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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
第五章 東方諸国を味方にせよ

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狙われたアリスター

 セリーナが浮遊体質の逆作用を起こした翌日。

 昼休み直前の授業は、二年生の女子合同の社交の授業だった。

 学年合同の授業になると、クラスの違うキャシーとリリアンも集まる。

 授業が始まる前、セリーナの顔を見たキャシーとリリアンは、前日の昼休みの終わりとの違いにぽかんとした。

 朝からセリーナを見ているナディアが苦笑する。

「昨日の悲壮感は何なのよ、って思うわよね?」

 アリスターと仲直りしたうえに、額だけれどキスもしてもらったセリーナは大変機嫌がいい。

(昨日はおでこだったけれど、次は唇にしてくれるって約束してもらったもの! きゃあ! どうしましょう!)

 セリーナは両手を頬に当てて、

「放課後に個室でお茶会をするのですが、キャシー様とリリアン様のご予定は?」

「参加します!」

「ええ、私も参加させてくださいませ。セリーナ様、何かいいことがあったんでしょう?」

「うふふ、わかります?」

「誰でもわかるわよ……」

 ナディアが呆れた声でため息をついた。

 さすがに教室で詳細は話せなかったので、ナディアには仲直りしたことしか伝えられていない。魔法のことも含めて、個室で報告するつもりだった。

 そのときにリリアンにもセリーナが魔法使いだと話すことにした。

 まだ教師は来ない。お茶会会場のような丸テーブルが並んだ広い教室で、生徒たちはそれぞれ集まって立ち話をしている。

 二年前期の社交の授業は「きまずい雰囲気になってしまった場をどう乗り切るか」がテーマで、今日は「某子爵家の次男の嫁になりきって仲の悪い姑と兄嫁を仲裁する」らしい。――毎回、教師の実体験が反映されていそうでちょっと反応に困るが、演劇のようでおもしろかった。

(次男の嫁ですって! ふふ、私もある意味そうよね)

 頭の中がアリスターに戻ったところで、セリーナはふと思い出して、キャシーとリリアンに向き直る。

「そういえば、アリスター様が留学生だと思われていると聞いたのですけれど、B組ではどうなのかしら?」

 ふたりは顔を見合わせてから、首を振った。

「B組はセリーナ様と面識のある方が多いので、ほとんどの方がセリーナ様の婚約者様としてアリスター様をご存じです」

「でも、C組や他学年には、アリスター様がフォレスト公爵家の令息だとご存じない方もいらっしゃいますわ」

 情報通のリリアンは続ける。

「アリスター様は王妃様のお茶会にも一度しかご参加されておりませんでしょう? その一回も、殿下が学園入学後で、ナディア様が婚約者に決まったあと。――今さら参加しても……と参加を控えた家も多かったのです。だから、下位貴族ではアリスター様のお顔を拝見したことがない場合がほとんどなんです」

 私も入学してご紹介いただいたときが初めてです、とリリアンは言った。

「確かにそうよね。……フォレスト公爵家は夫人のご不在が長かったから、社交は行っていなかったでしょ。セリーナがいなかったら、私も面識がないままだったかもしれないわ」

 ナディアもうなずく。

(アリスター様はほとんど屋敷から出ない生活だったみたいだから……)

 言葉には出せないが、セリーナも心当たりがある。

「その上で、東国からの留学生がいる、A組らしい、と中途半端に情報が流れていて……。アリスター様を知らない方が一年A組をのぞいて早合点するようです」

「アリスター様と比べてというわけではないですが、コーディ様も留学生というには堂々としていらっしゃるので……」

 キャシーが言いにくそうに付け足した。

 セリーナは納得する。

 昨日の昼に会ったときも、コーディが男子生徒三人を引き連れていたように見えた。

(さすが帝国の皇子様ってところよね)

「留学生だって思い込んだとしても、それだけなら問題ないのに。わざわざ下に見る発言をしてくる方がいらっしゃるみたいね」

 ナディアがため息をつくのに、セリーナは、

「やっぱりそうなのね?」

「心配することないわよ。アリスター様が黙ってやられているわけないでしょ」

 そこでナディアは声をひそめて、

「誰がなんておっしゃったのか記録したものを束で渡されたって殿下がおっしゃっていたもの。陛下や宰相閣下にも共有なさったみたいだから、その方々はよほど心を入れ替えないと王宮には就職できないでしょうね」

