第二話 町に潜む影
楓 & 椿班 不良のたまり場
真夏の午後、逆沙町の外れにある空き地。割れたアスファルトの上に放置されたスクーターと空き缶。そこに数人の若者がたむろし、紫煙と笑い声を漂わせていた。
「よっ、久しぶりー」椿が軽く手を挙げて声をかける。
「…ん?あ、椿じゃん!」
椿の声を聞き煙草をくわえていた数人の女不良が顔を上げ、ぱっと笑顔を見せて集まってきた。
「椿がこんなとこに来るなんて珍しいね。なに?彼氏探し?」
「ちがうっつの!」
「でも椿、男運サイアクだしなぁ。紹介してくれって言われてもさ〜」
「だっから余計なお世話だっつの!」
パシッ、と冗談めかして背中を叩き合う。周囲の不良たちも笑い、しばし空気は軽かった。
「そんで?なんか来た理由あるんでしょ?」
笑いが一段落したところで、不良の一人が煙を吐き出しながら問う。椿は笑みを引っ込め、朱音の件を説明した。だが、返ってきたのは曖昧な表情と肩をすくめる仕草ばかり。
「んーそっかみんな知らないか」
「ごめんね、何も知らなくて」
「いや、全然いいよ。また何かあったら頼むね」
結局、手がかりはゼロだった。笑顔で別れた椿は、楓と隊員達の元へ戻る。
「どうだった?」
「駄目だね、収穫なし」
「そう。ていうか、あの人たちとは友達か何か?」
「あーまあ…うん、そんな感じ」
椿が曖昧に笑ったその瞬間――
『ねぇ』
楓の耳の奥で、確かに誰かの声がした。
「……?」
「ん?楓?」
「いや、なんでもない。(気のせい…か?)」
アスファルトの隙間に伸びた雑草が、風もないのに小さく揺れていた。
—――――――――――――――—――――――――
湊 & 昴班 廃倉庫
「たのもー!」
錆びついた鉄扉が、湊の一声とともに軋みを上げて開いた。中は薄暗く、埃と鉄の匂いが充満している。
「誰もいないね~」
「そりゃそうだろ。おい、お前ら、探索を始めろ」
昴の指示で隊員たちが散り、足音が伽藍堂に響く。しかし見つかるのは、床一面に散らばるのは壊れた機械、読み取れない看板、廃材の山。
「チッ、ガラクタばっかだな」昴が眉をひそめ、愚痴をこぼす。
「まあまあ、のんびり行こうよ~。焦っても何も——」
言葉を続けようとした湊が何か見つけたのか、ガラクタの山に手を突っ込み、分厚い本を引きずり出す。埃を払って掲げると、隊員たちの目が吸い寄せられた。
「なんかあった~!」
「あ?なんだそれ」
彼の見つけた本は分厚く、中には外国語で書かれた文字がずらりと並んでいた。しかし、それよりも目を引くのは表紙に刻まれたその紋様であった。
幾何学の理をねじ曲げるかのように交差する五芒の星を基盤とし、外周を囲む円は逃れられぬ牢獄のごとくそれを閉じ込めていた。直線と曲線が絡み合い、まるで異界への扉を封印する鎖のように、ひたすらに冷たい威圧感を放っている。
「な、なんかヤバそう…」湊の直感がざわめく。
その時——
「隊長!下にこんなもんが!」
隊員達がガラクタの山の下に何か見つけたと声を挙げた。二人はいったん本を閉じ、隊員達の元へ駆ける。
「こ、これは…」
「同じだ…」
駆けつけた二人の目に飛び込んできたのは――
床一面に描かれた、巨大な同じ紋様の陣。
「魔法陣…か?」
昴の声が低く響く。薄暗い倉庫の床で、その陣はまるで生きているように光を拒んでいた。
「ただのオカルト大好き会の悪戯かなぁ?それにしても悪趣味だけど」
「どっちにしろこれ以上は収穫なしか…いったんこの本持ち帰ってアイツに見せてみるか。お前ら!撤収だ!」
昂の声に、隊員たちは一斉に撤収を始める。彼は本を抱えたまま、振り返らずにはいられなかった。
「…ったく、一体何なんだこれ」
背後の魔法陣が、じっと見つめ返している気がした。
—――――――――――――――—――――――――
流雨 & 桜 & 藍葉班 敵チーム集会所
夕闇が町を覆い始めた頃。彼らは敵チームの集会所を、闇に紛れて遠巻きにうかがっていた。中にはおよそ三十人。どの顔も血の匂いに飢えた獣のようで、笑い声すら獰猛さを孕んでいる。
