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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
第二章 お義兄様を攻略せよ
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公爵家のゴシップ

「まさか、セリーナが政略で婚約するなんてね」

 煌びやかな調度を誇るクリフ侯爵家のサロンで、この家の令嬢ナディアはため息をつく。

「セリーナのことだから、どこぞの商人に一目ぼれして駆け落ちを計画したところでご両親にバレて、でもいつもの溺愛で結局認められて結婚する、……なんてことになると思っていたのに」

「一目ぼれは当たっているわ」

 魔法の修行がない本日、セリーナは同年の友人であるナディアの家に遊びに来ていた。

 ユーカリプタス王国には、公爵家が三つ、侯爵家は七つある。そのうちセリーナと同年代の令嬢がいる家は、セリーナのラグーン侯爵家とナディアのクリフ侯爵家だけ。小さいころから交流がある幼馴染だった。

 ナディアには手紙で婚約したことや魔法の修行を始めたことは伝えたけれど、簡単な報告だけだった。いろいろなことがありすぎて手紙では詳細が伝えきれなかったのだ。

 ナディアからは『すぐに会いに来なさい』という返事が届いていた。

「アリスター様にとっては政略かもしれないけれど、私にとっては恋愛なのよ。最終的には愛し合う夫婦を目指しているわ」

 セリーナがそう意気込むと、ナディアは目を瞠る。

「あなた、恋愛に興味があったの? 王妃様の茶会でも誰にも見向きしなかったのに」

「それがね。聞いてくれるかしら? 私、東国風なお顔立ちが好みだったみたいなの」

「まあ……」

 ナディアは少し考えるようにして、

「ということは、アリスター様は東国風なの? ハツカ国の王女様だったお母様に似てらっしゃるのね」

「そうなの。黒髪黒目で、すっきりとしたお顔でね! とにかく素敵なのよ」

 思い出したら椅子から浮きそうになって、セリーナは慌てて自重した。

 グレタから、浮遊体質の件はあまり広めないように言われていた。いずれはナディアにも話すつもりだけれど、せめて浮遊魔法を会得してからにしたい。

「アリスター様って、お茶会にはいらしていないわよね? セリーナはお見合いより前にお会いしたことがある?」

「そういえばないわ」

 ユーカリプタス王国では、社交デビュー前の貴族の子女は茶会に参加して顔見せを行う。その中でも、さきほどナディアが言及した王妃の茶会は、王太子と同年代の子女を対象として定期的に開かれていた。王都暮らしであれば、一度くらいは参加していておかしくない。

 ちなみにこの国の王太子は、セリーナたちのひとつ年上だ。

 国内の王太子と年が近い貴族令嬢の中で、一番高位なのがセリーナとナディアだった。今年の始めにナディアが王太子の婚約者に選ばれたから、セリーナの縁談は今の時期になったのだと思う。――セリーナは一人娘だったためラグーン侯爵家は王太子妃候補に後ろ向きだったけれど、クリフ侯爵家は前のめりだった。ナディア自身は、政略結婚も貴族の義務と考えていて、王太子に嫌悪感はないからと受け入れていた。

 セリーナはフォレスト公爵家に意識を戻す。

「フォレスト公爵家は奥様が亡くなられているから、お茶会には参加しづらいのではないかしら?」

 祖母や叔母など、世話を焼いてくれそうな親族の女性もいなそうだった。

 そもそも、フォレスト公爵の父が先王の弟だから、公爵は現王と従兄弟の関係だ。わざわざ王妃の茶会に参加しなくても、アリスターが王太子と面識を持つことは難しくない。

「そうよね……」

 ナディアは賛同しつつも歯切れが悪い。

「ねえ、ナディア。何か知っているなら教えてくれない?」

 セリーナがそう頼むと、ナディアは「上の世代では知られていることだから」と教えてくれた。

「フォレスト公爵は最初の奥様とは五年で死別なさったの。そのあと、ハツカ国の王女様に見初められて、――貿易協定や友好関係維持なんかの政治的な意味合いもあったと思うけれど――、王女様の強い希望で公爵は再婚なさったの。その王女様も結婚から五年後には亡くなったのよ」

