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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
第二章 お義兄様を攻略せよ
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アリスターとの交流

 セリーナが水を思い浮かべて魔力を込めると、手のひらに水が沸いて出た。

「わぁ! 水ですわ! やっと出せました!」

 セリーナは歓声をあげる。

 自分の中の魔力を感じることから始めて、二週間でどうにか魔法を発動させることに成功した。

「ここまで二週間なら、まあまあ筋がいいと思うわ」

 グレタが褒めてくれる。

「本当ですか、お師匠様!」

 弟子になったため、グレタのことは師匠と呼ぶように言われた。

「お師匠様が貸してくださった魔法の理論書、あれを読んだら魔力の効果的な使い方がわかるようになったんです」

「えっ、あの本もう読んだの? どこまで読んだ?」

「最後までですよ。あ、でももうしばらくお借りしていてよろしいでしょうか? できれば書き写して手元に置いておきたいのですが」

「もちろんいいわよ。延長も写本も好きにしてちょうだい」

 グレタは快く許可してくれてから、セリーナを見つめる。

「あなた、もしかして勉強得意なの?」

「高位貴族ですから、家庭教師から一通り教わっていますわ」

 王立学園入学に必要な勉強は終わっている。得意でも好きでもないが、魔法の修行はアリスターとの婚約のためでもあるので特に身が入る。

 グレタは目を瞠って、

「ごめんなさいね。ほら、顔が好きとかおかしなことばかり言うから、勉強ができないお嬢さんだとばかり思ってたわ。あなたのご両親も甘々だったし。まさか『魔法理論概論』を理解できると思わなかったのよ。意外だわぁ」

「お師匠様、かわいい弟子に向かって失礼ですわよ」

 グレタはセリーナの抗議を無視して、「それだけ理解力があるなら、もう少し修行のスピードを上げるわよ!」と、次の課題を出した。

 ここユーカリプタス王国の魔法使いは百人ほど。そのうちの魔力の高い二十人が魔塔に所属していた。さらにその中でも力が強い五人が、主席から第五席までの役職付きとなる。

 グレタは次席だから、上から二番目だ。

(そんな方に師事できるなんて、貴重な機会よね)

 グレタ曰く、

「力が強いってのは、魔力が高いとか、難しい魔法が使えるとかだけじゃなくて、国や貴族と交渉する胆力とか、魔法使いをまとめる指導力とか、そういうのも含めてよ?」

 とのこと。セリーナが「お師匠様、すごいですね!」と称えると、グレタは「実際のとこ、誰もやりたがらないから押し付け合いなんだけどね」とため息をついた。

 セリーナは魔塔の庭で訓練を受けているけれど、他の魔法使いには全く会わない。主席の魔法使いにも挨拶できていなかった。

「人見知りか、他人に興味がないか、そんなのばっかりだからね。何人か塔の窓から見てるやつがいるから、そのうち話しかけてくるんじゃない?」

「そのうち、ですか?」

「新しい魔法使いは三年ぶりだし、ほら、あなたは浮遊体質だからね。珍しいもの好きも多いから、あなたの体質が知れたら囲まれるかもね」

 グレタがにんまりと笑う。

「ええっ! もしかして、実験台でしょうか? 嫌ですわ!」

「あはは。魔塔では浮かばないようにしなさいよ」

 グレタの大笑いが庭に響いたのだった。


「今日は初めて魔法が使えたんですよ。見ていてくださいね」

「あ、水」

 セリーナは手のひらに水を出して、アリスターに見せる。彼が目を輝かせるのがうれしくて、つい水を出し続けてしまうと、手のひらから溢れた。念のためスープ皿を用意してもらって良かった。

「え? 止まらないの?」

 ポタポタと皿に落ちる水を見て慌てたアリスターに、セリーナは「大丈夫です。止められますわ」と笑顔を返す。

(最近のアリスター様は表情豊かだわ)