「ど、どうするんですか…?こ、こんな大人数で近づいたら、け、喧嘩になっちゃいますよぉ…?」
桜の声はかすかに震えていた。だが流雨は一切の躊躇を見せず、淡々と返す。
「それが狙いだ」
「え、えぇぇ!?」
桜の叫びを、藍葉が慌てて掌で塞ぐ。
「しっ…声が大きいとバレちゃいますよ」
「ご、ごめんね…」
しょぼんとしている桜を横目に、流雨は低く続けた。
「相手は轟牙蛇…奴らは喧嘩しか能がない戦闘民族の集まりだ。二十代前半ばかりで無駄に血気盛ん、プライドの塊。話し合いで丸め込むのは不可能だ。肉食獣に草を食わせるのと同じくらい、意味がない。だから——叩き伏せてから、耳を傾けさせる」
冷酷で大胆な作戦に隊員たちが息を呑み驚く中、藍葉が慎重に尋ねた。
「ですが……人数差が大きすぎます。相手は約三十人なのに対し、こっちは二十人にも満たない。それも場慣れした連中ばかり。僕らより年上で、腕っぷしも強い」
「問題ない」
流雨はそう言うと、視線を桜へ送った。桜は一瞬ためらったが、すぐに細く息を吐き、静かに頷く。
「え!?い、いいんですか?雨宮さん一人で…」
「ああ、藍葉と幽深隊のメンバーは入ったばっかだから知らないと思うが…」
彼女が物陰から一歩踏み出した瞬間――轟牙蛇の視線が一斉に突き刺さった。
「おい……女だぜ」
「へっ、いい体してやがる……遊んでくか?」
下卑た笑い。手が桜の胸に伸びた、その瞬間――
『電叉連撃』
爆ぜるような衝撃音とともに、桜の足が稲妻の速さで振り抜かれる。一発目は鳩尾に、二発目は顔面に。連撃は音すら置き去りにし、巨体の男を宙へと弾き飛ばす。
「……っ!?」
轟牙蛇の全員が一瞬、理解を拒んだ。ゴミのように吹っ飛び、床へ叩きつけられた仲間を見下ろし、彼らの表情から笑みが消える。
「さ、触らないでください…」
小さな声。だが、その声は雷鳴のように場を震わせた。
「て、てめぇ…ッ!このクソアマがぁ!!!!」
怒号とともに、十人近い男が一斉に飛びかかる。拳が空気を裂き、足が床を震わせる。
しかし桜は一歩も退かない。影のような身のこなしで拳を受け流し、肘を滑らせて相手の体勢を崩す。そのまま敵同士の攻撃を交差させ、骨と肉がぶつかる鈍い音を響かせた。
「だ、駄目だ!な、殴れねぇ!?」
「……っ!この女、一体何者だ!!」
轟牙蛇の叫びは恐怖を帯びていた。
その様子を物陰から見ていた藍葉が思わず息を漏らす。
「すごい…普段の静かな雨宮さんじゃない……まるで別人だ」
「本来、雷翔隊は奇襲が目的。無論、隊長である桜も奇襲が専門だが、多対一も全然こなせる。だが、桜一人じゃ七、八人が限度だ。俺らも参戦するぞ」
「は、はい!」
その合図とともに待機していた三つの隊の隊員たちが飛び出した。地鳴りのような怒号が渦巻き、拳が、膝が、鈍器が飛び交う。床が砕け、壁が軋む。
数分後――轟牙蛇のアジトに残ったのは、呻き声と倒れ伏した男たちだけだった。
轟牙蛇の総長は壁に背を預け、息を荒げながらも薄ら笑いを浮かべていた
「…は、はは……こりゃ、参ったなぁ……」
「悪いな、お前らは殴って聞かないと無駄だと思って」
「…まあ、否定はしねぇよ……そんで?何か…話があんだろ?早くしてくれ…体中いてぇ…」
「ああ、分かってる」
流雨は彼に神楽 朱音の失踪について聞く。すると轟牙蛇の総長はああ、といった反応を見せる。
「何か知っているのか」
「お前ら、NOVA・9だったのか…若ぇ愚連隊がここ数年でデカくなってきてるって聞いたが…へぇ、ここまでとはな…」
「今はそんなことはどうでもいい、質問に答えろ」
「あーハイハイ…分かったよ。三日前だったな。神楽 朱音だったっか?そいつが黒いバンに乗せられてたのを見たな…」
「…攫われたのか?」
「いや…違ぇな。ありゃ、どっちかっていうと…自分で《《ついて行く》》、そんな風に見えたな」
その言葉に、流雨は思わず目を見開いた。
「……は?」
その言葉を聞き、彼の声からは冷徹さが消えていた。