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【悲報】一目惚れした聖女様、俺が魔王を倒しても全く靡きません  作者: ledled


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第一話 運命の出会いだと信じて、俺は聖女様を口説き続ける

気が付いたら、俺、茅ヶ崎奏は石造りの広間に立っていた。

さっきまで高校の教室で、かったるい古典の授業を受けていたはずなのに。目の前には玉座に座った立派な髭の王様と、その隣に立つ胡散臭い神官みたいな爺さん、そして物々しい鎧をまとった騎士たちがずらりと並んでいる。床には複雑な魔法陣が淡い光を放っていた。


「おお、勇者様!よくぞ我らの呼びかけに応じてくださいました!」


王様が芝居がかった口調でそう叫んだ。勇者?俺が?

状況がまったく飲み込めない俺をよそに、話は勝手に進んでいく。なんでも、この世界「アストライア」は魔王とかいう悪の親玉によって滅亡の危機に瀕していて、それを救えるのは異世界から召喚された勇者だけ、ということらしい。

あまりにもテンプレな展開に、一瞬、集団ドッキリか何かを疑った。だが、窓の外に見える、巨大なトカゲのような生き物が空を飛んでいる光景を見て、これが現実なのだと認めざるを得なかった。


まあ、悪い気はしなかった。平凡で退屈な毎日。代わり映えのしない通学路。そんな日常から解放され、物語の主人公になれる。男の子なら誰だって一度は憧れるシチュエーションだ。俺はにわかに湧き上がってきた使命感と高揚感を胸に、王様の言葉に力強く頷いた。


「分かりました。その魔王、俺が倒してみせます」


俺がそう宣言すると、広間は「おお!」という歓声に包まれた。

王様は満足げに頷き、俺のステータスとやらを確認するための水晶玉を持ってきた。それに手をかざすと、光の文字が浮かび上がる。


【名前】カナデ・チガサキ

【職業】勇者

【スキル】聖剣術(極)、身体強化(極)、絶対魅了


絶対魅了?なんだかすごいスキルを授かったもんだ。まあ、イケメンの俺には相応しいスキルだろう。これで魔王軍の女幹部でも篭絡してやろうか、なんて不純なことを考えていると、王様がパーティメンバーを紹介してくれると言った。


「勇者様お一人で旅をさせるわけにはまいりません。我が国が誇る最高の仲間たちをご用意いたしました」


王の言葉に促され、三人の人物が前に進み出てきた。

一人は、見るからに頑強そうな大男。全身を分厚い金属鎧で固めている。戦士だろう。もう一人は、気の強そうな顔立ちの赤毛の女性。すらりとしたローブに身を包み、腰には魔導書を提げている。魔法使いに違いない。

そして、最後の一人。

彼女が前に出た瞬間、俺の世界から音が消えた。


純白のローブに包まれた、華奢な身体。腰まで届くプラチナブロンドの髪は、まるで月の光を溶かして紡いだ糸のようだった。大きな翠色の瞳は水晶のように澄み渡り、どこか儚げな光を宿している。肌は透き通るように白く、その唇は淡い桜色。

聖女様、と王様が紹介した。リューネ・アスクレピオ。その名前すら、神聖な響きを持っていた。


ドクン、と心臓が大きく跳ねた。これだ。これが運命だ。

俺がこの世界に呼ばれた本当の理由は、魔王を倒すためなんかじゃない。この、天使のような彼女に出会うためだったんだ。俺は一瞬で悟った。

俺はこの子を守り、この戦いが終わったら必ず妻にする。それが、神が俺に与えたもう一つの、いや、真の使命なのだと。


「はじめまして、勇者様。聖女を務めさせていただきます、リューネ・アスクレピオと申します。旅の終わりまで、お力になれるよう努めます」


鈴を転がすような、けれどどこか温度のない声。彼女は静かにそう言うと、小さく頭を下げた。その仕草一つで、俺の心は完全に鷲掴みにされた。

俺は逸る心を抑え、できるだけ格好いい笑顔を作って彼女に手を差し出した。


「茅ヶ崎奏です。よろしく、リューネ様。あなたのことは、俺が必ず守ります」

「……ありがとうございます」


俺の手を取ることなく、彼女は再び小さく会釈するだけだった。

おいおい、照れちゃって。なんて初々しいんだ。俺は彼女のその奥ゆかしさに、さらに胸をときめかせた。きっと、こんな風に男性から積極的にアプローチされた経験がないんだろう。大丈夫、俺がゆっくりと君の心を開いてみせるから。