「まあ! さすがアリスター様だわ!」

 セリーナは両手を叩く。リリアンはうなずいているけれど、キャシーは若干引いているようだった。

「でも、アリスター様の知名度は上げたいわね」

 セリーナが首をかしげると、ナディアが茶化すように笑った。

「腕でも組んでいちゃいちゃしながら学園中を練り歩いたら?」

「まあ! いいわね、それ」

「素敵です。皆様憧れると思いますわ!」

 目を輝かせるセリーナに、賛同するリリアン。

「本当にやるんですか?」

 戸惑うキャシーに、ナディアが肩をすくめたのだった。


 というわけで、社交の授業が終わったあと、さっそくセリーナはアリスターの元に向かった。

 彼はこの時間は特別教室棟で化学の授業を受けている。――アリスターの時間割は完璧に覚えているセリーナだった。

 社交の教室も本館とは別の建物にあり、ちょうど通り道なので都合がよかった。

「いちゃいちゃしながら食堂まで行くわ」

 セリーナがそう宣言すると、ナディアは「私たちは無関係を装いましょう」とキャシーたちとうなずきあう。

 入口近くで待っていると、特別教室棟から生徒が次々出てきた。知っている顔には会釈をする。

 人が途切れてきたころ、男子生徒がふたり出てきた。

「さっきのって四年生からの手紙だろ?」

「そう、プラトー様」

 知っている家名を耳が拾って、セリーナは首を傾げた。

(プラトー家って、王妃様の茶会でお義姉様につっかかってきていた夫人の家よね?)

 二年前、セリーナがアリスターと婚約した直後に参加した茶会で、シャロンを悪く言っていた夫人がプラトー伯爵夫人だった。そのプラトー家は、シャロンの実家のグレイシャー伯爵家を詐欺にかけたとして捕まり、余罪もあったため爵位をとりあげられた。

 プラトー家にはグレゴリーのひとつ年上の令嬢ジョアンナがいて、ナディアのクリフ侯爵家と婚約者の座を争っていたのだ。

 元伯爵夫妻と長男次男は罰金刑を課せられたけれど、ジョアンナは犯罪には加担していないとされ罪には問われなかった。

(学園を辞めなかったと聞いたけれど、本当だったのね。根性があるわ……)

 プラトー夫人がナディアやセリーナを敵視していたから、ジョアンナと話す機会は全くなかった。

(夫人の後ろで黙って立っているような方だったわね)

