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第一夜 下



〈アナタ達、大変だったわね〉

 

 帰り道の山中で、唐突にそんな声が後部座席から聞こえてくる。百合は疲労困憊の中、それでも幻聴かどうかの確認はせねばなるまいと、ルームミラーで後部座席を見れば、倒してある座席の上に何故かトランクが乗っており、その上にちょこんと赤いドレスを着た目を閉じたままの少女人形が座っていた。それに、百合も視線を進行方向に戻しつつも、運転に支障がでない程度に動揺の余りチラチラと見てしまうし、助手席の白椛は、身を捩って確認すると、驚きで目を見開いたがすぐに前を向き直して目頭を押さえる。


〈何よ、アナタ達失礼ね!〉


「……そうは言ってもなぁ、お嬢ちゃん」

〈まあね? あの悪童にしこたま悪戯されたのだからムリもないわ〉


意を決して、白椛が対話を試みる。


「……俺たちの災難に何か心当たりがあるのかい?」

〈ええ。ワタシも散々煮え湯を飲ませられたんですから、まぁ飲食出来ない身体ですけど〉


と、前置きしてから、鈴を転がすような声で、自身に起きた出来事を話しはじめる。


〈あの子のお家に迎えられた時にはもう、ワタシには自我があったわ。――最初はね、今までの子たちより大きい子だったから、ちょっと不安だったの。でも、杞憂だった。大切に扱ってくれて、お裁縫が得意だからって可愛い衣装を仕立ててくれたり、今着ているこのドレスもあの子が作ってくれたの、え、似合う?って当たり前じゃない、でも褒めてくれてありがとう。あの子はね、今日合った出来事とか、嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったことも、ワタシ達に話しかけてくれたの。会話は出来なかったけど、あの子がそうやってお話してくれるのは、嬉しかったわ。――だから、あの陰気な針金男に悪用されたのは悔しかった。ええ、そうよ。ワタシの自慢の目を抉り出して、あの子の私生活を盗み見るために気味の悪い、カラクリを埋め込んだアイツのことよ。針金男はね、確かに化粧の腕は、まあまあだったけど、アタシ達ドールの扱いは酷かったわ。

散らかった部屋に、たくさんの仲間たちが転がされるように乱雑に置かれてた。化粧の仕事の依頼で預かってきていた仲間はまだ扱いは良かったけどね。ただ、そんな扱いなのに針金男が集めてたドール達ってアタシから見てもかなりの曲者ぞろいの、何があったの? どうしちゃったの? どんな人の手に渡ってきたというの? てなるようなコばかりでね。そんなコ達の中の一つに、前の持ち主からの厄介なのが取り憑いていたの。最悪なことに、アタシがあの針金男の家にいるときに、その厄介なのに次のターゲットとして目を付けられてしまって、大事なあの子の家まで憑いてきたの。それでも不幸中の幸いなことに、あの悪童はあの子の家の中までは入ってこれなかったから、あの子はアナタ達みたいに酷い悪戯はされなかったけど、嫌な視線は浴びてしまっていたみたいで元気をなくしてしまっていたの〉

 

 悲しげな声で少女人形は探偵達にそう話したのだった。


〈アナタ達に気味の悪いカラクリを見つけてもらったあの日から、あの子が、ワタシに話しかける声がとても辛そうで、仕方のないことだと分かっていても、こんな形で貰われていくのはワタシも悲しかった……〉

「お嬢ちゃんが、悪い訳でもないだろう? 気を落としすぎないようにな……。ただ聞きたいことがあるんだが、いいかな?」

〈かまわないわ〉

「お嬢ちゃんが悪童って呼んでる、俺達を襲ってきた黒い影は、まだお嬢ちゃんに執着しているのかい?」

〈……そのことなんだけど。ねぇ、ハイドランジアってまだ咲いているの?〉

「……ハイドランジア? すまん、草花には詳しくなくてな、少し調べる」

「オレのスマホなら、ジャケットに入れっぱなしだったから無事だぜ」

「悪い、借りるな」

と、白椛は百合のスマートフォンを借りて検索し、検索結果を見ると、

「ああ、紫陽花のことか。それなら、川辺に植えられている奴ならまだ綺麗に咲いているよ」

と答えた。

〈そうなの。ごめんなさいね。ワタシ目を抉り取られてしまったから、分からなくなっちゃって。えっとね。それで、咲いているのなら、話がはやいわ。――周りの色と一つだけ違う、可笑しなハイドランジアを探して〉

