不良スライムと堅物生徒会長
※やや刺激の強い表現が含まれます。ご注意ください。
起床。そこは見慣れぬ天井だった。
眼鏡を装着し、周囲を見回してみる。
すると、正面の扉が がちゃりと開いた。
そこに居るは、タオル1枚のみを羽織った女。
水の滴るその青く透き通った肌からわかる通り、
彼女は正真正銘のスライムである。
彼女は此方をちらりと見て、
吾が目覚めていることに気がつき、
気の抜けた甘ったるい声で話しかけた。
「おはよー。昨日はよく眠れた?」
「…………まあ。」
「そんなフキゲンそーな顔しないでよー。
あんなに昨日の夜 熱く熱く愛し合った仲じゃん。」
「そういう所が気に食わんのだ!」
「おー、怖っ。さてと着替え着替え〜。」
女はそそくさと箪笥を漁る。
朧げだった頭が冴え、昨晩のことを色濃く思い出し始める。
「(…ああ、そうか。)」
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吾は彼女と一晩を共にしたのか。
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果たして何故こんなことになってしまったのか。
吾は昨日の出来事を顧みることにした。
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吾、善理式隆は県立曽礼成高等学校の生徒会長である。
今週は『服装指導ウィーク』ということで、
校門の前に立ち、風紀の乱れが無いかを確認している。
「はいそこ! スカートが3cm短い!」「ウッザ…。」
「そこの君! 第1ボタンを閉じなさい!」「細かっ!」
「イヤホンを付けたまま歩くな死にたいのか!」「ちっ。」
うむ。やりがいのある仕事だ。万事順調である。
だがそんな中、吾の眼前に天敵とも呼べる存在が現れる。
「んはっすー、かいちょー。」
「なんだその間の抜けた挨拶は!」
小室アンナ。吾と同学年同クラス。
吾らが生徒会における逆賊。俗にいう『ギャル』だ。
「そもそも!その格好は何だ。」
「え? カワイイっしょー?」
「否定はせんが、」
「せんのかい。」
「まずそのだらんだらんとした靴下! だらしない!」
「これはルーズソックス!」
「スカートが短い!」
「短くて誰か困んの!?」
「ピアスは校則で禁止だ!」
「これはイヤリングだよ!?!?」
「髪色!」
「もともとだよ!?!?!?」
「あ、そうか。すまない。」
「あ、はい。」
「「・・・・・。」」
「とりあえずもうすぐ始業のベルが鳴る。
遅刻はしたくないだろう。直ちに行け。」
「え、いいの? ラッキー♡」
「昼休み、すぐに生徒会に来るように。」
「ガーン。」
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――昼休み
「でねー、体育館裏にオバケが出たらしくてー。」
「えー? マヂやばーい。」
『オホン。繰り返す。繰り返す。
2年C組 小室アンナさん!
生徒会室でお待ちしております。すぐ来るように!』
「あーた、何やらかしたのよ。」
「……てへっ☆」
「おい。」
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「遅い!」
「ちゃんと来たじゃないですかー。」
「昼休みになったらすぐに来いと言っただろう!?」
「わたしは都合のいいことしか覚えません!」
「何故いけしゃあしゃあとそんなことを!
…まあいい。ここに呼んだ理由は分かっているな?」
「密室に男女2人きり……。はっ!