 陰口に加担するわけでもなく、母親を諫めるわけでもなく、綺麗に着飾った人形のような令嬢だった。

 そんなことを思い出していると、アリスターとケントが外に出てきた。

「アリスター様!」

 セリーナが手を振ると、アリスターは「何かあったの?」と駆け寄ってきた。

「アリスター様との仲の良さを学園の皆様に見せつけて差し上げようと思いまして」

「は?」

 アリスターはセリーナの言に首をかしげ、後ろにいたナディアに目を向けた。

「どういうこと?」

「そのままですわよ。アリスター様が自分の婚約者だって見せびらかしたいんですって」

「は?」

 ナディアにも首をかしげるアリスターの腕を取って、セリーナは引っ張った。

「さあ、行きましょう」

「はあ……。セリーナが楽しいならいいけど」

 ため息をついたアリスターはセリーナに従って歩き出した。振り返るとナディアたちは手を振って、距離を空けてついてきた。

 石畳の道を歩きながら、セリーナは、

「そういえば、先ほど出てきた方が、プラトー家のお話をされていましたわ」

「あ、もしかして、これのこと?」

 アリスターは持っていた教科書の間から一通の封筒を取り出した。

「プラトー家の令嬢から預かったって言われて、さっき、渡されたんだ。それで外に出るのが遅くなったんだけど」

「もしかして恋文ですか? ライバル登場ですか?」 

 顔色を変えて身を乗り出すセリーナに、アリスターは手を繋ぎ直すと、

「違うって。ジョアンナ・プラトーから義姉上へ」

「え? お義姉様宛てですか? プラトー家とグレイシャー伯爵家の問題は片付いていますよね?」

「うん。ケントも心当たりがないってさ」

 アリスターは手紙を戻して、

「気になるなら、セリーナも帰りにうちに来る?」

 そう言ったとき、目の前に全身を黒い服に包んだ人物がふたり現れた。

「セリーナ!」

 アリスターがセリーナをかばって、抱き寄せる。

 しかし、実際のところ、狙われたのはセリーナではなくアリスターだった。

「黒髪だ!」

「こいつだな」

 アリスター越しにこちらに手を伸ばす悪漢が見え、セリーナは浮遊魔法を使ってアリスターごと宙に逃げた。

「アリスター様、しっかりつかまってください!」

「セリーナ! やつら拳銃をっ!」

「え? きゃっ!」

 下を見ると悪漢のひとりが懐から拳銃を取り出して構えている。

(お盆レベルの土壁じゃあ、防御にならないわ)

 セリーナは慌てて、足元に全力の風魔法を展開する。

 スカートがバサバサと広がるのをアリスターが抱き上げて阻止してくれたが、当人はスカートなどに構っていられなかった。

 もう少し高く上がりたいのに、風魔法に魔力をとられて浮遊魔法に回せない。

「アリスター様、私にキスしてください!」

「は? こんなときに何言ってるの?」

「アリスター様のキスがあれば、一気に高くまで逃げられます!」

「ああ、なるほど」

 あっさり納得したアリスターは、セリーナを抱きしめたまま顔を寄せて、唇にキスをした。

(え? くち!? 唇!!)

「きゃあ!」

 認識した瞬間、セリーナの恋愛的幸福度は急上昇して、浮遊体質が発動した。

「うわっ!」

 突然、勢いよく昇ったため、アリスターも驚きの声を上げた。

 ふたりは、特別教室棟の屋根よりも高く昇る。

「セリーナ! さすがに高すぎ。危ないから、あの屋根に降りてよ」

 アリスターに指摘されて高度に気づいたセリーナは、心を落ち着けながら浮遊魔法に切り替えて屋根に近づく。

 屋根から突き出したドーマー窓の上が平らになっていたため、そこに降りた。

 呆然としているうちに、座ったアリスターに横向きに抱え込まれて、セリーナも座った。

「あ、下はキャシー嬢が制圧したみたいだね」

 冷静にそんなことを言うアリスターが憎い。

 セリーナはアリスターの腕を掴むと、

「アリスター様! なんで、唇にキスしたんですか?」

「え?」

 問われたアリスターは、一瞬きょとんとしたあと、気まずそうに視線を逸らした。

「あー、次は唇だって約束してたから、つい。ごめん。嫌だった?」

「嫌じゃありません! 嫌じゃないんですけど! でも、初めてのキスだったんですよ! あんな……」

「あー、えー、……ごめんなさい」

 しゅんっとしょげたアリスターが珍しく、セリーナは少し気分が持ち直した。

「もういいですわ。わがまま言って申し訳ありません。あれはあれで、思い出になったと言えますものね」

「いや、ダメだよ」

 アリスターはきっぱりとそう言って、「ここは景色もいいし、ふたりだけだし」と周囲を確認してから、

「よし、やり直そう」

「え?」

 戸惑うセリーナをぎゅっと抱きしめ直すと、

「キスしていい? 唇に」

「え? はい? え?」

 承諾なのか疑問なのか曖昧なセリーナの返事に構わず、アリスターは再びセリーナにキスをした。

 驚いて目を閉じるのを忘れたセリーナは、間近でアリスターの黒い瞳と目が合う。

 その黒真珠のような目が甘くとろけて、ゆっくり笑みを描いた。

 艶やかな笑顔にセリーナは真っ赤になる。

 きゅうっと心臓を掴まれた気がした。

 アリスターに抱きかかえられたまま、セリーナは浮く。

「セリーナ、かわいい」

「えっ! 待っ! あの! ちょっ!」

 キスを繰り返されて、セリーナは言葉にならない。

「う、浮いてます! 浮いてますから!」

「うん」

 そう言いながら、アリスターはまた、ちゅっと唇を落とす。

「もうこの辺で!」

 と、セリーナが止めるのと、

「セリーナ様ー! もう降りてきても大丈夫ですよー!」

 と、下から風魔法で声を飛ばしてキャシーが呼びかけてきたのが同時だった。

 見下ろすと、セリーナ史上最高の高さまで浮いていたのだった。

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