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【悲報】一目惚れした聖女様、俺が魔王を倒しても全く靡きません  作者: ledled


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第四話 さようなら勇者様。私は私の「世界」に帰ります

祝勝会と名付けられた、騒々しいだけの集まり。

きらびやかなシャンデリアの光も、耳障りの良い音楽も、美酒やご馳走の香りも、私の心には少しも響きませんでした。私の思考はただ一つ、この役目が終わったら一刻も早くリアンの元へ帰る、そのことだけでした。


魔王は滅びました。世界には平和が訪れるでしょう。

私の役目は、終わったのです。

王や大司祭には、事前に「魔王討伐後、速やかに故郷へ帰還する」と伝えてありました。もちろん、彼らは勇者との結婚をちらつかせ、私を引き留めようとしましたが、その度に私は「私の意志は変わりません」とだけ答えてきました。彼らがこれ以上、強要してくることはないでしょう。彼らは薄々気づいているはずです。私という存在の「本当の力」の片鱗に。


だから、この祝宴が終われば、私は誰にも知られず、静かに王都を去るつもりでした。

その、はずでした。


「リューネ・アスクレピオ様!どうか、俺の、茅ヶ崎奏の妻になってください!」


勇者カナデが、広間の中心で跪き、大声でそう叫びました。

ああ、またか。彼は本当に、最後の最後までこれなのですね。

周囲の人間たちが、期待に満ちた目で私を見ています。王も大司祭も、困惑しつつも「勇者の願いを無下にはできまい」といった顔で成り行きを見守っている。

面倒くさい。心から、そう思いました。

この男の勘違いと自己満足に、いつまで付き合わなければならないのでしょう。私の時間は、彼のような人間のためにあるのではありません。私の時間はすべて、リアンのためにあるのです。


私は、返事をする価値もないと判断し、彼に背を向けました。一刻も早くこの場を離れ、リアンの元へ向かうための準備をしなければ。

すると、腕を強く掴まれました。


「どういうつもりだ!俺は、俺が、世界を救ってやったんだぞ!その英雄からの求婚を、無下にするって言うのか!」


苛立ちと屈辱に歪んだ勇者の顔。その手が触れた腕の部分に、まるで汚泥を塗りつけられたかのような、強烈な不快感が走りました。

この男は、まだ理解できないのですね。私が、彼に一片の興味も持っていないという事実を。


「……離してください」


私は、最後の警告として、できる限り冷たい声でそう告げました。

しかし、彼は逆上するばかり。それどころか、何やら瞳を怪しく光らせ、意味の分からない言葉を叫びました。


「――スキル発動、【絶対魅了】!」


淡い光が私を包み込みます。精神に干渉しようとする、不快な力の流れを感じました。おそらく、相手を強制的に自分に惚れさせる類の下劣なスキルなのでしょう。

ですが、そんなものが私に通じるはずがありません。

私の心は、リアンへの愛という、この世のどんな神聖な結界よりも強固な守りで護られています。彼の存在そのものが、私の盾であり、私の鎧なのです。リアン以外の男が入り込む隙など、原子レベルで存在しない。

勇者の児戯のようなスキルは、私の心の壁に触れることすらできず、虚しく霧散しました。


「な、なんで…?スキルが、効かない…!?」


パニックに陥った勇者の顔を見て、私の我慢は限界に達しました。

この男は、私の警告を無視し、私の心に土足で踏み込もうとした。そして今、私の身体にまでその汚らわしい手を伸ばそうとしている。


「こうなったら…!力ずくでも、お前は俺のものだ!」


彼が私を押し倒そうと、その体重をかけてきた瞬間。

私は、今まで抑えに抑え込んできた力の、ほんの僅かな一端を解放しました。


「――いい加減に、しろ」


私の内から漏れ出した聖力の奔流が、衝撃波となって顕現します。それは魔王を浄化した神々しい光とは違う、純粋な「拒絶」と「怒り」の力。

私の腕を掴んでいた勇者の腕が弾き飛ばされ、彼は驚愕の表情で私を見ました。私は、その彼の腹部めがけて、まるで邪魔な小石を蹴り飛ばすかのように、軽く腕を振るいました。

魔王との戦いで勇者を立てるために隠し続けてきた、本来の身体能力。聖力によって極限まで強化された私の肉体から放たれる一撃は、もはや物理法則を超越しています。


ドゴォォンッ!!