 顔合わせのときのアリスターは、聞かれたことに答えるだけ、終始静かに微笑んでいた。

 あれは外向けの態度なんだと思っていたけれど、家の中でもそうだったようで、アリスターがいないところで元乳母だという侍女のモース夫人から大変感謝された。

「婚約が決まったときにアリスター様が大きな声を出されたとうかがって、驚いたんです。そんなことはもう五年ほどなかったので……。私にも本心を見せてくださらなくなってしまって……。それがセリーナ様の前ではあんなに楽しそうになさって!」

「楽しそうに見える?」

「ええ! ええ! 本当です。セリーナ様がいらっしゃる日は少しそわそわされていますもの」

「まあ! だったらうれしいわ」

 魔塔とラグーン侯爵家の間にフォレスト公爵家があるから、セリーナは修行の日は魔塔帰りに毎回アリスターに会いに来ている。

 アリスターの実母が亡くなって以来、フォレスト公爵家は男所帯。商談や会合はあっても、女性が同席する茶会や晩餐会は開かれていなかった。「久しぶりに腕が鳴ります」と、メイドから庭師、料理人まで、セリーナを歓迎してくれている。

 私はこちらに嫁ぐわけではないのだけど、とセリーナは困惑しつつ、受け入れてもらえてほっとしている。

(そういえば、チャーリー様はご結婚されていないのよね……。婚約者もいないのかしら?)

 アリスターの異母兄チャーリーは二十四歳。子どもがいてもおかしくない年齢だ。

 チャーリーとは一度会ったきりだ。

(『また今度』とおっしゃっていたけれど……)

 次期公爵としての執務の他、政府の役職にも就いているため、忙しいようだ。

 魔法で出した水をスープ皿に流して手を拭いてから、――ちょっと間抜けなので早く風魔法を覚えてかっこよく水を飛ばしたいとセリーナは思っている――、新しく淹れてもらった紅茶を一口。

「そういえば、チャーリー様はご結婚されてらっしゃらないですけれど、婚約者はいらっしゃるのですか?」

 セリーナが気になっていたことを尋ねると、アリスターは眉をひそめた。

「兄上のことを聞いてどうするの?」

「婚約者がいらっしゃるならご挨拶したいと思っただけですが……。チャーリー様のお相手でしたら、いずれは義理の姉になりますもの」

「ああ、そう……」

 視線を逸らしたアリスターが少し照れているようで、セリーナはときめく。すると、椅子から指一つ分くらい浮いた。まだ足は地面についている。

 婚約のあとから、セリーナはアリスターの前では心の赴くままに浮かぶことにしている。そのおかげで、どの程度のときめきでどのくらい浮くのか、少しわかってきた。

(このくらいの浮遊はもう慣れたものね)

 全属性の基礎魔法を習ったら、浮遊魔法の特訓をする予定だ。そうしたらもう少し高く浮いてしまっても大丈夫になるはず。――これでもまだセリーナは自制しているのだ。

(浮遊魔法を覚えたら、アリスター様とやりたいことがいっぱいあるのよ。ふたりきりでお出かけしたり、手をつないだり、食べさせ合いっこしたり。それから、膝枕とか、ハグとかキスとかっ! きゃあ! どうしましょう!)

