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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
第二章 お義兄様を攻略せよ
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街で

 その日、セリーナは母ベリンダに誘われて街に出かけていた。

 帽子屋で注文品を受け取り、ベリンダが懇意にしている宝石店に寄る。欲しいものがあるわけではなく、世間話をしながら、最新の商品を見せてもらったり、お勧めを売り込まれたり。

 こうやって一緒に出かけるのは、母娘の交流でもあり、セリーナの審美眼を鍛えるためでもある。

 今までは自分に似合うものを見つけるのが楽しかったけれど、今日はアリスターに贈るならどんなものがいいか考えるのが楽しかった。

(アリスター様には、オレンジトパーズや琥珀が似合いそうね)

 いろいろ見ていたらアリスターに何か贈り物をしたくなった。

(でも、最初の贈り物が宝飾品でいいのかしら? デビュー前の今はタイピンや懐中時計のチェーンは使わないわよね。贈ったら持ち歩いてほしいわ。それならやっぱり刺繍入りのハンカチかしら?)

 宝石店を出て、刺繍糸を見に行っていいかベリンダに聞こうとしたとき、横から声がかけられた。

「失礼いたします。ラグーン侯爵夫人でいらっしゃいますか?」

 すかさず、ベリンダの侍女とジェマが、声をかけてきた相手と母娘の間に立つ。ふたりの身体越しに相手を見たベリンダが、「あら?」と声を上げた。

「先日の商会の方?」

「はい。サイ商会のサイ()です。ご記憶いただきありがとうございます」

 ベリンダが認めたため、ジェマたちが下がった。それで、セリーナにも相手がきちんと見えた。

(まあ、東国の方だわ!)

 黒髪黒目ですっきりした容貌の、小柄な男性だった。服装も東国風で、詰め襟の長衣を身につけている。

 話している言葉は流暢な共通語だった。

 セリーナはベリンダに、

「お母様、こちらの方は?」

「ほら、先日あなたが馬車で迂回したとき、道で立ち往生していた商会の方よ。あのあとご挨拶にいらしてくださったの」

「ああ、あのときの?」

 それを聞いていたサイが、

「あの馬車に乗っていらしたのはお嬢様だったそうですね。大変申し訳ございませんでした」

 大げさなくらい頭を下げられて、セリーナは驚く。

「いいえ、少し回り道した程度ですから。お気になさらず」

「いいえ、ここでお会いしたのも何かのご縁。わたくしどもの店にお立ち寄りいただけませんか? この近くなのです」

 サイはにこやかな笑顔で、

「東国の工芸品などいかがでしょう。お気に召すものがあれば、お詫びの品としてお納めください」

「まあ、工芸品?」

 ベリンダが興味を示したのを、セリーナは意外に思う。

「あなたのお店は買取もされているの?」

「ええ。お客様からご希望があれば買取もいたします」

 サイの返答を受けて、ベリンダはセリーナにささやく。

「あなた、漆塗りの手鏡を探しているのではなくって?」

「え? お母様、どうしてそれをご存知なのですか?」

 チャーリーから頼まれたルイーズの遺品のことだ。セリーナは誰にも話した記憶がない。

「あら。嫌だわ。私ったらつい気が急いてしまって」

 ベリンダはふふっと微笑んで、セリーナの向こうに目をやった。

 セリーナたちは道で立ち止まったままだった。その道をこちらに歩いてくるのは、アリスターだった。

「アリスター様!」

 思いがけない場所での邂逅に、セリーナは「運命かしら」と心が浮き立ち、身体も浮いた。

「セリーナ、浮いているわ」

 ベリンダに注意されて、セリーナははっとする。つま先はかろうじて地面についていたから、すとんと踵が落ちただけですんだ。

(危ないわ! 街中で浮かんだら大変)

 セリーナはごまかすためにスキップをしてアリスターに駆け寄った。

「アリスター様! ごきげんよう。お約束していないのにお会いできるなんて、うれしいですわ!」

 セリーナは満面の笑みだ。

 アリスターはなぜか顔が赤い。

「君、今……」

「え?」

 すると、アリスターの後ろからチャーリーが現れた。

「やあ、セリーナ嬢」

「お義兄様、ごきげんよう。今いらっしゃったのですか?」

「いや、最初からいたよ」

「まあ、それは気づかずに申し訳ございません」

 セリーナが謝ると、チャーリーは苦笑する。

「君はアリスターしか見えていないのかな?」

「そうかもしれません」

 セリーナは真剣にうなずく。

「そちらの彼は東国人だけれど、どう?」

「どう、とは?」

 セリーナは首をかしげてから、思い出す。

「あ、そうですわ! あの方の商会では東国の工芸品の買取もされているそうなんです。もしかしたら、手鏡があるかもしれません」

 最後は少し小声で伝えると、チャーリーは首を振った。

「サイ商会は既知だから、確認済みだよ。ありがとう」

「まあ、そうでしたか……」

 そこで、ベリンダがやってきた。

「チャーリー様、登場が早いのではありません?」

「申し訳ありません。これでもゆっくり来たのですが……」

「女性の買い物は予定より時間がかかるのが普通ですわよ」

「これは失礼いたしました」

 ベリンダとチャーリーは親しげに話している。

 セリーナはふたりを見比べてから、ベリンダに聞いた。

「お母様はお義兄様とご挨拶済みでしたの?」


 そこはその場で解散となった。

 アリスターがずっと照れた様子のままなのが気になったけれど、セリーナには理由がわからなかったし、彼も話してくれない。

 からかうような笑顔のチャーリーを促して、アリスターは去って行ってしまった。

「お時間があるならお茶でも、と思ったのに」

 セリーナが残念がると、ベリンダが「殿方にはいろいろ事情があるのでしょう」と宥めた。

 帰宅してから、セリーナは母に真相を尋ねた。

「今日のことは、お母様とお義兄様が計画なさったのね? サイ商会で落ち合う予定でしたの?」

「計画はチャーリー様よ。あなたを東国の方に引き合わせたいとおっしゃったわ」

「え? どういうことですか?」

「一目ぼれだって耳にされたチャーリー様は、あなたは東国人なら誰でもいいのでは、と懸念されたのよ」

 ベリンダはひとつため息をつく。

「私も心配していたの。セリーナは『お顔が好き』と言ってアリスター様との婚約を決めたでしょう?」

「それはそうですけれど、誰でもいいわけではありませんわ!」

 セリーナが憤慨すると、ベリンダは「わかっていますよ」と落ち着かせる。

「今日、サイ殿にお会いしてもあなたは浮かなかったものね」

「ええ、当然ですわ」

「それなのにアリスター様をお見かけした途端、ふわっと浮き上がって!」

 ベリンダがくすくすと笑うから、セリーナは言い訳をする。

「仕方ないではありませんか。思いがけずにお会いできたんですもの」

「チャーリー様もご安心されたんじゃないかしら。もちろんアリスター様も」

 アリスターとチャーリーは、セリーナたちがサイに話しかけられたところからずっと見ていたらしい。

「アリスター様に私の思いが伝わったのなら、良かったのかしら……?」

「セリーナはいつも前向きで偉いわね」

 そう言ってベリンダが頭をなてでくれたから、セリーナは溜飲を下げる。

 確かに自分の言動も良くなかったわね、と一応は反省もした。

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