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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
第五章 東方諸国を味方にせよ

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コウダイの決断

「ごめん、ちょっと取り乱した」

 セリーナがかわいくて、と言って顔を赤くするアリスターに、

「アリスター様のほうがかわいいです!」

 と、セリーナがまた少し浮くといったこともありつつ、ふたりは地上に降りた。

 悪漢はキャシーの土魔法で、巨大な土の玉から手足頭が突き出た状態で転がっていた。起き上がりたいのか身体を揺らしているが、無駄に頭を地面にぶつけるだけになっているようだ。

「リリアンとケント様に警備員を呼びに行ってもらっているわ」

 ナディアとキャシーは悪漢から離れたところで待っていた。

「ナディア嬢には護衛がついていないんだ?」

「ええ。お断りしたんですけれど、次は断れないかもしれないですわね。……キャシーがA組に上がってくれたら……」

 憂い顔のナディアから目を向けられたキャシーが首と両手を振る。

「えっ! 無理です、絶対無理です。B組でギリギリですよ」

「キャシー様、がんばってくださいませ」

「え、何ですか、セリーナ様。私は今年も夏季休暇返上でお勉強ですか?」

 そんな話をしていたところに、駆け込んできたのはコウダイだった。

「ここか! 無事か?」

 コウダイは東国人の男をひとり連れている。

「アリスターも襲われたと聞いたんだが……」

 転がっている悪漢たちを目にとめて、コウダイは首をかしげる。

「あれは魔法か?」

「ええ。殿下はどうしてこちらに?」

 ナディアが魔法の話題を軽く流して、逆に聞き返す。

「俺も襲われたんだ」

 自然とコウダイが連れてきた東国人に目が行くと、コウダイは「こいつは俺の部下のダンだ」と説明する。

「ダンと申します。私は悪漢を追って学園内に入りました」

「追って? 倒すのではなく?」

 アリスターが聞くと、ダンは首を振った。

「殿下のほうが私よりお強いので」

「はあ……?」

「賊は殿下が倒しました」

 ダンの言葉をコウダイが「ああ」と肯定する。

「黒服の西国人がふたりだったな。あそこで転がっているやつらと同じだ。――俺は女子生徒に裏庭に呼び出されたんだ。おもしろそうだからついて行ってみたら賊が現れた」

「女子生徒? ジョアンナ・プラトーですか」

「そう言っていたが本人かは知らん。俺は接点がない」

 コウダイはダンに「何か知っているか」と聞いた。

「確かに、ジョアンナ・プラトーです」

(どうして、コウダイ殿下の部下がジョアンナ様をご存じなのかしら?)

