アリスターとウォーレン
入学二日目。午前で学園が終わったあと、アリスターはセリーナを侯爵家に送ってから、ひとりで王宮のラグーン侯爵ウォーレンを訪ねた。
受付で名乗ると、約束していないにも関わらず、ウォーレンは面会を許してくれた。
外務部の応接室で、アリスターはウォーレンと顔を合わせる。
この部屋に来るのは二度目だ。
一度目のときは、サイ商会の会頭サイと引き合わされ、彼がハツカ国の密偵だと知らされた。
今日はアリスターとウォーレンのふたりだけだ。
笑顔で歓迎してくれたウォーレンは、すぐに本題に入る。
「話というのは、コウダイ殿下のことだね?」
「はい」
「グレゴリー殿下から知らされたと聞いた。驚いただろう? すまないね。家族といえども機密は話せないから」
「いえ、それは構いません」
眉を下げるウォーレンに、アリスターは首を振る。
「サイ殿から、もしかしたら第三皇子がこちらに来るかもしれないと聞いていましたから、可能性は考えていました」
ウォーレンの元で正体を明かされたあと、アリスターは単独でサイと会って情報をもらったのだ。そのときには、もうコウダイはユーカリプタス王国にいたことになる。
(皇子の情報は、サイ殿も掴めなかったということか……)
ウォーレンは「そうか」とうなずいてから、
「サイ殿は信用しているが、ユーカリプタス王国からハツカ国に流すわけにはいかなかったんだ。……君が得た情報を流すか流さないかは、君の判断だな」
他言無用と言われたが、それを破るならアリスターの責任において、ということか。
「わかりました」
アリスターはウォーレンに伝えてもいい情報を共有する。
「コウダイ殿下は、カイ帝国の次代争いが本格的に始まりそうだと察して、帝国を出たようです。――争いが始まったから、ではなくて、始まりそうだから、です」
「ふむ……」
情報収集や状況判断に長けている一筋縄ではいかない人物だと知れる。
「遠くの西国で好き勝手にやって、次代争いには興味がないことを主張したいんでしょう。全く迷惑な……!」
アリスターが吐き捨てると、ウォーレンは笑顔で、「さっさと帰ってほしい、なんて思っていても口に出したらいけないよ?」と注意だか本音だかわからないことを言う。
この国でコウダイが襲われたら責任問題になるし、身柄を引き渡せと言われて了承しても断っても帝国との関係は悪くなる。それに、次代を争っている第一皇子と第二皇子が別々に交渉してきたら、さらに面倒だ。
(返答次第で、国として片方の皇子を支持することになってしまう……。本当に! 迷惑!)
しかも、コウダイは魔法使いに興味があるようだ。
「母の手鏡が戻ってきた経緯を、サイ殿が義父上にも話しましたよね?」
「ああ」
「あの話に出てきた降霊術師の魔法使いが、一ヶ月ほど前に帰国しました」
アリスターは魔塔関連でグレゴリーの補佐についている。所在不明の魔法使いが国外旅行から帰ってきたため、聴取に参加したのだ。
(今思えば、彼はコウダイ殿下がこの国に来るのに同行して、帰国したんだな)
「コウダイ殿下の後援を得て帝国で降霊会を開いた魔法使いは、かなり稼いだみたいですね」
アリスターは聴取で聞いたことを話す。秘匿情報ではないから問題ないし、何ならあとでウォーレンから資料請求して確認してほしい。
聴取のときはコウダイの名前は出さずに、「さる商会の援助で」と魔法使いは話していた。その商会がコウダイの商会だというのは、サイからの情報だ。
「脅したり無理に連れ去ったわけではなく、魔法使いも喜んで応じたようなので、どっちもどっちですが」
聴取していた事務官が何度も「君の降霊術は詐欺ではないんだな?」と確認していた。――魔法使いから犯罪者が出たなんてことになれば魔法使い全体のイメージ低下に繋がり、セリーナに悪影響を及ぼすから、アリスターは降霊術師の個人情報はしっかり覚えておいた。目に余るようなら潰して良いと、父からも兄からも許可を得ている。
(うちより先に義父上が潰すだろうけど)
そんな評価を得ていることを知らずに、ウォーレンはため息をつく。
「はぁ、なるほどね」
「儲けはそのまま魔法使いの手に渡したようですから、資金集めではないでしょう。……皇位に興味がないのは本当なんでしょうね」
アリスターが言うと、ウォーレンは「放蕩はポーズではないのか」とうなずいた。
「その魔法使いの話によると、降霊術はおまけで、コウダイ殿下は魔法が見たかったらしいです」
「魔法が?」
ウォーレンは顎に手をやり、難しい顔をする。
アリスターはテーブルに身を乗り出すと、
「セリーナとキャシー嬢はコウダイ殿下に近づけないほうが良いと思います。グレゴリー殿下には伝えましたし、ふたりにも注意しました。僕も全力でセリーナを守ります!」
アリスターが宣言すると、ウォーレンは「ああ、よろしく頼む」とアリスターの肩を叩いた。
サイはコウダイの部下から口止めされたらしいが、本人が目の前に現れたならもう無効だろう。
何か言ってくるなら手鏡を突き返したって構わない。
(セリーナ以上に大切なものなんてないからね)
それに、コウダイはアリスターに挑発的な目を向けていた。
ルイーズがカイ帝国の後宮に入ることが濃厚だったと、アリスターはサイから聞いたが、ルイーズとコウダイは年も離れているし面識はなかったはずだ。
アリスターの何がおもしろいのかわからないが、コウダイから興味を向けられている。その流れ弾がセリーナに向かうのも避けたい。
アリスターは自分の弱点がセリーナだと自覚している。
(僕のせいでセリーナに何かあったら……)
考えるだけで恐ろしい。
そんなアリスターに、ウォーレンがにこやかな笑顔を向けた。
「コウダイ殿下はさっさと追い出そう!」
「ええ。僕もそう思って、昨日のうちにハツカ国や帝国属国の伯父伯母に手紙を書いて、サイ殿に託しました。ユーカリプタス王国が不利にならないように、相談しましたよ。属国全てが連合して圧力をかけたら、本国も無視はできないでしょう」
「そうか! うんうん。それでこそ、セリーナの婿だ!」
未来の親子は、がしりと手を握り合うのだった。