「……アレのことか?」


と、運転中の百合は少女人形と白椛の会話から、紫陽花に注目したタイミングで、白色から青色の手毬達のなかで、一際真っ赤な手毬が、一つ浮いて見えた。最初に依頼人の女性宅へ向かった時も、暖色のものは薄桃色くらいだったことを思い出すと、それは不自然な程に赤色に染まっていた。


〈もう見つけたの? なら、それを確認してからね〉

「了解、お嬢さん」

と、百合は答えて白椛にも指差しで位置を共有しつつ、近くで路肩に一時停止した。

 そのまま、車を降りて慎重に二人は近寄る。「ゲッ」とそれを見て百合は声をあげる。白椛も、杖を付いていた反対の手を額に乗せて、そう来たかと空を仰ぐ。


 真っ赤な手毬の直ぐ側の葉の上に、こんもりとセミの干からびた頭部が積み上げられていたのである。

 確かに、頭の無い捩じ切れた蝉たちを見て、頭はどうしたんだと疑問には思っていたがこんな答え合わせはしたくはなかったと、不快感をにじませる二人。白椛はさて、どうしたものかと考えたが、百合の行動は速かった。すぐに車に戻って荷台に、例の一斗缶に古新聞を仕舞っていたものを持ち出してきた。白椛は百合が手にしているものを見て、「……流石にここで燃やすのは無しだ」とだけ言った。


「ハァ? まぁ、いいか、仕方ねェ。でもこの中に入れて事務所の庭で燃やすのは良いんだよな?」

と、古新聞で頭を払い掻き集め一斗缶の中にぼとぼとと全部捨ててから蓋を閉めた。


「……まぁ、構わんよ」


と、白椛は苦渋の決断と言わんばかりにそう言った。

 車に戻ろうと二人が背を向けた後、紫陽花はゆっくりと赤色が抜け落ちていき、次第に周囲の手毬たちと同じ様な青色に染まっていったのだった。




〈え! 一緒に乗せちゃうの?!〉


車に二人が戻ると、開口一番に少女人形はそう言った。白椛が「事務所に戻ってから処分することにした」と言うと、

〈……ワタシの近くには置かないでね〉

と少女人形は返した。

「どうした? そりゃそんな嫌がらせ地味たことなんてしないが」

〈……キライなの!〉

「ん?」

〈ワタシは虫が大っ嫌いなの!〉

「分かった、分かった」

 

 話を聞いていた百合は出来るだけ彼女から離れた場所に、一斗缶を仕舞い運転席に乗り込む。白椛は、如何に自分が虫が苦手なのかと訴える彼女を宥めていたが、何かが琴線に触れた様で感情的になってしまい、遂には


〈もう! アナタってば不躾に女の子の顔を触るような人だから分からないんだわ!〉

と言い始めた。


「は? そんなことしてたのか?」


百合が軽蔑したような感じを乗せつつ何処か面白がっている風情の声音で態とらしくじっとりとした面持ちで目を細めて、白椛を詰る。


「――や、ちげぇよ。アレは」

「浮気かぁ?」

〈え! ひょっとして!〉

 プンスカと怒っていた筈の彼女が一転、声を弾ませる。

〈アナタ達ってお付き合いしてるんだ!〉

「そうなんだよ、お嬢さん。このオッサンには恋人のオレから良く言っておくから、ここは許しちゃくれないか?」

〈仕方ないわね!〉

「はぁ~、勘弁してくれ二人とも」

 

 大体アレは、調査の一環だったってこと分かってるだろうに、と白椛は弁明しつつぼやいた。きゃらきゃらと少女の笑い声をあげる彼女は、そう言えば、と

〈ワタシってどなたに引き渡すつもりなの?〉

尋ねてきた。

「あー、咲宗には妹の畢智(みなと)君がいるだろう?」

「え? 畢智にか? そりゃ、お嬢さんをぞんざいに扱うような人間じゃないが……。アイツ土産物屋だとオコジョのストラップよりドラゴンと剣のキーホルダーに目を輝かせるような妹なんだが……」

