第8話 朝活と学校
パジャマからいつも通り制服に着替えようとして、マコは後ろでふわふわ浮かぶパイルバンカー神に振り返った。
「着替え、見たらやだよ?」
「おっと、これはデリカシーがなかったな。外に出ていよう」
パイルバンカー神が壁に溶けるように透過して外へ出ていく。マコはあらためて、パジャマを脱いで姿見の前に立った。
むゆっとした肉付きの良いカラダに軽くコロンと化粧水を馴染ませ、密かに自慢な発育の良い胸と、ふとももの内側もしっかりと塗り込む。
水色の清楚なワンピース型の学生服に、1年生を示す碧リボン。薄く白いタイツを履き最後に髪を梳かしてハーフアップに軽く結いあげ、薄い色のリップを塗って完成。
口から覗く八重歯が愛らしく悪戯な微笑みを飾れば、男性陣をドキッとさせる愛らしい少女が鏡に映っていた。
「ほう、スッキリと清らかで良いな」
「もう、見ちゃだめって言ったじゃん。ふふっ」
スマホを取り出してSNSに朝の挨拶を書き込み、配信者スキルも同様に使って短い挨拶を流す。
真っ先に返事をしてくれたのは、お茶を淹れている動画を流している、同じ制服姿のモチズキ。
なぜかテーブルの中央には、5円玉1枚だけが、神々しく祀られているように見える。
彼女へのコメントはテンプレとパイルバンカー神への質問が多くよせられていたので、ダイレクトメールで謝罪を送る。
階段から降りてリビングへ向かうと、マコの父親である十平ユウジは、先に車で出勤していた。
「おはよ、マコ。お弁当パンとご飯、どっちがいい?」
「ご飯でお願いママ、お花に水あげちゃうね」
玄関から外に出て裏庭へ。澄んだ空気が清々しい。
お気に入りの配信者スキルに自身の視聴者スキルを繋げ、脳内に別枠で音声だけが再生される。よく晴れた冬や春先の朝に似合うハミングと曲が奏でられ始めた。
過去を振り返る暇はない。すべてはこれから。
でも、どうして君は目を閉じ走り続けるの?
どこを探しても君が見つからない。
君を感じるけど見ることはできない。
この手を伸せば届きそう。
君が胸の奥に居続けてくれるなら。
この手を伸ばしさえできれば届きそう。
高音で陽気だが、どこか欠けたようで、一見気楽なハミングが続く。
同じ曲を聴いているパイルバンカー神は何も言わず。マコは耳に残るハミングを口ずさみながら、花壇に水を注いだ。
「これ、アスターのお花なの。まだ咲いてないけど、とっても綺麗なんだよ」
「そうか。きっと夜空の星のように、綺麗なのだろうな」
リビングに戻り、マコとよく似た顔立ちで母親である十平マナの朝食準備を手伝いながら、テレビニュースと視聴者スキルを併用する。
隣の県でコンビニにダンジョンが発生した事が、両方とも少し注目されて、話題になっていた。
◇◇◇
「あ、おはようマコマコ!」
「おはよ、アヤ」
信号待ちしていたクラスメイト。マコよりもスラッとした印象であり、長い髪の佐藤アヤカが親しげに手を振ってくれた。
「ん。コロン変えたん?」
「ちょっとね。またコンビニ行く?」
「うん。でも昨日はすごかったじゃん。超カッコよかったよ!」
「あはは、まあ、運良く神様が来てくれただけなんだけどね」
先日の配信は練習配信だったので、再生数は3000ほど。それよりも切り抜き動画やショート動画、#読者は神様ではないというSNSの書き込みの方が、遥かにバズっている。
だが、アヤカがスマホで見せてくれた動画の数々には問題があった。
元祖や本家と言った題名が付いて並び、パイルバンカー製作風景や、テンプレやパイルバンカー神の目撃解説。果ては本人だと言い切る者まで何人か現れている。
そのような動画は著名な配信者スキル持つ人々や、時間があって転移してきたパイルバンカー神自身に、完全否定されていた。
「自認系のニセモノだらけじゃないの、これ?」
「でも、テンプレちゃんがもう一度出てくるまでの、お祭り騒ぎじゃない?」
どれも万単位で再生数を稼いでいるが、もうそこまでするのかと、マコとパイルバンカー神は始末に負えないなと思った。
◇◇◇
午前の授業が終わり昼食を済ませても、教室で謎の魔法少女エルフの話題は尽きない。
期待して何度も視聴者スキルやスマホの速報を調べる者も多く、教員に怒られる始末である。
本人であるマコとパイルバンカー神は、素知らぬフリで鼻歌を奏でている。
自分だけが知っている秘密というのは、承認欲求と優越感を刺激し心を高揚させる。
まして、秘密の魔法少女というのは実に王道なテンプレで彼女好み。
黙っている事に少し心苦しくもあれど、これもサプライズとなるお披露目のためと、期待に胸膨らませていた。
「なんか今日のマコ、すごく機嫌良いね?」
「まあね。新しい友達ができたもん」
スマホが鳴ったので確認すると、1階の空き部室を借りて待っているとモチズキからお茶のお誘いメールが届いている。
彼女は神宮高校の同学年で、別のクラスである。
現役女子高生のSランク配信者という事で、一挙手一投足が周囲に注目されていた。
マコはスマホを操作して、走っているスライムのスタンプを返す。
教室から歩き出し、小さな部室へと向かう。別学年でもテンプレへの期待は高いのか、すれ違う上級生の間でも話題にされていた。
「いらっしゃいませ、マコ様」
「ふふっ、また人形劇をしているかと思ったよ?」
「もう、イジワルを口にしないで下さいまし」
ノックして部屋に入ると、モチズキと数名の生徒と教師が談笑していた。
彼らはマコに挨拶すると部室を出て行く。パイルバンカー神も認識阻害を解除。その姿を現した。
「所属している配信者クランの方たちかな?」
「ええ。少々プライベートなお話ということで、退室して頂きました。どうぞ」
「頂こう」
ティーカップに紅茶が注がれると、フワッとした爽やかで、上品な香りが部室中に広がった。
パイルバンカー神は一体どうやって触れもせず飲み干しているのか不明だが、見るとティーカップの中身が減って半分になっていた。
「久方ぶりに地上の供物を口にしたが、やはり良いな。美人から拝受できるなら尚更だ」
「ふふっ、ありがとうございます。それで、実はマコ様に折り入ってお話したい事があるのですが。カスタム先輩はご存じでしょうか?」
「うん。先輩だったんだ。この前みんなに迷惑になりそうだったから、神様と止めたよ?」
「その、困ったお方で申し訳ありません。大変申し上げにくいのですが、色々と視聴者様方にテンプレ様の事で、催促する矢面に立たされているらしく……」
「あー……」
期待の矛先が大きすぎて受け止めきれず、カスタムもとうとう根をあげて「責任取れ、せめて少しくらい説明しやがれ」と、素直でないなりに繋がりのあるモチズキへと助けを求めていた。
「神様。どうしよっか」
「ふむ、では明日の昼に、もうお披露目と雑談配信を行なってしまうのはどうだろうか?」
「でも私、その時間は学校もあるよ?」
「そこは特別にどうにかしよう。アリバイがあった方が、今後の活動も行いやすいのだからな」
パイルバンカー神は頼もしくそう宣言した。その後は球技大会になんのスポーツで参加するかの話題で盛り上がったが、その場ではどの競技に参加するか決める事はできなかった。




