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死面  作者: 埴輪庭
2/4

第ニ話

 ◆


 2025/07/26


 翌日、弘之は寝不足のまま電動自転車にまたがっていた。


 脳裏には昨夜見た無数の映像が焼き付いている。


 名も知らぬ女たちのあられもない姿、湿った肌の感触。


 まるで目の前で事に及んでいるかのような臨場感だった。


 配達先のタワーマンションの前で、彼はスマートフォンの画面を睨みつけた。部屋番号は4203号室。しかし、彼の意識はそこにはない。頭の中は、あの黒いサイトのことでいっぱいだった。


(あのサイト、一体なんなんだ……?)


 広告もなければ、運営者情報もない。


 何かしら登録が必要なわけでもない──それゆえに不気味なサイト。


 そういえば、と弘之は思い出す。


(めちゃくちゃシンプルだったな、あのサイト……)


 サイトには履歴機能も、お気に入り機能も存在しなかった。ページを更新するたびに異なるサムネイルが表示されるため、同じ動画を探すのが酷く困難だ。まるで一度きりの出会いを強要されているかのようだった。その刹那的な性質が弘之の飢餓感を異常なまでに煽っていた。


 仕事に身が入らない。昼食のピークタイムを過ぎても、彼の配達件数は一向に伸びなかった。


 結局、その日の稼ぎは普段の半分にも満たなかった。だが、弘之は気にしない。アパートに帰り着くなり、彼はシャワーも浴びずにパソコンの前に座った。


 ブックマークからあのサイトを開く。


 昨日とは全く異なるラインナップ──表示されている女性は誰も彼もが“普通”の女性だった。その辺を歩いているような、なんというか良い意味で個性のないというか。


(これが良いんだよな)


 弘之はそう思う。


 ・

 ・

 ・


 512:名無しの紳士さん

 例の文字化けサイト、マジでやばいな。

 昨日から入り浸ってるわ。寝てねえ。


 513:名無しの紳士さん

 ウイルスとか大丈夫なのか? 

 うますぎる話には裏があるだろ。


 514:名無しの紳士さん

 >>513

 今のところ何もない。ただ、ちょっと重いというか、PCのファンが唸りっぱなしになる。


 515:名無しの紳士さん

 それ、マイニングでも仕込まれてんじゃね? 


 516:名無しの紳士さん

 それより、見つけた奴いるか? 

 赤坂枝里子。


 517:名無しの紳士さん


 516

 は? 赤坂枝里子って、あの? 


 518:名無しの紳士さん

 >>516

 マジかよ。彼女、何年も前に死んだだろ

 遺族の意向で作品は全部回収されたはず


 519:名無しの紳士さん

 >>518

 それが、あるんだよ。検索したら一本だけ出てきた

 生前のどの作品とも違う。たぶん、プライベートなやつだ

 お宝発見した気分だわ


 ・

 ・

 ・


 掲示板でそんな書きこみを見た時、弘之の心臓がドクン、と大きく脈打った。


 赤坂枝里子。


 数年前に自ら命を絶った伝説的なAV女優。


 その儚げな美貌とどこか影のある雰囲気で絶大な人気を誇っていた。


 彼女の突然の死は、多くのファンに衝撃を与えた。


 弘之もまた、彼女のファンの一人だった。


 ──ありえない


 彼女の動画が、しかも未公開のものがこんな場所にあるはずがない。


 弘之は、スレの書き込みがただの悪戯か、あるいは誰かの妄想だと思おうとした。


 しかし、指は彼の意思とは無関係に動いていた。


 検索窓に吸い寄せられるようにカーソルを合わせる。


「あかさか えりこ」


 キーボードを叩く指がわずかに汗ばんでいた。エンターキーを押す。


 画面が一瞬だけ明滅し、結果が表示された。


 一件、ヒット。


 そこに表示されたサムネイルは弘之の知る「赤坂枝里子」ではなかった。華やかなメイクも計算された照明もない。


 薄暗いワンルームの部屋で着古したスウェット姿で床に座り込んでいる赤坂枝里子。


 生気のない瞳がまっすぐに弘之──いや、視聴者を見つめている。


 弘之は息を呑んだ。


 これは彼女──赤坂枝里子が「商品」になる前の、あるいはすべてを終えようとしていた頃の姿なのだろうか。


 覗き見てはいけない魂の最も深い部分を、無理やりこじ開けたようなそんな感覚。


 弘之はマウスを持つ手が痺れているのを感じた。


 クリックしてはいけない。これは死者への冒涜だ。頭の中で理性が最後の警告を発する。


 だが彼の欲望はとっくに理性の制御を振り切っていた。


 クリック。


 動画が再生される。


 画面に映し出されたのは弘之の記憶にあるどの商業作品とも比較にならないほど生々しい赤坂枝里子の姿だった。


 映像の中の彼女は商業作品で見せる計算された表情とは全く違った。


 時折苦痛にも似た色を浮かべながらも、確かに喘いでいる。


 編集されていない生の音声だ。湿った皮膚のぶつかる音、乱れた呼吸、そしてかすれた声が、パソコンのスピーカーから直接弘之の鼓膜を震わせた。


(なんだ──泣いている?)


 そう、赤坂枝里子は泣いていた。


 泣きながら、「浩二」という男の名を口にしている。


(なんだ、浩二? 誰の事だ?)


 弘之には何もわからない。


 分からないが、あの赤坂枝里子が生の感情を見せている。最初は嫌がっている様に思えたのだが、どうもそうではないらしい。


 男の体をぎゅうと抱きしめ、離そうとしない。


 まるで恋人同士の最後の逢瀬の様にもみえた。


 弘之は無意識にズボンのジッパーに手を伸ばしていた。


 パソコンのファンが、ウォン、ウォオン、と獣のように唸りを上げている。


 画面の中の赤坂枝里子が甲高い声を上げた。その瞬間、弘之は達し、そして頭の中が白熱──何かが()()()いく様な感じがした。

【独占スクープ!】元セクシー女優A・Eさん(26)謎の死! 人気俳優K・K、若手女優との熱愛発覚直後の悲劇


 2023年3月15日


 衝撃の死の真相が明らかに──。

 3月14日深夜、都内の高級マンションで遺体で発見された元セクシー女優A・Eさん。実は死の直前、交際していた人気俳優K・K氏(35)の"裏切り"に打ちのめされていたことが判明した。

「Eちゃんは『もう生きていけない』って泣いていました。K・Kさんのことを本当に愛していたから.」(A・Eさんの親友)

 本誌は先週、K・K氏が若手女優のM・S(22)と親密な関係にある決定的証拠を掴んでいた。高級ホテルから朝帰りする二人の姿、手を繋いで歩く様子──まさに熱愛の証拠だ。

「K・Kは最初『Eとは別れた』って言い張ってたけど、実際は二股だったんです。Eさんは写真週刊誌で知ったらしくて、ショックで食事も喉を通らなくなったって」(芸能プロ関係者)

 A・Eさんの部屋からは、K・K氏との思い出の写真と共に、大量の睡眠薬の空き瓶が発見された。友人によると、最後に会った時は憔悴しきった様子で「彼なしでは生きられない」と繰り返していたという。

「業界では有名な話だけど、EさんはK・Kに本気だった。でも彼は若い子が好きなんですよ。Mちゃんで何人目だか.」(ベテラン芸能記者)

 華やかな芸能界の裏で起きた、あまりにも切ない愛の悲劇──。

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