「そうか、……あれっていまだに鉄板商品なのか」

「アァ。――心配するな、お嬢さん。川澄さんに任された手前、ちゃんと送り先は考えるとも」

〈心配してなかったのに、急に心配になってきたわ……〉


 和気藹々と事務所に帰ってきた二人と少女は、奇々怪々な二度目の炎色反応を見届けた後、濡れ鼠になった身体を綺麗に洗い流してその日は早々に休んだのだった。


 ◇


 ――明くる日のこと。寂れた雁木通りのさらにうらぶれた一角にその店はひっそりと営業していた。『宵待(よいまち)』小間物屋店と書かれた暖簾の前で、鼻歌を歌いながら掃き掃除をするアルバイトの彼女の耳にとつん、とつんと杖をつく音が入った。ふと、その方向を見ると彼女にとってとてもよく見知った二人が、並んで歩いていたのである。


「あ! はるみんと兄さん、おはようございます」

「おはよう、畢智君。ところで店主はいるかい?」

「店長ですか? それなら十時には顔を出すと仰ってたので、もうそろそろお出でになられるとは思うんですけど……」

 

 白椛が自身の腕時計でも確認すると現在時刻は午前九時五十分、出直すには少し微妙な時間だなと思案していると、店の暖簾の先からにゅっと店主が気怠そうに顔を出した。


「誰か来たのかい、百合クン? お、借金取りか?」

「おはよう、店主。なんだ、取り立てに来るような消費者金融の世話になったことがあるのか?」

「おはようさん。おかげさまで、ウチは小綺麗な商売をやらせて貰ってるからないね。朝から強面の男に訪ねられるような要件が他に思いつかないだけさ」


「まぁ、いい」と手をひらと振ると、店主は「ツレのニイサンもチビ共々中に入んな」と言って店の中に入っていった。

 

 勘定台の中の丸椅子に先に座った店主は、隅に置いていた来客用の丸椅子を「勝手に使いな」と指差す。助手が「じゃあ、勝手に使わせて貰います」と断ってから二人分、店主と対面になるように移動させた。


「――で? ウチに探偵クン達は一体なんのようだい?」


 店主は勘定台の対面に座ってきた探偵と助手の二人に向かってそう聞いてくる。


「アンタには、山程聞きたいことがあるが、全部聞き出すだけで日が暮れちまう。はぁ~、分かっててはぐらかされても疲れる、連れてきたお嬢ちゃんについても既に勘づいてやがるくせに」

「ヒヒヒ、あくせく働いても良いこと無いぜ。もっと余暇は大切にしないとな?」


 その時、ガラガラと引き戸が開く音がして「店長〜。掃除終わりました」と畢智の声が続く。


「じゃあ、百合クン。次はお茶の用意してくれるかい?」

「はい、分かりました」


と、引き戸をしっかりと閉めてパタパタと店の奥に入っていったのを見送ると、


「じゃ、せっかちな探偵クンの為に本題入ろうか」


 そう店主が切り出し、話を始めるよう促した。助手が探偵と顔を合わせてから頷き、持ってきていたトランクを台の上に置く。


「この人形を大切にしてくれる方にお譲りしたいのだと、以前依頼を請けた方にお願いされてな。――店主なら、古物商としても商売もしているからそっちの人脈も広いだろうし良い人を誰か知らないかと」

「……成る程なぁ。が、別にそれだけじゃないだろ? ほら、このチビの顔を見せな」

「……分かった。今、トランクを開ける」

 

 パチンパチンと留め金を外して、トランクの蓋を開けると、赤いドレスの少女人形は目を閉じて、本当に眠っているかの様に、胎児の様な姿勢で白いクッションに埋もれていた。


「……ほぉ。まぁ、悪くないね」

 

店主は屋号の入った自前のエプロンのポケットから手袋を出して装着し、人形の観察を始める。


「お茶がはいりました。え、と今お出ししても大丈夫ですか?」


と、そんな中お盆を持った畢智が三人を伺うと、


「構わんよ、百合クン。二人にもお出ししな」と視線は移さず店主が答える。「はい。ではお茶をどうぞ」と、ビードロのグラスを珪藻土コースターの上に乗せて配る。

「店長の趣味で冷製玄米茶になります」

「ありがとう、百合クン。ほら、君たちも好きに飲み給えよ」

 そっと、トランク内のクッションの上に無理なく人形を座らせると、店主は出されたお茶に口をつける。

「――百合クンは、この娘のことをどう見る?」

 

 グラスを持ったまま、視線で人形を示しながら、店主はそんなことを聞き出す。聞かれたからにはと、余り相談内容を耳に入れないように気を使っていた彼女だったが、お澄ましして座っている赤いドレスの少女と顔を合わせる。