 想像だけで浮いてきてしまう。

 セリーナの両親は恋愛結婚で今でも仲がいいため、恋人や夫婦の見本には事欠かなかった。

 アリスターはセリーナが少し浮いているのを見て、口元に手をやって、ごまかすように咳払いをした。

「それで! 兄上の婚約者だっけ?」

「ええ、はい」

「兄上は五年前に婚約破棄してから、婚約者はいないよ」

 不穏な返答に、ふわふわした気持ちが一気に冷え、セリーナはすとんと椅子に落ちる。

「婚約破棄ですか? お相手やそのおうちに何か問題があったのでしょうか?」

「そう。バンク伯爵家って言えばわかる?」

「バンク伯爵家ですか……? 五年前に侯爵から伯爵に降爵された家ですよね? 領地の徴税で不正があったんでしたっけ?」

 バンク家は一応伯爵家だけれど、領地も半分以上没収された上、罰金も課せられたため、困窮しているようだ。

 セリーナは五年前の当時は知らなかったが、今年になって家庭教師から国内情勢の授業で習った。

「不正をしていた家とは縁組できないですわよね。婚約破棄も理解できます」

「そうだね……」

 歯切れが悪い口調で返され、セリーナは首をかしげたけれど、アリスターはそれには触れずに、

「兄上は婚約破棄後、慎重になっているんだ」

「確かにそうなりますわね。でも、同年代の令嬢はみんなご結婚されていません?」

 このユーカリプタス王国の貴族は、十五歳から十八歳まで王立学園に通う。十八歳が成人なので、女性は卒業後から二十歳くらいまでに結婚することが多い。結婚しなくても学園に通う間に婚約が決まる人がほとんどだ。二十歳すぎで、結婚も婚約もしていない令嬢は本当に少ない。

「まあ、チャーリー様でしたら、多少年の差があっても嫁ぎたい方はたくさんいらっしゃると思いますけれど」

 フォレスト公爵も美男で有名で、よく似ているチャーリーも同じく。セリーナの家庭教師はチャーリーと同世代の下級貴族令嬢で、「それは国内情勢ではなく社交界ゴシップではないの?」と言いたくなるような、学園時代の恋愛騒動を教えてくれた。――誰にも興味がないチャーリーをそっちのけに、令嬢たちがバチバチ火花を飛ばしていた話だ。

(あら? そうしたら卒業後にバンク家のご令嬢とご婚約されて、一年かそこらで破棄になったのね)

 婚約期間が短期間だったから今は忘れ去られているのかも。それに、もしかしてフォレスト公爵家が縁組のために詳細に調査した結果、不正が発覚したってことかしら。――などと勝手な想像を巡らせていたセリーナに、アリスターが小声で、「君も?」と聞く。

「はい? なんておっしゃいました?」

「君も、兄上なら年の差があっても嫁ぎたいの?」

「いいえ! 私が結婚したいのはアリスター様だけです!」

 セリーナは即答で断言する。

「そう。それならいいけど」

 アリスターはほっと息をついた。照れ隠しは何度も見たけれど、わかりやすく安心した表情を見せるのは珍しい。

 セリーナは少し心配になって、

「わかっていて聞いてらっしゃるなら何度でも繰り返しますし、まだ伝わっていないのでしたら何度でもお伝えしますわ。私はアリスター様が好きですよ」

「それは何度も聞いたから! もっと慎みを持ってってそのたびに言っているでしょ」

 呆れたような疲れたようなため息はいつも通りで、セリーナは安心する。

 そこで、お茶をしていたサロンにモース夫人が入ってきた。

「アリスター様。チャーリー様がご帰宅されて、今日は旦那様もお屋敷にいらっしゃるので、セリーナ様もご一緒に晩餐をどうか、と」

「晩餐……? 僕は……」

 と、アリスターはセリーナを見た。セリーナは目をきらきらさせて、両手を組んでアリスターを見つめる。

「聞くまでもないけど、君は参加したいの?」

「はい、ぜひ!」

「わかった。僕たちも参加するよ」

 セリーナが参加しないなら、アリスターも参加しないような口ぶりだ。

(そういえば、婚約でもめたときに、家族から厄介者だと思われているとおっしゃっていたような……?)

 あのときはそれどころではなく聞き流してしまっていたけれど、仲が良くないのだろうか。

 晩餐前に化粧直しに立ったとき、セリーナはラグーン侯爵家から一緒に来ているメイドのジェマ・プレーリーに聞いてみた。――ジェマは十九歳とまだ若手だけれど、暴走しがちなセリーナを止められるメイドとして、セリーナ専属になっている。

「ねえ、ジェマ。フォレスト公爵家のご家族の仲って、何か聞いていないかしら?」

「いくらなんでも、主家のそのようなお話を他家のメイドの耳に入れる使用人は、公爵家にはいらっしゃいませんよ」

 ジェマは振り返ったセリーナの頭を鏡に向け直し、髪を梳きながら声をひそめる。

「ただ、ご家族そろっての晩餐は三年ぶりらしくて、皆様張り切ってらっしゃいましたわ」

「えっ! 三年ぶり?」

 驚いて振り返ったセリーナは、「お嬢様、前を向いていてくださいませ」とジェマに怒られたのだった。

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