こうして、俺たちの魔王討伐の旅は始まった。

パーティは勇者の俺、聖女のリューネ様、魔法使いのフィアメッタ、戦士のヴォルフラムの四人。王都を出て、最初の目的地である南の砦を目指す。道中、俺は早速、使命の遂行に取り掛かった。つまり、リューネ様への猛アタックだ。


「リューネ様、今日の君も朝日を浴びてキラキラ輝いているね。まるで宝石みたいだ」

「……そうですか」


「リューネ様、歩き疲れたでしょう?俺の腕に掴まってもいいんだよ?」

「……平気です」


「リューネ様、夜は冷えるからこれを。俺の上着だけど」

「……ローブがありますので」


見事なまでの塩対応。だが、俺のポジティブな解釈の前では、それはすべて好意的なサインに変換される。

無表情なのは、感情を表に出すのが苦手なだけ。言葉数が少ないのは、奥ゆかしい証拠。俺の申し出を断るのは、聖女としての矜持がそうさせているに違いない。なんて健気で、なんて愛おしいんだ。

俺のアプローチが激化するにつれ、なぜかフィアメッタとヴォルフラムの視線がどんどん冷たくなっていく気がしたが、きっと気のせいだろう。あるいは、俺とリューネ様のあまりにアツアツな雰囲気に当てられているのかもしれない。嫉妬かな?まあ、仕方ないよな、俺たちの間には運命という赤い糸ががっちり結ばれているんだから。


旅を始めて数日後、森の中でゴブリンの群れに遭遇した。

数は二十匹ほど。雑魚モンスターだが、数が多いと厄介だ。


「よし、ここは俺に任せろ!リューネ様は下がってて!」


俺は聖剣を抜き放ち、意気揚々と叫んだ。彼女に俺の勇姿を見せつける絶好のチャンスだ。

ヴォルフラムが巨大な盾を構えて前衛に立ち、フィアメッタが後方から詠唱を開始する。


「ヴォルフラムさん、左翼を頼む!俺は右から切り崩す!」

「承知した」


寡黙な戦士は短く応えると、突進してくるゴブリンの棍棒を盾で弾き飛ばし、カウンターの斧で一匹を屠った。さすがは騎士団上がりだ。

俺も負けていられない。聖剣に魔力を込め、ゴブリンの群れに突っ込む。


「はあああっ!」


剣を振るうたびに、数匹のゴブリンが悲鳴を上げて吹き飛んでいく。勇者の力は伊達じゃない。身体能力が日本にいた頃とは比べ物にならなかった。面白いように敵が倒れていく。

その時、一体のゴブリンが俺たちの陣形をすり抜け、後方のリューネ様へと迫った。


「リューネ様、危ない!」


俺が叫ぶのと、フィアメッタの呪文が完成するのはほぼ同時だった。

「――ファイアボール!」

轟音と共に放たれた火球が、ゴブリンを黒焦げの炭に変える。


「奏、あんたね、格好つけるのもいいけど周りを見なさいよ。聖女様を危険に晒してどうすんの」


フィアメッタが呆れたように言った。

ちっ、せっかく俺が助けに入って「まあ、奏様…!」ってなる最高の見せ場だったのに。


「ご、ごめん。でも、大丈夫だったみたいで良かった」


俺がリューネ様の方を振り返ると、彼女はただ静かに佇んでいるだけだった。恐怖に怯えるでもなく、俺やフィアメッタに感謝するでもなく、ただ無表情に戦況を見つめている。

ああ、なんてことだ。きっと、俺を信じてくれていたんだな。俺が必ず助けると、守ってくれると信じていたから、少しも動じなかったんだ。その揺るぎない信頼、しかと受け取ったぜ、リューネ様!