「? はい。彼女、とても可愛らしいお嬢さんですね。……でも、目を瞑ったままなのは少し気になりますが」

「畢智君。そのことなんだが、実は目だけは盗難に遭っていて紛失しているんだ」

「あッ、そうなんですね。じゃあ、この状態がこのお嬢さんの普段の姿では無いんですね……。店長、店の商品で欲しいものがあるんですが」

「構わんよ、好きにしな」


 畢智は店内の商品棚の中のアンティークの端切れコーナーから、御目当ての物を見つけると、それを手に持ち戻って来る。白椛と兄の二人に対しても確認をとり、人形の目元にレースを巻きはじめ、後ろでリボンを作り結んだ。


「レースリボンです。目を瞑ったままでも可愛らしいですが、レースのアイマスクをしてみても良いのでは? と」


 畢智は、ふふ、と微笑みながらそう言った。


〈一体どんな子かと思えば素敵な子じゃないの〉

 

 そこへ、鈴を転がした様な少女の声が聞こえてきて、その場で畢智だけが驚いて目を瞬かせた。


「え? え!? お嬢さん話せるの?!」

〈うーん、良い驚きっぷりね。でも、ありがとう、目元を可愛くしてくれて!〉

目を見開いて、驚いていた彼女だったが、少女から嬉しそうに感謝を伝えられると、すぐに、

「いやぁ、どういたしまして。お嬢さんが喜んでくれて何よりです」

と、朗らかに返す。


〈……アナタのお話を聞いた時は、ワタシ少し心配してたのだけれど、杞憂だったみたいね〉

「え! 一体全体、お嬢さんに私をどう説明したっていうんです?」

 

 水を向けられた彼女の兄はやおらと答える。


「可愛いキーホルダーより、ドラゴンと剣がモチーフのキーホルダーの方が好きなこととかか?」

「……や、兄さん。確かに最近買ったキーホルダーもそんなんだったけど、何時だってそうだという訳でも無いよ〜?」


 妹は可愛いのも嫌いじゃないし、と弁明するが、咲宗は「最近? 具体的にどんなの買ったんだ?」と別の興味が出たので問いかける。


「ああ、まぁ、今も持ってるけど」と畢智はズボンのバックポケットから取り出して、兄に見せる。

「趣味のバイク旅で行った温泉街の土産物屋で見つけたんだけど。他の店では西洋剣が多い中で、日本刀モチーフだけがズラリと並んでたから珍しいなぁとつい、一つ買っちゃったんだ」


 バイクの鍵に付けられていたキーホルダーは、黒メッキの鞘に龍のような、生き物がうねり刻まれ、端々には金メッキの挿し色が入り、柄の頭からは紅いタッセルが付いていた。


「うーん、完全に雰囲気が土産物屋で見るやつだな」と白椛がコメントすると、

「え、でもコレすごいんですよ。災難続きだった友人に、気休めだけどって言ってスパスパ〜って縁切りの真似事をしたら、最近調子が好転してきたって」

と嘘か本当か畢智はそんなことを言ってくる。

「にわかには信じがたいが……」

と、咲宗が言えば、うんうんと妹は頷きながら、

「ま、私も、タイミングが良かっただけだとは思ってるけど、元気になって良かったな〜て」

と返答する。

「なるほどな? それは確かに良いことだ」

「明らかにおかしな点を挙げるとすれば、友人である彼は既に成人男性となってから、それなりの年数も経っているのにも関わらず、棒の手紙系のスパムが山の様に届いてて、私が縁切りした後にそれがピタッっと止むっていう謎の挙動を示したことなんだけど……」

「――棒の手紙っていや、また懐かしいものを」

「? 春さん、何か知っているのか?」 

「あれ? 兄さんこそ知らないか? 『この文章を受け取った人は何日以内に何人以上かに同じ文面を送らないと早晩君は不幸になります』系のメッセージ。私もスマホを持ちはじめた時ぐらいに、クラスの子からLINEで送られてきたことがある。チェーンメールって呼ばれているものの一つかな……。それこそ手書きの手紙が主流だった頃に不幸って書いた字が汚過ぎて棒って読めちゃったのがそのまま回っちゃって棒の手紙っていう派生が出来ちゃう様な古典的な嫌がらせだよ。小中高生くらいで流行るような奴な」

