第一話 消えた総帥
2009年、夏。
逆沙町の小高い丘の上。
蝉時雨が頭上から降り注ぐ、人気のない古びた逆沙神社に、NOVA・9の幹部たちが一人の幹部、源 流雨により、集められていた。
「どったの?急にみんな集めて」
金色の長髪をざっくりとまとめながら、東雲 椿が境内を見渡す。照り返しの強い石畳を避けるように、神社の軒下へ腰を下ろした。
「流雨がみんなを集めるなんて珍しいね~。パーティでもやるの?それとも、例のチームの件?」
木陰に寝転び、汗を拭いながら来栖 湊は蝉の鳴き声に耳を預けるように呟いた。
「…奴ら、また縄張りで問題を起こしたんだろ。放っておけば好き勝手されるぞ」
低く鋭い声。不知火 昂がそう言って、流雨の横顔を射抜くように睨んだ。
しかし、その昂の隣で最年少の幹部・花沢 藍葉が首をかしげ、遠慮がちに口を開く。
「……あの…朱音さんはどこに?」
途端に、空気が動いた。
全員の視線が辺りを探す。けれども、そこに総帥・神楽 朱音の姿はない。
「朱音は…失踪した」
地を打つような流雨の一声。蝉の鳴き声すら遠のき、場の空気が凍りついた。
「は?いやいやいや、朱音が失踪?」椿が声を裏返し、笑い飛ばそうとして失敗する。
「ああ、確認したが、どうやらここ数日、家にすら帰ってきてないらしい。しかもアイツにメールしても帰ってこないうえ、通話もいつまでも繋がる気配がない」
「……最近、総帥の姿見なかったのは、そういうことか…」
流雨の言葉を聞き、朝彝 楓が低く頷く。だがその眉間には、違和感を示す皺が刻まれていた。
「…でも少し妙。総帥が何も言わずに消えるの」
「アタシもそう思う。アイツ、バカみたいに明るくて仲間思いじゃん。黙って姿を消すわけない」
椿の声に、みな自然と頷いた。
そのとき、賽銭箱の影から小さな顔がひょこりと現れる。雨宮 桜だ。
「…じゃ、じゃあ、ゆ、誘拐とか……?」
その震える声に、皆が一瞬言葉を失った。流雨だけが桜を見据え、静かに頷く。
「その可能性が高い。みんな分かってるだろうが、朱音は一人で勝手に消えるような奴じゃない。消えた原因が何かしらあるはずだ」
神社に緊張が張り詰める。蝉の声が、やけに遠くに感じられた。
ただ一人、應本 寿郎だけは、御神木に背を預けたまま動かない。
「だとしても、我々にできることはない」
「はぁ!? 心配じゃないの?」
椿が噛みつく。寿郎は目を閉じ、ゆっくりと告げる。
「心配はしている」
「なら——」
「だが、我々はまだ高校生。それに相手は複数、しかも相当の手練れだと考えられ、さらには優れた知能と計画性を持っていると思われる」
彼は指を三本立て、冷静に続ける。
「一つ。総帥である神楽 朱音は大人の男を一人二人なら簡単に退けられる。だから襲ったのは複数であることは確実。
二つ。だが素人が複数人集まったところで奴なら返り討ちにできるだろう。だが攫われ姿を消した。つまり、相手は総帥を撃退できるほどの手練れである。
三つ。そして一番厄介なのは、数日経っても身代金の要求すらないことだ。普通の誘拐ではない。計画性があり、目的も別にある。そのような奴らが阿呆であるはずがないだろう。優れた知能犯であると考えた方がよい」
理路整然とした推論に、椿は言葉を失った。
「……じゃあ、アタシらには何も…」
「いや」
寿郎の言葉を断ち切るように、流雨が前へ出る。
「警察には行ったが、俺たちが愚連隊だからか、まともに取り合ってもらえなかった。仮に動いたとしても証拠も何もない状態じゃ捜査は難航するだろう」
「それがどうしたのよ」
「改めて、朱音が攫われたのは寿郎の言った通り数日前。だから、まだ町からは出てないんじゃないかと思ってな。昨日今日で犯人の正体に繋がるであろう場所を洗いざらい調べてみたんだ」
そう言って流雨は広げた地図を石畳に置いた。赤い印がいくつも散らばっている。暴力団の事務所、廃倉庫、不良の溜まり場、敵チームの拠点……。
「――この中を手分けして当たる」
仲間たちの瞳が一斉に地図へと吸い寄せられる。夏の陽炎のように、熱と緊張が立ち上る。
「班はこうだ」
第一番隊『迅影隊』+朝彝 楓 &
第二番隊『艶華隊』+東雲 椿
計十四名が不良の溜まり場を担当。
第三番隊『蒼命隊』+来栖 湊 &
第四番隊『戦牙隊』+不知火 昴
計十六名が廃倉庫を担当。
第五番隊『巨鎧隊』+應本 寿郎
六名で暴力団事務所を探る。
第六番隊『環刹隊』+源 流雨 &
第七番隊『雷翔隊』+雨宮 桜 &
第八番隊『幽深隊』+花沢 藍葉
計十九名で敵チームの拠点の探索にあたる。
流雨の指が、赤い印をなぞっていく。名を告げるたびに、仲間たちの背筋が伸びる。
やがて全てを割り振り終えると、彼は顔を上げた。
「――朱音を取り戻すために、俺たちは動く」
誰も声を返さなかった。ただ、その場の全員の視線が同じ一点を見ていた。
消えた仲間、神楽 朱音へ。
蝉時雨が再び境内を包み込む中、NOVA・9は散開していった。