第七話 前哨戦
「ねえ?」
椿が湊に話しかける。
「どうしたの?」
「その魔累巣って、どんなチームなの?」
「…嘘だろ」
二人の会話に、昴が割り込んできた。
「知らないのか?」
「ごめん知らない。え、なに?知ってないとヤバい感じ?」
「…まあいい。魔累巣は今、俺らの縄張りで好き勝手やってる連中だ。カツアゲ、無銭飲食、落書きの軽犯罪は当然、集団リンチや強姦、噂じゃ薬物までやってるとか。実際、流雨の隊がリンチ現場を叩き潰したこともある」
「えぇ…なにそいつら。やばぁ…」
「愚連隊ってより暴力集団だな。…てか、本当に知らなかったのかよ」
椿は驚愕と嫌悪を隠せず、昴は呆れたように視線を投げる。
「人数と年齢層って分かる?」
「あ~どうだったかな~。僕らと同じ10代後半くらいが多くて、人数は…100人近くいる結構大きいチームだったかな?それに加えて、ボスや幹部の素性は不明で、たむろ場所もバラバラ、神出鬼没の…」
「ん?湊君?」
「昴…」
「ああ」
背後からの気配。湊は視線を昴に送る。昴は頷き、楓と椿に付いてくるよう示す。理由は分からずとも、二人は後に続いた。
前を先行している湊はどんどん町の大通りから遠ざかっていく。暫く歩き湊が導いたのは町外れの空き地。沈黙の歩みが、やがて無人の空間にたどり着く。
「ねえ、ここ——」
椿の声を遮るように、背後から女の声が響いた。
「おやぁ?こりゃ、バレちゃった感じかな?」
振り返れば、そこには白黒ツートンのツインテール、黒地に特徴的な赤い横線をした特攻服を羽織った女が立っていた。さらに、その背後に並ぶ数十の同じ特攻服を着た構成員。
「…胡桃」
「やあ、椿。昨日振りだね♪」
胡桃と呼ばれたその女は、にこやかに手を振る。
「この人、昨日この空き地で見た」
「なに?――あーそう言うことか」
昨日の不良の溜まり場——あれは魔累巣の縄張りの一部だったようだ。
「つまり、昨日アタシらが会った人たちは…」
「魔累巣の一部の構成員ってことか…」
「正☆解!」
「にしても、胡桃。アンタそんなテンション高い感じだったっけ?もっとこう静かな感じだったと思うんだけど」
「これがいつもの私、魔累巣のボスとしての私なのっ!あんなのが素だとは思わないでほしいなぁ」
そう言い、胡桃は楽しそうにくるくる回りながら笑う。
「ねぇ、胡桃?」
「ん?なぁに?」
「今、アタシらさ、稲荷って奴を追ってるんだけど、何か知って——」
「あーやっぱりそうなんだぁ…♪」
椿が言葉を続けようとした瞬間――彼女の歪む笑み。不気味なほど甘い声。一同に得体のしれない恐怖が通過する。
「あのね?稲荷様について知りたいのはわかるよぉ?でもね、稲荷様は私達…いや、私の大切な人なの。だから、あの人について話すことはできないな~」
「そ、そっかぁ…そりゃ残念だなぁ…あはは…じゃあ、アタシらはこのまま退散させて…」
「それも出来ないの。だって、稲荷様から「NOVA・9の全滅」を指示されたからぁ♡だからごめんね?みんな~!頑張ってね~」
その瞬間、数十人の全構成員は一斉に四人に対し突撃を始める。
「うわうわうわ!!」
「…めんどくさい」
「多対一か~あんまり好きじゃないな~」
「全員、散らばれ!」
昴の指示で、全員が散らばる。それに引き付けられるように数十人いた魔累巣の構成員も分散される。
遠巻きに胡桃と三人の幹部がそれを観察していた。
「胡桃ちゃん。あんな人数要る?正直、僕らだけでも撃退できると思うけど?」
「そうだ!!女二人、男二人だろう?こうしてっ…こうっ!すれば、俺一人でもいけるだろ!」
「…二人、うるさい……それに、アイツら、仮にもNOVA・9…しかも、あそこにいる、男……強い噂の、不知火 昴……情報収集、必須」
「NOVA・9…一年前かそこらで結成したはずなのに、一気に町中に名前を広めたチーム。そこまで警戒する必要はないと思うけどなー。僕はそれよりも、あの綺麗な女の子に興味があるかな。ねぇねぇ、あの子、胡桃ちゃんの知り合いなんだよね?後で紹介してよ」
「ん~終わったらね~今は、どうなるか試合観戦しよ」
胡桃は楽しそうに笑みを浮かべていた。
—――――――――――――――—――――――――
「(人数が鬱陶しいな……)めんどくさい…」
楓が低く拳を構えた瞬間、数人の構成員が一斉に飛び掛かる。拳と蹴りが雨のように降りかかる。
——しかし、その全て空を切った。
「なっ!? 当たらねぇ!」
楓はステップ一つで間合いをずらし、相手の死角へと滑り込む。直後、彼女の拳が稲妻のように閃く。しかし、カウンターを受けんとした構成員は何とか防御態勢を取った。
(これなら防御できるッ!)
