第11話 戦士
明日の授業の予習を終えて、夜の20時頃。マコとパイルバンカー神は変身を行い、東京地下駅ダンジョンの地下20階へと転移した。
目的の場所であるボス部屋前の広間には、以前とは形状の違う片刃斧を持つカスタムが待っていた。
「よう。お披露目は大盛況だったようじゃねえか、テンプレ」
「まあね。それで、わざわざ呼び出した用事ってなに?」
「配信⋯⋯は、してねえみたいだな。じゃあほれ」
カスタムが視聴者スキルで検索しても、テンプレが配信を行なっている様子は無い。
彼は紙袋に入った何かを投げ渡す。受け取って中身を調べると、数十万円の札束が詰まっている。
一介の高校生であるテンプレは、1度に目にしたこともない金額に驚いた。
「なにこのお金。落ちてたの?」
「俺の所にお前のファンが催促に来た分だ。キッチリ分けたから、中の明細も確認してくれ」
袋の中身を探ると、ズラリと金額が並んだレシートのような長い紙が一枚入っている。読めば、阿鼻叫喚な内容のコメントと名前も添えられていた。
「良いのかな、あなたの配信だったのに貰って?」
「仮にも神前だってんなら、キッチリ分けるべきだろう。それに、お披露目祝いに少し色付けといた程度だしな。じゃ、構えな」
カスタムは腰に差していた斧を手に取り、敵対相手に反り返っているような、奇妙な形状の盾を取り出した。
だが、テンプレはそんな彼の流儀をよく分かっておらず。おぼつかなく身構えはするものの、ポカンと目を点にするだけだった。
「今から戦うの? ……なんで。理由がないじゃん?」
「負けたから、勝利が欲しいから。そんだけだ。口出しは無用だぜ、神様とやら」
「むっ⋯⋯」
テンプレには理解できなかった。彼女の戦闘力は無双であり、戦えば必ずテンプレが勝利する。
そんな分かりきった実力差を彼が認めないとは思えない。
チラリとマコはパイルバンカー神を伺うが、彼は沈黙を貫いている。時間を停止して貰って相談しても良いが、何か卑怯で、してはいけない気がする。
何より、カスタムの様子が少しおかしい。ぼんやりしているような、たった1つのことに、とてつもなく集中しているような。
よく観察すればまばたき1つせず微動だにしていない。まるで無駄な物を削ぎ落とした、蛇か何かの緻密極まりない絵画のようで。
その姿にテンプレは瞳を離せず。興味が湧いた。
「わかった、良いよ。でも殺し合いなんてしないよ?」
「俺だって警察に捕まるのはゴメンだっての。背中を地面に着けるか、膝を付くかまでで良い。あくまで訓練での真剣勝負さ」
「⋯⋯⋯⋯神様。杖だけでやりたいの。良い?」
「よかろう。せっかくなので録画をしておくが、双方無理はするなよ」
テンプレは変身前に使っている初心者用の杖を収納スキルから取り出す。
手加減というよりはパイルバンカー神の手助けを受けても、1体1でやってみたい思いが強い。
少しだけ、胸がチクリと痛み、咎める。
先に手助けをされている事を伝えるべきだろうか。でも彼が戦いたいのは、自身が敗北したテンプレである。
Fランクのマコではないと、悩んだ末に彼女は思い直した。
「録画は構わねえ。だがそれ以上の余分は関与しない。好きにしな。⋯⋯来い」
「……うん!」
テンプレは配信者スキルを使用せず、無双とも言える能力に任せた、超高熱のファイヤーボールを繰り出していた。
◇◇◇
「嘘⋯⋯」
カスタムの腹部に直撃したはずのファイヤーボールは、焦げ跡1つ着ける事ができていなかった。
むしろ火球が通過した空間の方が、プラズマ化して小規模な火花を迸らせている。
変身前とは段違いどころか、マッチの火と太陽ほどの差がある一撃。
だが少し時間を置いても、カスタムに一切通用している気配はない。
「そんな、炎無効のアイテムなんて、付けてないはず!?」
「おっと、驚いている暇は無いぞ?」
「え⋯⋯きゃっ!?」