さてはわたしにあーんなことやこーんなことで
風紀の淫れパーリナイ☆する気なの!? この変態!!!」
「変態は君だ。」
頭を抱える吾を彼女がニマリと笑って覗き込む。
本当に、彼女は悉く吾の心を掻き乱す。
「君は、その服装を直す気はないのか?」
「これっぽっちもないわ!」
「何故。」
「これがわたしだから!」
「ふむ。」
くるりと旋回してアンナがポーズを決める。
「カワイイ!イズ!わたし! オーケー?」
「It's crazy.」
「オー、オー。サシミ イズ オイシー。」
「折檻。」
「アイタタタタタ!腕がぁーーーー!!!」
流れるような腕挫腕固に彼女は絶叫する。
「もう!」
彼女の肉体が液化し、自然な動作で背後に回る。
「い、いつの間に!?」
「そもそもスライムにホネはないんだから、
固め技を決めたところで勝てるわけないじゃない。」
「盲点だった。」
「素直でよろしい。」
形勢逆転。流動的な肉体に拘束され、
見事に彼女に身体の自由を奪われてしまう。
「いーっつも思ってたんだけどさー。
かいちょーって顔はいいよね。性格はあれだけど。」
「だったら…なんだ……。」
「…どうして息が荒いのかな? 運動したから? それとも?」
彼女が耳元でねっとりと囁く。
「興奮、してるの?」
アンナが吾の秘部に手を触れようとする。
吾は途端に恐ろしくなり、一心不乱に暴れて抜け出す。
「あ、逃げちゃった。」
「い、いきなり何をするんだ君は!」
「えー。いいじゃん別にー。」
「お父さんお母さんが悲しむぞ。」
「待ってそれはわたしに効く。」
『キーンコーンカーンコーン』
5限目開始5分前のチャイムが静寂を壊す。
吾はそれに対し密かに安堵していた。
だがアンナは会長席のメモに何か書いたかと思えば、
それを吾に手渡し、またもや耳元で囁いた。
「これ、わたしの住所。今日は両親居ないから。」
「な!? え!? は!?」
「ふふ。じゃあねー、かいちょー♪」
「あ、ちょ、待て、まだ話は………!」
もう遅い。彼女は既に生徒会室を飛び出し、
まるで脱兎の如き速さで走り去っていった。
「何なんだよもう……。」
耳にはまだ、彼女の嬌声の感覚がじんわりと残っていた。
身体は不思議とじんじんと熱くなっていた。
だがその熱もすぐに冷めた。
『キーンコーンカーンコーン』
授業開始のチャイムである。
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「(今日は本当に散散な日であった。)」
布団に倒れ込んだ吾はただ悲嘆していた。
結局、あの後の吾は授業に遅刻するという、
生徒会長あるまじき行いをせねばならなくなってしまった。
それは吾が人生唯一の失態だったと言ってもいい。
甚だ遺憾である。
「おっと、いかんいかん!
こんなことをしている暇は無い!
明日の小テストに向けて勉強をせねば!」
鉢巻を巻き、眼鏡を掛け直し、
気分一新して目の前の机に向かう。
そこからはただの単純作業だ。
問題を解く。丸付けをする。振り返る。
問題を解く。丸付けをする。振り返る。
ただそれの繰り返し。苦ではない。苦ではないはずなのに。
「集中……できん…………!」
アンナの顔が頻りに頭を過る。
その度に身体に異常症状が発生した。
動悸、息切れ、発汗、発熱、そして思考の混濁。
吾は何か重大な病気に罹ってしまったに違いない。
いや、そうでなければならない。そうでないと、
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吾が、小室アンナに欲情していることになる。
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ああ、なんという恥辱。屈辱。生き地獄。
今の吾は下半身の下僕となっていた。
知識だけで経験に乏しい愚かな吾は、
その感情の無くし方をただ一つしか知らなかった。
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吾はある集合住宅の一室の前に立っていた。
もしこれが悪戯だったら、住人に迷惑どころじゃないが、
今の吾はその可能性を考慮できるほど冷静ではなかった。
『ピンポーン』
震える手で呼び鈴を鳴らす。
「へぇ〜。本当に来たんだ〜。」
「・・・!」
アンナが吾を、薄いレースのパジャマ姿で出迎える。
息の荒い吾を見て、アンナは事情を察したのか、
微かに口角を上げて、手招いた。
「いつまで立ってる気? ほら、早く入りなよ。」
「あ、はい。」
吾は彼女に誘われるがままに、
ぽすんと寝室のベッドの上に座らされた。
仄かな彼女の残り香が、私の心を揺さぶった。
そうしてぼんやりと今置かれた状況を受け入れていると、
ばたんと大きな開閉音を立てて、
下着姿のアンナが2Lのスポーツドリンク片手に現れた。
「お待たせ〜。」
「・・・!?!?」
「ああ、これ? 必要でしょ。長時間の運動には。」
どんっ!と音を立ててそれを床に置く。
下の階の方、ごめんなさい。
「さて、始めよっか。」
「・・・。」
「その『何を?』って表情やめて。
純粋ぶっちゃって。本当は分かってるんでしょ?
かいちょーがこれからナニされるのか。
だから、わざわざウチまで来たんだもんね〜?」
ああ、駄目だ。
「もうとっくにバレているんだよ。
君が本当はどーゆー人物なのかってこと。」
このままじゃ堕とされると分かっているのに。
「ね? む・っ・つ・り・ス・ケ・ベ・さん?♡」
ぷつん、と理性の糸が切れる音がした。
そこからの記憶はあまり定かではない。
一つ鮮明なことがあるとすれば、昨晩、
乳飲み子のように彼女の肉体を求めたということだけだ。
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「情けない……本当に………。」
「…ブツブツ言う暇あったら服着たら?」
「幻滅しただろう。昨日の吾を見て。」
「いや。別に。むしろ新たな一面見れて嬉しかったかな。」
「そうか。」
「ひとまず服着て。」
その後、彼らは持ちつ持たれつの関係になるわけだが、
それはまた、別の話………。
診断名:恋の病