 セリーナが疑問に思ったことはアリスターも気になったらしく、

「どうして知っているんだ?」

 聞かれたダンはコウダイを見る。彼がうなずいたのを確認してから、口を開いた。

「フォレスト公爵家が潰した家なので調べました」

「我が家の何を調べているんだ? 何のために?」

「殿下の興味を引けるので」

「は?」

 胡乱な表情のアリスターにコウダイが笑う。

「ははは、すまん。俺がおもしろがったからだ。ダンは西方諸国の情報――事件や醜聞や噂話を集めてくれている」

「はあ……? よくわかりませんが、もういいです。……それで? ジョアンナ・プラトーは?」

「賊と一緒に縛って転がしてきた」

 コウダイは平然とそう言ったが、セリーナは大丈夫かしらと気にかかる。ジョアンナは人形のような綺麗な令嬢というイメージがあるせいだ。

 ナディアを見ると彼女も心配そうにしていた。

「僕は襲われたときに『黒髪だからこいつだ』と言われたんですが、標的はコウダイ殿下だったんじゃありませんか? 心当たりがありますよね?」

「あー、すまんな。お前はとばっちりだ」

 コウダイはそう認めると、ダンを振り返る。

「第一、第二、どっちだ?」

「両陣営ともユーカリプタス王国に伝手はありません。おそらくは大陸中央のどこかの国を経由しての依頼だと思いますが、まだ辿りきれていません。申し訳ございません」

 カイ帝国で第一皇子と第二皇子の次代争いがあるのは、セリーナも聞いた。

 コウダイは皮肉げに嗤う。

「ご苦労なことだな。こんな遠くまで追いかけてきて。そうまでして皇帝になりたいのか」

 馬鹿にするような態度にセリーナはいらいらする。

「人を襲うのはどうかと思いますけれど、コウダイ殿下だって褒められた態度ではないと思いますわ」

「へえ? どういうところが?」

 セリーナの発言にコウダイがにやりと笑う。

 ナディアはセリーナを止めようとしたけれど、アリスターはセリーナの背中を押してくれた。

「我が国に迷惑をかけている自覚がおありですか? アリスター様は殿下と間違われて襲われたのですよ? それだけでも大問題です」

 今度はアリスターが止めようとしたけれど、ナディアが苦笑してアリスターに首を振る。

 そんな背後の様子は知らず、セリーナは続けた。

「逃げるのは悪くないですわ。それなら、正式に亡命を発表なされば、こちらだって手の打ちようがありますのよ? お忍びになさるからこういうことになるのです。――先ほどおっしゃったことを逆にしますけれど、コウダイ殿下はこんなに遠くまでいらして、そこまでして皇帝になりたくないのでしたら、どうして次代争いから降りなかったのですか? 継承権を返上したり、臣下や他国に婿に出たりなど、何かしらありますわよね。そうされないということは、殿下は上のおふたりが共倒れになるのを狙ってらっしゃるのですか? お聞きした限り、殿下は情報戦に強くていらっしゃるようですし、ひとりでふたりの悪漢を相手にする力もあるのでしょう? 正々堂々と戦っても良いのではありません?」

「いや、俺は……」

 コウダイは驚いたようで目を見開く。

「中立派には第三皇子派が混ざっております。殿下が立ち上がれば集う者も多いでしょう。それに、第一第二の陣営の者からこちらに寝返らせるネタも握っております。我々は殿下の号令があればいつでも始められます」

 ダンがコウダイの足元に跪いた。

 コウダイは呆然と彼を見て、また「俺は……」とつぶやいた。

「皇帝を目指すわけでも、次代争いから降りるわけでもないのですか。中途半端ですわね。……おもしろ好きは結構ですけれど、コウダイ殿下は人の努力や真面目な態度を笑われるでしょう? それが私は許せません」

 人を襲うのは努力とは言えませんけれど、とセリーナは断ってから、

「コウダイ殿下も一度くらいは必死に努力してみたらいいと思いますわ」

 そこで、セリーナは両手をぐっと握った。

「私は、カイ帝国の内情もコウダイ殿下のお立場もほとんど存じ上げませんけれど、帝国の平和は願っておりますわ。帝国の属国には、アリスター様の伯父様伯母様が大勢いらっしゃいます。私、アリスター様といつかご挨拶にうかがいましょうってお約束しているのです!」

「え、そこ……?」

 ナディアの呆れた声が後ろから聞こえたけれど、セリーナは気にしない。

「コウダイ殿下が次代を狙うのが一番早く収束しそうに思えるのですけれど、いかがでしょうか?」

「ラグーン侯爵令嬢、僭越ながら私もそう思います!」

 ダンも同意してくれた。

 アリスターもナディアもコウダイを見つめる。

 コウダイは周りをゆっくりと見回し、最後にダンの熱い視線を受け止めた。

 それから頭を抱えるようにして、髪をぐしゃりとかき乱す。

「一生に一度くらいは必死に努力してみろ、か……。確かにな。誰にも遠慮せずに全力を出して何かを成し遂げることができたら、すっきりするだろう。だがなぁ……」

 彼は愚痴るようにつぶやくと、「はあぁぁ……」と大きなため息をついてから顔を上げた。

「俺は、皇帝って柄じゃない。……正直に言うと、面倒くさい。今さらやりたくない。おもしろそうだとは全く思えん」

 コウダイは堂々と宣言した。

「それでは、第一皇子と第二皇子、どちらがふさわしいと思われますか?」

 アリスターがそう尋ねた。

 コウダイは眉間にしわを寄せて考え始める。

「今回の襲撃がどちらかにもよるが……、うーん……」

「どちらもふさわしくないなら、コウダイ殿下が操りやすいと思うほうでもいいですよ?」

「お前、それ……」

 アリスターの言葉に呆れた顔をしたコウダイは、

「操りやすいというなら第一皇子のほうだろう。……だから、俺が推すなら第二皇子だな。俺の話を聞く耳も持っている」

「わかりました。――では、紹介状を書きますので、属国の伯父伯母を尋ねてください。僕から先に手紙を書いておきますので、力になってくださるかもしれませんよ。コウダイ殿下が必死に説得すれば、ですが」

「なんだと?」

「属国の後ろ盾も得られれば、第二皇子の未来も明るいでしょうね」

 アリスターはそう言ってから、付け加える。

「あ、四年以内に平定してください。新婚旅行で東方を回る予定ですから」

「は? 四年?」

 コウダイは唖然とした顔だ。

 一方、セリーナはアリスターに、「新婚旅行ですか! 楽しみですわ!」と顔を輝かせた。


「ジョアンナ様からお手紙が届いたのですよ」

「ジョアンナってプラトー家の?」

 ラグーン侯爵家のサロンで、セリーナはアリスターに手紙を見せる。

 襲撃から半年ほど経った休日だ。今日もいつも通り、ソファに隣同士で寄り添って座り、ふたりだけのお茶会だった。

 コウダイへの襲撃は、カイ帝国の皇帝の指示が原因だった。コウダイの出奔に慌てた皇帝がいつもと違うルートで指示をした結果、「安全に連れ戻せ」が「生死を問わず連れてこい」に変わり、この国の犯罪組織に依頼された。――わざと命令が曲解されるように仕向けた人たちがいたようだけれど。