盾の影と炎の陰影に紛れて、指先のみの完全なノーモーションで投擲された瓶。
彼女は感覚を強く混乱させるアイテムを、その身に受けてしまう。
匂いはこんな色をしていたか、音はこんな味だったかなど五感が異常を訴え、酷く暴れ狂う。
それもそのはず。彼女はどれほど強くても、毒も病魔も効果的な「人間」でしかなかった。
「く、ぅつっ⋯⋯!?」
「上手く動けそうにないだろう。油断したな?」
「このっ⋯⋯!」
繊細な動きはとても叶わないが、再びファイヤーボールを囮に近づく。
平手で床に叩き付ける直接打撃。猛烈な破砕音が駆け抜け、ダンジョンを大きく揺らす。
衝撃で周囲の石壁は火花を散らし、地面に大きく、手のひら型の亀裂が走る。
だが両方とも、カスタムには通用していない。
「そんな、なんでぇえ!?」
「ヌルいな。そんなんじゃ俺からワンミスも取れねえぞ!」
カスタムの片手斧が迫る。明らかな異常に動揺したテンプレは、大きく身を引いて足並みを乱した馬脚を晒してしまう。
攻撃がまったく通用しないなど、モンスターを含めて聞いた事も視聴した事もない。
カスタムの活躍は切り抜きされた視聴者スキルでそれなりに見ている。だというのにこの結果。彼女は感覚の狂いもあり、混乱の極みに陥っていた。
「⋯⋯ここ数年、配信では使わなかったからな。タネを教えてやる。知ってるなら話していいぜ、神様」
「スキルだ。もっとも、恐ろしいほどリスキーだがな」
パイルバンカー神は彼女に語る。彼が使っているジュラ紀のダンジョンと呼ばれるこのスキルは、24回のみ特定の攻撃に対する攻撃無効耐性を自身に付与する。
特定の攻撃とは、遠距攻撃か直接接触攻撃かの2択のみ。
ただし、24回分の攻撃無効耐性は、すべて事前に決めておかなければならず。一度でも予測を外せばそれまでの全ダメージを一度に受ける事になる。
「そんなの、聞いた事ない⋯⋯?」
「だろうな。なにせこれ使って俺、今までワンミスしたことねえもん」
事実である。彼は誰も使いこなせなかったこのスキルを習得してから、Sランク配信者のトップ層に君臨している。
予測だけではない。湿度、気温、互いの体調。敵対者と己の目線、呼吸、会話、衣擦れ、武器の角度。なんなら今、盾の縁で頬をかいた動きでさえ、すべて意図的に出力して支配。寸分たがわず、考える気配も悟らせず、微調整し続けている。
敢えて、ここでこそ繰り返す。彼は本物であり不屈の猛者である。先日のワンミスはただの遊びに過ぎない。
分析力と理解力、そして共感性と誘導力。これらすべて総動員するただの経験則であり、スキルもまったく関係がない。
そもそもスキルとは、一定以上の効果を保証する特殊技能でしかない。それ以上の技量は、人それぞれの手腕に強く影響されるのが常である。
徹底的に余分を排した無の極地。
スキルなどという枠組みではない。
アートなどという高みでもない。
チートなどというズルなわけがない。
「(コイツは、機械だ)」
対峙しているテンプレどころか、機械の鎧まとうパイルバンカー神にも断言させる。人間のまま正確無比な機械的確率予測を思考せず、浮かび上がるように自動的に行う。
数え切れないほどの「たたかう」「たたかう」「たたかう」を選択し続けた最果てに、他者と己、双方のマニュアル操作を会得してしまった、人力の怪物。
現行AIが正確に再現を試みれば、100年演算に必要であると判断した、AIの遥か上をいく人力チート。
戦闘状況操作特化型ブレインギフテッド。
戦闘創作論者、カスタム。
「さぁ、竜みたいに恐がってる暇はねえぞ。何ならその神様を武器に、戦ってみるか?」
手を伸ばせば届きそうな勝利。テンプレは混乱に侵された感覚も遠く、彼の名を思わず呟く。
「戦士、カスタム」
「おうとも。俺が不屈だ」
不屈の戦士、圧倒的な支配感。一歩という、途轍もないプレッシャー。その底知れなく余分を赦されぬ魅力に、彼女は身震いするしかなかった。