「まあ……」

 不幸な偶然は重なるものだ。

「ハツカ国との関係は悪くなることはなかったけれど、公爵は国外向けの仕事は控えるようになさったみたい。アリスター様が王女様に似てらっしゃるなら、お茶会に参加していないのはハツカ国への配慮もあったのかもしれないわ」

「そうなのね……」

 それから、ナディアはさらに声を潜めると、

「公爵の奥様はお二人ともご病気だったけれど、社交界では公爵家に嫁ぐと呪われるなんて噂も流れたらしいわ。領地の森にある祠がどうとか、もっともらしい怪談付きでね」

「あ、もしかして……」

 公爵家の嫡男チャーリーに婚約者がいないのはそのせいもあるのかもしれない。

 セリーナの反応から察したのか、ナディアは、

「バンク伯爵家のことは知っているの?」

「ええ」

「そう。その五年前のバンク伯爵家は自業自得だけれど、バンク家の令嬢が公爵令息と婚約していたから、その噂が再燃したのは確かね」

 ナディアは「呪いなんてばかばかしいわ」と肩をすくめた。

「私、全然知らなかったわ」

「そりゃあ、箱入りのあなたの耳に入る範囲にそんな噂をする愚か者はいないわよ」

 セリーナの両親は噂を知っているだろう。

 アリスターも知っているのだろうか。

「どうしたの? 怖くなったの?」

 黙ったセリーナの顔をナディアが覗き込む。心配ではなくからかう表情だ。

「いいえ、まさか! 私は公爵家に嫁ぐわけではないし、それに呪いなんてでたらめでしょう? それより、アリスター様がこのことを知っていたらどう思うかしら、と思ったのよ」

 きっと傷つくだろう。

 アリスターだけでなく、実母や義母を亡くしたチャーリーや、連続で妻を亡くしたフォレスト公爵当人も。

(大切な家族を亡くした人たちのことを噂の種にするなんて……)

「私とアリスター様が結婚して、幸せな家庭を築いて、末永く一緒にいたら、そんな噂も吹き飛ぶわ! これはもう、絶対に幸せにならないとダメね!」

 セリーナはぎゅっと拳を握る。

 ナディアは「あなたなら噂だけじゃなくて、呪いも吹き飛ばしそうよね」と苦笑した。


 クリフ侯爵家からの帰り道。

 貴族街の一角で馬車が速度を落として止まった。窓の外を確認するが、まだ自宅ではない。

「どうしたのかしら?」

 同乗しているメイドのジェマと、セリーナは顔を見合わせる。

「お嬢様、申し訳ございません。前方で立往生している馬車がありまして……」

 外から御者の声が聞こえた。

「事故なの? 怪我人はいない?」

「積み荷が崩れただけのようです。東国の商人の馬車でしょうか」

「東国の?」

 御者の言葉に興味が湧いたセリーナだったけれど、「お嬢様、いけませんよ」とジェマにたしなめられた。止められなくても外に出るつもりはない。貴族街では聞いたことがないが、街道などでは道をふさいで犯行に及ぶ強盗もいると、セリーナは教えられていた。

「ああ、こちらにひとりやってきます」

「気を付けて」

 すぐにジェマが窓のカーテンを引き、自身の身体でふさぐようにドアの前で身構えた。

 御者は護衛も兼ねているから大丈夫だと思うが心配だ。

 セリーナはじっと息を殺して、外の様子をうかがった。特に大きな声は聞こえない。

 ほんの数分。

「謝罪だけでした。問題ありません」

 御者の言葉に、ほっと息が漏れる。

「片付けに時間がかかるそうなので迂回します」

「わかりました。よろしくお願いね」

 馬車がゆっくりと脇道に曲がるのがわかる。

「お嬢様。誘導の可能性もありますから、このまま警戒を」

 ジェマの硬い声に、セリーナはうなずいた。

 ――そんな警戒も杞憂に終わり、馬車は無事に侯爵邸に着いた。

 数日後、その東国の商人から謝罪の手紙が届いた。セリーナは事後に話を聞いただけで対応したのは母だったため、そのときはセリーナが商人に会うことはなかった。



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