 皇帝とその側近だけはコウダイの有能さに気づいていたらしく、第一と第二のどちらの兄皇子が帝位についたとしてもコウダイに補佐してほしいと思っていたようだ。

 行き違いに気づいた皇帝が正規ルートで依頼し直し、駐在大使がコウダイを迎えに行くことになった。それに先だって大使が王宮に赴いてウォーレンと話をしていたところに、学園から緊急の連絡があって外務部では大変混乱したらしい。

 セリーナとアリスターは当事者として、真相を聞いていた。

(行き違い、勘違いばっかりだったのよね)

 犯罪組織は「学園にいる東国からの留学生を狙え」と依頼され、カイ帝国第三皇子の顔も、留学生コーディの素性も知らなかった。アリスターの顔も知らなかった組織は、学園の下位クラスの生徒の勘違いをさらに勘違いして留学生がふたりいると思って、どちらも襲うことにしたそうだ。

(少し調べればすぐにわかるのに……。だから失敗したとも言えるから、間抜けな組織で良かったってのも確かなのよね)

 依頼を受けた犯罪組織はプラトー家と繋がりがあった。かつてはプラトー家が悪事を依頼し、没落後はまだ明らかになっていない余罪をネタに組織が恐喝、というどちらもどちらな間柄だった。そこで、組織は学園に通うジョアンナに目を付けたらしい。

 悪漢を手引きするように、と両親からジョアンナは命令された。

「対象は一年A組と三年A組の黒髪の生徒ふたりだ」

 犯罪組織の指示通りに伝えた両親。ジョアンナは一年の生徒はアリスターで、三年の生徒は留学生コーディだと知っていたけれど、特に確認することなく、そのまま引き受けたそうだ。

 それで、裏口の警備員を眠らせるために、組織からもらった睡眠薬の煙玉を仕掛けたうえで、アリスターには手紙を渡してくれと頼んで特別教室棟から出てくるタイミングが他の生徒とずれるようにし、コウダイは自分で人気のないところに呼び出して、隙を作った。

(本当にお人形みたいな方だったのよね。言いなりで……)

 実家が没落したあともジョアンナが学園に通い続けたのは、平民でもいいから金持ちを篭絡して結婚しろ、と両親が厳命したからだという。

 この襲撃事件をきっかけに、犯罪組織が摘発され、プラトー家の余罪も明らかになった。当主夫妻と長男次男は長期の労役刑に処された。

 帝国からの打診もあって、襲撃事件は秘されることになった。そのため、ジョアンナは公的には罪に問われなかった。

「彼女、カイ帝国に行ったんだっけ?」

 そう尋ねたアリスターにセリーナはうなずく。

 ジョアンナを見て、おもしろいと言ったコウダイが帝国に勧誘したのだ。

 王太子妃を目指して最高の教育を与えられていたジョアンナは、帝国の言葉も問題なく扱えた。

「僕には、彼女の何がおもしろいのかさっぱりわからないけど」

 ずっと表情を変えなかったジョアンナが、おもしろいと連呼するコウダイに一瞬だけ不可解なものを見るように眉を上げたのが、印象的だった。

 ユーカリプタス王国に残っても行き場のなかったジョアンナは、結局、帝国に帰るコウダイに着いて行った。

 帝国で過ごして自分の意思を通せるようになればいい、とセリーナもナディアと話していたから、手紙が届いたのはうれしかった。

「手紙からすると、楽しそうにやっているみたいですわ」

「へぇ、そうなんだ」

 アリスターは興味がなさそうに生返事をした。

「こっちはハツカ国の国王陛下からだよ」

 今度はアリスターが手元に置いてあった手紙を見せてくれる。

 コウダイは属国を回って、アリスターの伯父伯母から第二皇子への後援を取り付けたそうだ。

「ハツカ国にもコウダイ殿下は行ったみたいだね」

「まあ! ではハツカ国も第二皇子殿下を支持されるのですか?」

「明言するつもりはないみたいだけれど、周りが察するように仕向ける、だって」

 東方諸国でカイ帝国に攻め落とされなかったハツカ国は特別な立ち位置だった。

「心強いですわね」

 セリーナが微笑むとアリスターもうなずいた。

「新婚旅行には間に合いそうで良かったよ」

「ふふふ」

 アリスターがセリーナとの未来を考えてくれるのが、セリーナは何よりうれしい。

 セリーナが笑顔を向けるとアリスターはすっと身を乗り出して、セリーナに軽く口づけた。

 セリーナはきゅんっと一瞬浮き上がる。

「また浮いた」

「不意打ちは卑怯ですわ!」

 アリスターは「ごめん」と謝りながら、目を細める。

 最近、柔らかい表情を向けてくれるようになって、それがまた、セリーナのときめきを誘う。

「素敵……。アリスター様、好きです……」

 うっとりと両手を組んだセリーナはじわりと再び浮き上がるのだった。

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