魔塔統括の補佐
アリスターは王太子の応接室にいた。
この部屋の主グレゴリーは、テーブルの短辺に配置されたひとり掛けのソファに座っている。長辺には三人掛けのソファがあり、片方にアリスター、もう片方には魔塔から来たふたりの魔法使いが座っていた。
「まず、紹介しよう。彼はアリスター・フォレスト。フォレスト公爵家の令息だ。魔塔や魔法使いの件で、私の補佐についてくれることになった」
グレゴリーがアリスターを紹介してから、
「そして、こちらが魔塔の主席のフランク・クレイ殿と次席のグレタ・リッジ殿だ」
アリスターはフランクとは当然初対面だが、グレタともこれが初対面だった。セリーナの師匠だから話はいろいろ聞いていたけれど、会う機会がなかったのだ。
「初めまして」
「よろしくお願いします」
それぞれ礼をする。
すると、グレタが「あ、そうか。この人がアリスターサマなのね……」と小声でつぶやいた。
アリスターは怪訝な顔を向けたが、それより先にフランクがやはり小声で「知っているのか」とグレタに聞いた。
「セリーナの婚約者よ」
「それなら、恋のときめきの相手がこの坊ちゃん?」
「そうよ」
こそこそ話してから、ふたりしてアリスターをじっと見てくる。
「全部聞こえてるから!」
セリーナも何を話しているんだ、とアリスターは思う。
(まさか、学園でもいつもの調子で「かわいい」なんて言っているんじゃないよね?)
心配になるアリスターに、ふたりの魔法使いは軽い口調で「あら、ごめんなさいね」「すまん、すまん」などと謝った。
変に畏まった態度よりはこのくらいのほうがやりやすいとアリスターは何も言わない。身分の高さなら圧倒的なグレゴリーも特に気にしていないようで、
「お互いに聞き及んでいるようだし、これ以上の紹介は不要かな」
と、苦笑した。
先日、アリスターはグレゴリーに連絡を取り、セリーナとまとめた魔塔関連の問題点を提出した。
自身がグレゴリーとの間に立つことを決めたのは、セリーナを彼の前に出したくなかったからだ。グレゴリーにはナディアという婚約者がいるけれど、彼は年上で仕事もこなす見目も良くて身分も高い男だ。生徒会やナディア経由で交流があるのは知っているけれど、それでも、気になる。
(なんで、僕のほうが年下なんだろう……)
一年の差を、アリスターは歯痒く思う。
できることならセリーナを隠しておきたい。でもそうしてしまったら、セリーナはしおれてしまうと思う。アリスターが恋したセリーナは消えてしまうだろう。
キャシーのために魔法使いだと暴露したり、魔塔のために制度改革を考えたり、セリーナはよく人のために行動する。
アリスターと父や兄の仲を取り持ってくれたのも、彼女のその性質の一面だと感謝している。けれど、アリスターは心配になる。
(うまく行かない場合もあるだろうし、そうでなくても皆が感謝するわけじゃない。お節介だとか言われてセリーナが傷つかなければいいんだけど……)
そうならないように守れる力を、アリスターは身につけたかった。
東国風の容貌が欠点だと捉えられている今はまだ、アリスターはセリーナの足枷になるだけに思う。今後、アリスターは己の評判を覆していかないとならない。
王太子の仕事を手伝った実績は大きな力になるだろう。
アリスターは父との関係が改善したあと、父に頼んで王太子に紹介してもらった。本格的な交流は学園に入学してからと言われているが、出遅れたアリスターは巻き返す機会があるなら活かしたい。
(セリーナを殿下に近づけないこと、殿下の信頼を得ること。うまくいけば、一石二鳥だ)
そんなずうずうしい考えを隠して、グレゴリーに会いに行ったアリスターだったけれど、グレゴリーは「それじゃあ、この件は君にも関わってもらおうかな」と鷹揚に迎え入れてくれた。
魔塔の魔法使いとの会合にも参加させてくれると言う。
「いいのですか? 僕はまだ学園入学前ですけれど」
「問題ないよ。詳しくてやる気がある者がやったほうが、話が早いからね」
と言うから、器が大きいのだな、と感心したら、
「仕事に責任を持つのと、全部ひとりで片付けようとするのは別物だって気づいたんだ」
それから、グレゴリーはくすりと笑って続ける。
「セリーナ嬢にナディアの仕事の邪魔をするなって怒られたんだよ」
アリスターは、王太子に向かって何を言っているんだと呆れ、セリーナなら言いそうだと納得し、受け入れる王太子に驚いた。
――そして、今日は魔塔の魔法使いとの会談だ。
セリーナが挙げた問題点は、セリーナからグレタに伝わっているため、フランクも把握していた。
アリスターは進行役だ。
口調を改め、まず王太子側からの決定事項を伝える。
「魔法使いの登録の管理は、王宮が中心になって改善します。殿下以外の担当者を置いて、国外旅行や引っ越しなどは、それを受け付けた部署からこちらの担当者に連絡がくるようになります」
「わかった。よろしく頼む」
アリスターの説明に、フランクがうなずく。
「あとは国内旅行です。短期間なら問題ありませんが、長期の場合はできれば魔法使いの側から申請してほしいと考えています」
「申請先は魔塔なのか?」
「そう考えていますが、難しいでしょうか?」
「うーん。うちは事務官みたいなのがいないからなぁ。何かあれば俺かグレタが対応しないとならないんだ。殿下の方で引き受けてくださるか、事務官を配置してくださるか、どっちかでないと無理だな」
そう言われて、アリスターはグレゴリーを見た。
「では、魔塔に事務官を配置しよう」
フランクの要望にグレゴリーが応えると、グレタがアリスターに、
「アリスターサマが魔塔に来ればいいじゃない。セリーナも私の助手になれば、ふたりで魔塔で一緒に仕事ができるわよ?」
「僕はまだ学園入学前だし、目指す部署は決めている。それに、僕と一緒にいたらセリーナはずっと浮いていると思うけど?」
にやにや笑っていたグレタもアリスターの最後の言葉には目を丸くした。
「あの子、今でもまだ浮くの? 婚約して一年くらい経ったわよね?」
「ずっとときめいているのか? すごいなぁ」
「ホントよね」
口々に言い合う魔法使いふたりにアリスターは、「普通に感心するのやめてくれない!?」と声を荒げた。
「え、今の惚気でしょ?」
「だよな」
「違うから!」
本気で言われているのか、からかわれているのか、いまいちよくわからない。
「まあまあ、アリスター。話を先に進めようか」
グレゴリーになだめられて、アリスターは咳払いをした。
セリーナにかっこつけたいのに、セリーナのせいで全くかっこつかないのが、アリスターの悩みだった。