そう思ったのもつかの間、一人はその腕ごと壁に叩きつけられる。衝撃が骨に響くような音が走った。そしてその様子に驚く暇もなく、残る者たちも、次々と吹き飛ばされていく。
「…ふぅ」
静かに吐き出す息。だが、その目は鋭く構成員たちを射抜く。震える構成員に対し、楓はさらに拳を構え直した。
「…どうした?来るなら来いよ」
—――――――――――――――—――――――――
「急に襲ってくるとか、聞いてないんだけどっ!」
椿は必死に走る。背後からは怒号と靴音。だが恐怖よりも、胸の奥にある高揚感が勝っていた。
そしてしばらく逃走を繰り返していたその時、唐突に反転――敵の目が驚きに見開かれる。
「…っ!?」
「よいしょーっ!!」
椿の体が宙を舞い、構成員たちの頭上を飛び越えた。そして構成員たちの背後に回った瞬間、腰を捻り――
バキッ!
鋭い回し蹴りが構成員の背骨を打ち抜く。受けた構成員は苦鳴を上げ、地面に叩きつけられた。続けざまにもう一人へ膝蹴りを顎に突き刺す。カチリと嫌な音が響き、その男は白目を剥いたまま崩れ落ちた。
「このまま、いける!」
興奮からか椿は頬を赤く染めながら、勢いそのままに次々と蹴り飛ばしていった。
—――――――――――――――—――――――――
「ほいっ!」
湊は笑みを浮かべながら、正面から突撃してくる敵を素手で迎え撃った。
だが、避けない。防御もしない。拳も蹴りも、そのまま受け続けている。
ドスッ! ガンッ!
腹に、肩に、顔に、重い打撃が次々とめり込む。普通の人間なら数発で崩れる。だが、湊は微動だにせず――むしろ楽しそうに笑っていた。
「な、なんだこいつ…っ!!本当に人間かよ!」
「頭おかしいのか?!」
「失礼だな~。よわっちぃ攻撃してるそっちが悪いんでしょ~」
多対一で耐久戦を続ける。本来であれば正気の沙汰ではない戦闘を、彼は行っている。敵の顔に恐怖が広がる。だが一人が隙を見つけ、鉄パイプを振り抜いた。
「死ねぇ!!!」
ゴンッ!
後頭部に直撃。血が飛び散り、仲間たちは歓声を上げかけた――その瞬間。
「いたっ!何するのさ~」
湊は、頭から血を流しながらも平気で立っていた。笑みの中に瞳だけが冷たく光る。その様子を見た構成員たちの背筋を氷柱が這うような感覚が走る。
「さ、次は僕の番かな?」
低く囁くその声と同時に、湊の拳が一人を吹き飛ばした。
—――――――――――――――—――――――――
「(バラけさせたとはいえ、やはり俺に来る敵の数が一番多いか)ふぅ…」
NOVA・9最強の一角である彼は、最も警戒されているようで、他のメンバーよりも多くの敵が彼の目の前に立ち塞がる。しかし彼は動揺する様子は一切見せず、一度深く深呼吸をし体勢を整える。その様子を隙だと勘違いした構成員が、手柄をあげるチャンスだとばかりに勢いよく殴りかかって来る。
「最強を倒して、俺が最強に——」
閃光。爆発のような踏み込み。
次の瞬間、彼に殴り掛かった構成員が宙を舞い、地面に叩きつけられていた。目にも止まらぬ速さ、構成員らに動揺が走る。
「な、なにが起こ——」
言葉を終える前に、さらに数人が倒れる。昴の姿が見えた時には、既に拳が彼らを撃ち抜いた後だった。
「隙を、見せるな」
低い声が響いた瞬間、背後にいた数人が一斉に沈む。彼がいつ動いたのか、誰も見えていない。
最後に残った一人は、恐怖で足が震え立ちすくんでいた。
「終わりだ」
短く重い一撃。最後の男が吹き飛び、辺りは静寂に包まれた。
昴は深く息を吐き、再び拳を握り直す。その立ち姿は、まるで戦場に立つ孤高の王のようだった。
—――――――――――――――—――――――――
「…胡桃ちゃん」
「なぁに?」
「訂正する。人数が多すぎるって件。全然足りてないわ」
「…これ、私達、出るの?…めんどくさい、やだ…」
「いいねぇ!ようやくの出番!待ち遠しかったぜ!」
「うん、そうだね~。じゃあ、私たちも行こっか♪」
様子を見ていた胡桃たちが立ち上がる。
戦いはこれからが本番と言わんばかりに。