転移だったにも関わらず、手荷物や収納ボックス内の道具類に変化はない。
地下61階の通路は地下30階に比べると、18mの巨人が陽気にダンスを踊っても、問題ないほど広い。
淡く光る照明も、暖かな炎色から凍えるような青白い色に変化している。
石壁に踊る不気味な影に、背中を押されて進む。先頭をカスタム、最後方をテンプレと装備されたパイルバンカー神が守り、彼らは慎重に先へと向かっていた
「前方、敵対モンスターだ」
「わかるのか、神様さんよ?」
「通路内なら問題なく感知できる。来るぞ!」
現れたのは直立したサイの獣人モンスターである。
原種のサイは、人間の25倍以上の硬さを誇る分厚い5cmに達する皮膚を持つ。
体重1トンから繰り出される突進は、車を容易に転倒させる。
もはや別惑星か別世界の生命体のようである。現代の地球が育み進化させた、堂々の強さ第2位の生物だった。
〝うげ、ライノス種じゃん〟
〝黙ってんのに迫力でちびりそう〟
〝デケえ、壁か?〟
〝群れで隊列組むと、もはやカッコいいなw〟
〝いきなり特級モンスターの群れかよ。もう逃げるしかなくね?〟
「何あれ、怪獣?」
「特級のライノストルーパー⋯⋯いや、ツノ3つで体格も1mはデカい。武器も鎧も段違い、明らかに上位種だな」
「⋯⋯カバさん?」
そんな4mの巨体を誇るサイたちが20体以上。大きな鉄盾と長いハルバードを構え、周囲を取り囲み始めている。
さらに1体、ひときわ目を引く、巨大なカバ。
原種であるカバは、動物園で飼われ呑気な動物なイメージがある。
だが、野生種は短気かつ縄張り意識が非常に強い。
そしてなんと、アフリカ人間襲撃数トップを誇る事実が存在する。
その優れた攻撃力は、分厚い皮持つワニですら、アゴで容易く真っ二つにしてしまう。
純粋な凶暴性では、サイやゾウを遥かに上回る。本来は、凶悪極まりない猛獣なのである。
〝カバだ〟
〝どう見てもデカいカバさん〟
〝なんだここは、檻のない動物園か?〟
「あれは新種だな。全長6mってとこか」
「ヴォオオオオオオ!」
分厚いサイツノを加工した角笛が吹き鳴らされる。
自身の半分に満たない人間を上位種への捧げ者にでもするつもりなのか、待ちに待った突撃の合図に、彼らはせせら笑うかのように、ほくそ笑んだ。
〝みみないなった〟
〝機械勢の鼓膜破壊確認!〟
〝だからあれほど視聴者スキル取れと⋯⋯〟
〝うへえ、大音量w〟
〝今のツノ笛欲しいけど、相当デカいなアレ〟
〝勝てるのこれ?〟
〝カスタムが居るんなら逃げられはするだろうが〟
〝テンプレちゃん?〟
「じゃ、追い払おっか」
そのほくそ笑んだ顎が外れた。サイの小さな瞳にテンプレが映る事はなかった。
彼女の姿が掻き消えたかと思うと、計12トンを誇る包囲網の一角。サイ4匹が、いとも簡単に弾け飛ぶ。
災害に吹き飛ばされたのでもなく、カエルのように潰されたのでもない。花火のように弾け飛んで、宝箱と魔石をまとめて飛び散らせたのである。
〝んん?〟
〝テンプレちゃん消えた?〟
〝スキルの接続が悪い⋯⋯じゃねえなこれ〟
〝いま何が起こったん?〟
〝眼で見えなくて草w〟
〝今の巻き戻せるか?〟
〝俺でなくても見逃しちゃうね。見えんわw〟
「私、実はちょっとだけ不安で不満でクサクサしてるんだよね。運がなかったね。サイさんたち」
そう。ここから先に始まるのは、一方的に力で抑え込む強引な人間捕獲などではなく。邪魔な特級モンスターを蹴散らすだけの戦闘だった。