「子ども向けの嫌がらせか、……オレは貰ったことなかったな?」

「確かに兄さんの周りは、そういうのなさそうだね……」

「俺はガキの頃に、手紙で届いたことがあるぞ、無視して面倒で捨てた気がするが」

「私も当時は既読無視したよ。でも、社会人になってまでこんなメール送るような暇人も居ないよね、不思議だね〜てなった話」

「不自然なスパムが畢智の縁切りで来なくなって、他にも悪縁が切れたと」


「そうだよ、こんなふうにスパンと切る動作をしたら――」


 徐ろに、畢智は鞘を引き抜き、兄に向かって中空にて一文字斬りする。

――プツリ、咲宗の中で何かが切れたのを自身で感じ取った。それに戸惑いつつも、彼の身に、ここ最近続いていた頭重感がふと断ち消えたのである。


「――どうした? 兄さん、大丈夫?」

と、ぼんやりとしてしまった兄の顔を慌てて覗き込み心配する畢智。

「……ああ、大丈夫だ。最近夏バテ気味だったからかな、疲れが出ちまったみたいで」

「不養生は良くないよ、お茶飲めそう?」

「……悪い」

 咲宗は、出されていたお茶を一口飲み一息つく。

「気分はどうだ?」

と、隣に座っていた白椛も心配する。

「問題ない、水分を摂ったら落ち着いてきた」

「なら、良かった」


 胸を撫で下ろす、白椛と畢智の二人であったが、そこにニヤリと笑いながら意味深な一言を言い放つ店主。


「百合クンのオニイサンさ、来る時よりも体調が良くなったの間違いだろう?」


 咲宗は、不意に図星を指されて動揺してしまう。それを見た白椛は目を細め、


「どう言うことだ? 店主?」

と、問いかける。

「百合クンの好い人も、オニイサンも穢れに見舞われていたから、不調だったし、百合クンがものの見事に晴らしたから体調が好転したのさ」

「私、好い人なんていませんけど、彼は友人なんですけど??」

「――ま、ニンゲン生きてりゃ穢れもつくし、そのうちに晴れてる時もあるが、どうにも厄がついてまわっちまう時もある。よかったなァ、元気になって」

「兄さんも、まぁ、彼も五体満足で元気ならそれに越したことないんで、良いんですけど。私が、何かしたことになってるのが解せないんですが?」

「そら、それが現世との狭間の見世で買ったホンモノだからだろう? 気付いてなかったのか百合クン?」

「え! でもこれ、野口英世で買えたのに??    

そんな都市伝説的な場所に合ったお店だなんて気づかなかったですよ!」

「野口英世だろうが、樋口一葉だろうが、聖徳太子だろうが、はたまた、渋沢栄一でも現世の現金を使える見世はそりゃァ少ないだろうが、無いわけでもないさ。……それこそ、交通系ICカードが公共交通機関で使用できないような地方の寂れた個人商店の決済で使えるくらいの確率で」

「それって結構低いですよね!?」

「運が良かったなぁ? 百合クンは、そのウチが認める目利きの良さとカンの良さがあるから。是非、将来はこの店に就職して欲しいものだね。もちろん、給金は弾むとも」

「ンンン。能力を買っていただけるのはありがたいんですが、自分なりたい職がありますんで」

「態々、人間の愚かさを直視するような職に従事したいとは君は本当に物好きだよね」

「言い方ァ〜。でも私のシフトの調整とか試験勉強だとかの便宜も色々図ってくださるじゃないですか〜」

「青田買いさ、ま、無理にとは言わんよ。――で、探偵クン?」


 侃侃諤諤と店主とそのアルバイトは話していたが、会話に一区切りをつけると、店主はグラスに淹れられていたお茶を飲み干し、白椛達に話しかける。


「チビさえ良ければ、ウチの店のレジ横にでも置いておいてやる。ついていきたい人間が見つかれば買われていくも良し、そうじゃなくても、ウチに居残って貰っても構わんよ、どうする?」

 頭の上で繰り広げられるテンポの良い四人の会話を時にハラハラと、時にワクワクしながら聞いていた彼女は、


〈えぇ! お願いするわ! このお店楽しそうだもの〉


と答えるのだった。

「チビがここを止まり木にするか否かは、まあ、好きにするといいさ。さ、これで、探偵クン達のお願い事は解決したかな?」

白椛は、店主の言葉に頷く。


「えぇ。お嬢さんを頼みました」

「フフッ。構わんさ」

 