凄まじい轟音と共に、勇者の身体が宙を舞いました。祝勝会のテーブルを紙細工のように破壊し、豪華な料理や食器を撒き散らしながら、彼は広間の端まで一直線に吹っ飛んでいきました。そして、王城の分厚い石壁に激突し、蜘蛛の巣状の亀裂を残して、ぐったりと崩れ落ちます。

一瞬にして、広間は水を打ったように静まり返りました。誰もが、何が起こったのか理解できず、壁にめり込むようにして気を失っている勇者と、その中心に佇む私を交互に見て、呆然としています。


「な…にが…」

「聖女様が…勇者様を…?」


囁き声が聞こえ始め、広間は徐々にパニックの渦に包まれていきました。騎士たちが慌てて勇者に駆け寄り、王や大司祭は顔面蒼白で私を見ています。

私は、彼らには一瞥もくれず、ただ静かに呟きました。


「私の役目は終わりました。さようなら」


誰に言うでもなく、それは私自身の決意表明でした。

もう、この世界に用はありません。この国にも、神殿にも、勇者という存在にも。

私はローブの袖に隠していた右手に意識を集中させます。そこには、あらかじめ幾重にも折り畳んでおいた、空間転移の術式が刻まれていました。これは、私の一族の中でも、特に強い力を持つ者だけが使える秘術。長距離の転移は膨大な聖力を消費するため、これまでは温存していましたが、もうその必要もありません。


術式に聖力を流し込むと、私の足元から金色の光の粒子が立ち上り始めました。身体が少しずつ透き通っていくのが分かります。


「ま、待て!聖女殿!どこへ行かれるのだ!」


王が悲鳴のような声を上げましたが、私はもう振り返りません。

私の行き先は、たった一つ。

私の愛する人が待つ、私の本当の「世界」。


光が全身を包み込み、視界が真っ白に染まる。

一瞬の浮遊感の後、私の足は、懐かしい土の感触を捉えました。

目を開けると、そこは見慣れた故郷、ミモザ村の、私の家の前でした。夕暮れの優しい光が村全体をオレンジ色に染め、遠くからは家畜の鳴き声が聞こえてきます。澄んだ空気には、リアンが育てている薬草の、甘くて少し苦い香りが混じっていました。


ああ、帰ってきた。

本当に、帰ってきたんだ。

旅の間、ずっと夢にまで見た光景。涙が、自然と頬を伝いました。

私はゆっくりと、自宅の木製のドアに手をかけます。緊張で、少し指が震えました。

ギィ、と小さな音を立ててドアを開けると、家の中にはランプの温かい光が灯っていました。そして、テーブルの向こうで、何か書き物をしていた彼が、驚いたように顔を上げて、私を見ました。


「……リューネ?」


私の名を呼ぶ、世界で一番愛しい声。

旅立つ前と何も変わらない、穏やかで優しい彼の瞳。

その瞳が、驚きから、信じられないという戸惑いへ、そして、満面の喜色へと変わっていくのを、私はスローモーションのように見ていました。


「っ…!リューネ!本当に、君なのかい!?」


彼は椅子を蹴るようにして立ち上がり、私の方へ駆け寄ってきます。

私は、溢れ出る涙をそのままに、最高の笑顔を作りました。もう、無感動な聖女の仮面を被る必要はありません。私はただの、リアンを愛する一人の女、リューネなのですから。


「……ただいま、リアン」


私がそう言った瞬間、彼は力強く私を抱きしめてくれました。

彼の胸の中は、いつも通りの、安心する匂いがしました。日向の匂いと、土の匂い、そして薬草の匂い。これこそが、私の求めていたすべて。私の帰るべき場所。


「おかえり、リューネ!本当によく、頑張ったね…!」


彼の声は震えていました。私の背中を撫でる彼の手に、力がこもります。

ああ、幸せだ。

この腕の中にいられるなら、もう何もいらない。世界の英雄の称号も、王国の富も、すべてが色褪せて見える。

勇者様、あなたには悪いことをしたかもしれません。

でも、あなたは最後まで分からなかったでしょう。

私にとっての世界とは、この腕の中のこと。

私にとっての平和とは、この人が笑って暮らせる日々のこと。

あなたの恋は、最初から、叶うはずのないものだったのです。


私は、愛しい彼の胸に顔を埋め、固く目を閉じました。

もう二度と、この場所から離れない。誰にも、この幸せを邪魔させたりしない。

勇者や王国のことなど、もうどうでもいい。もし、彼らがこの平穏を乱しに来るようなことがあれば――その時は、魔王以上の絶望を、彼らに与えてあげるだけ。


「疲れただろう。さあ、こっちへ。温かいハーブティーを淹れるよ」


リアンが私の手を引き、暖炉のそばの椅子へと優しく座らせてくれました。

私は彼の言葉に甘え、深く椅子に身を沈めます。パチパチと薪がはぜる音を聞きながら、私のためにハーブをブレンドしてくれる彼の後ろ姿を、ただ、愛おしく見つめていました。

私の長い旅は、ようやく、本当の意味で終わりを告げたのです。

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