戦闘が終わり、野営の準備を始める。ヴォルフラムが手際よく薪を集め、フィアメッタが火を起こす。俺は獲物の兎を捌きながら、リューネ様の隣にそっと座った。


「リューネ様、怪我はない?どこか痛むところとか…」

「ありません」

「そっか、良かった。でも、無理はしないでね。君に何かあったら、俺、魔王どころじゃなくなっちゃうから」

「……」


返事はない。彼女はただ、揺れる焚き火の炎をじっと見つめている。その横顔は、まるで精巧なガラス細工のように美しく、そして儚い。俺はたまらず、その白い手にそっと触れようとした。

その瞬間、彼女はすっと手を引いて立ち上がった。


「少し、夜風に当たってきます」


そう言って、彼女は少し離れた木陰へと歩いて行ってしまった。

またしても照れさせてしまったか。俺の愛が強すぎたのかもしれない。少しクールダウンが必要だな。

俺が一人でうんうんと頷いていると、焚き火の向こう側からフィアメッタとヴォルフラムのひそひそ話が聞こえてきた。


「…なあ、いつまで続くのかしら、アレ」

「…さあな。だが、勇者様は本気のようだ」

「本気だからタチが悪いのよ。聖女様、完全に迷惑してるじゃない」

「…我々が口を出すことではない」


ん?何か言ったか?まあいい。二人は俺たちの熱烈な恋路を、静かに見守ってくれているのだろう。ありがとう、友よ。


数週間後、俺たちは最初の街に到着した。久しぶりのベッドと温かい食事にありつける。市場は活気に満ちていて、様々な露店が並んでいた。

俺はそこで、綺麗な細工が施された銀の髪飾りを見つけた。繊細な花のモチーフに、小さな翠色の宝石が埋め込まれている。リューネ様の瞳の色と同じだ。


「これだ…!」


俺は迷わずそれを購入し、宿屋に戻ってリューネ様の部屋を訪ねた。


「リューネ様、ちょっといいかな?」

「…何か御用でしょうか」


ドアを少しだけ開けて、彼女が顔を覗かせる。相変わらずの無表情だが、それがまた可愛い。


「これ、君にプレゼントだ。きっと似合うと思って」


俺が髪飾りを差し出すと、彼女は一瞬だけそれに視線を落としたが、すぐに顔を上げた。


「お気持ちだけ、頂いておきます。ですが、私には必要ありません」

「えっ、でも…」

「贅沢は、私の信条に反しますので。お気遣い、ありがとうございます」


そう言って、彼女は静かにドアを閉めてしまった。

……なんてことだ。なんて清らかで、なんて高潔な心の持ち主なんだ。聖女とは、ここまでストイックなものなのか。華美なものを欲しがらず、ただひたすらに世界の平和を祈る。俺は自分の軽薄さを恥じた。と同時に、彼女への尊敬と愛情がさらに深まった。

そうだ、彼女は宝石なんかで飾らなくても、その存在自体が誰よりも輝いているんだ。俺はなんて愚かだったんだ。


俺は自室に戻り、固く拳を握りしめた。

この旅はまだ始まったばかり。俺は勇者として、必ず魔王を倒す。そして、一人の男として、必ずリューネ様の心を射止めてみせる。

彼女の塩対応は、俺の愛を試すための試練なのだ。その試練を乗り越えたとき、彼女はきっと、最高の笑顔で俺に応えてくれるに違いない。

外堀はすでに埋め始めている。王様や大司祭には、定期報告のついでに「魔王を倒した暁には、ぜひリューネ様を妃に」と念押ししてある。国を救った英雄の願いだ、無下にはできまい。

ふふふ、待ってろよリューネ様。君はもう、俺から逃げられないんだからな。

俺は希望に満ちた未来を思い描き、一人で満足げに笑みを浮かべた。明日からの旅も、全力で彼女を口説き倒してやろう。そう心に誓いながら。

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