 殊勝な態度の探偵を面白がりつつ、鷹揚にこたえる店主であった。


 探偵とその助手二人が、席を立ち退席の挨拶を店主、そして人形にもすると、


〈うん! ありがとう、二人とも。あ、そうそう! 黒電話チャンにもよろしくね!〉

彼女がそう返した。

「……黒電話チャン?」

と、ピンとは来ていない顔で白椛は復唱する。


〈あのコ、アナタ達のこと気に入っているから、今回のこと無事に解決できて、それはそれは喜んでたわ〉

「あァ、あのモールス信号、あの黒電話そのものからの助言だったてことか??」


 その黒電話チャンが何のことか、助手が理解すると、

〈ええ、そうよ。〈何とか、伝わったようで良かった〉って。あのコはヒトの言葉を話すのは難しいみたい〉

と少女人形は話すのだった。


「ハー、なるほどなぁ……。マァ、よろしく伝えておくとも」


〈フフフ。ありがとう〉




◇ ◇ ◇




「――戻ったぞ、百合クン」

 

 店番を任されていた畢智は、読んでいた新書から顔を上げて、


「おかえりなさい、店長」


と返事をする。店主は店の裏口から勘定台の上に、運んでいた段ボールを乗せると、


「知り合いのリサイクルショップに纏まった品が納品されるって聞いて、いくつか分けて貰ってきた。仕分けるのを手伝ってくれ」

と、頼んできたので、畢智は本をすぐに仕舞って


「はい、分かりました」


と、了承した。

 

 そうして、二人で取り分けていると、ふと、畢智は気になる物を見つけた。それは、片手に収まるくらいの大きさの無地の缶ケースだったが、手に持つとコロコロと音がする。


「店長〜。コレ、開けてみてもいいですか?」

ちら、と畢智の手元を見た店主は、「構わんぞ」と答える。

 

 承諾をうけた彼女は、徐ろにパカリと缶ケースを開けるとそこには、綺麗な目玉が二つ入っていた。おや? と思い、まじまじと見つめてみる。


「綺麗な辰砂カラーだ。ガラス製のドールアイ、なのかな?」

 

 彼女は、そのドールアイに、ふむ、と少し引っかかりを覚えて考えていると、唐突に思い付いたのだった。


「あ、これ。お嬢さんにピッタリなのでは?」

「――フッ。今、チビにつけてやっていいぞ?」

 

 意味深に店主は笑いながら、そう言うので、え、と戸惑いつつも畢智はレジ横に居る少女人形に、「目を取り付けさせてもらうね」と声を掛けてから、作業をはじめる。


「最初からこれしかないと、言わんばかりに、お嬢さんによく似合うね? ……この目」

〈コレ……! ありがとう! ワタシの目、そのものなの!〉

 

 ドールアイをつけ終えて、しみじみとそんな感想が漏れた畢智だったが、少女人形の歓喜の声で、驚いてしまう。


「――そんなこと、あるんだ? え、でも春洋さんはお嬢さんの目は盗難に遭ったって言ってたのに……?」

 

 困惑が滲む畢智に、ククッと揶揄うような笑い声が後ろから聞こえてくる。


「チビ、良かったじゃないか。自慢の目が戻ってきて」

〈えぇ! そうね!〉

「確かに、お嬢さんの目が戻ったことは喜ばしいけど……」

 

 リサイクルショップに一気に大量に品が入荷してきた物の中の一つってことは、それって、とドールアイの出処から、これらがどういう経路の物なのか予想が出来ていた畢智は、頭を抱え始めてしまう。


「百合クンの大方の想像通りだと思うぜ。ちなみに、事件性はないと警察は言っていたそうだ。――マァ、一人暮らしの成人男性の突然死なんぞ、珍しくもない」

〈フフフ、吉報じゃない〉

「男の沢山所有していたドール達は、ウチでは引き取り不可なのしかいなかったから、貰ってこなかったが、さて連中は何処にいくのやら?」


「わ〜。不能犯ってやつかぁ……」

と、畢智は一人、呆れ果ててしまうのであった。


明白怪奇な百一夜探偵譚【第一夜】終


ここまで、第一夜をお読みいただきありがとう御座いました!

面白い!良かった!と少しでも思っていただけたら、是非、評価ブックマークなどしていただけると嬉しいです。

第ニ夜は、年内に更新できたら良いなぁと思っております。気長にお待ち下さいませ。

書き下ろし短編3話(その内1話は以前に小説家になろうにて掲載していた物の改稿修正版、旧作は現在削除済み)を収録した、個人制作の同人誌を発行しております、気になった方はBOOTH(https://kojizaka.booth.pm/)から6/8以降に随時販売をしていきます、よろしければ、お手にとって頂けたら嬉しいです。

こちらの話は、Xfolio、pixivにも同様に掲載しております。

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