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この世で一番軽い恋  作者: 神田柊子
幕間

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17/34

ふたつの密談

 サイ商会の会頭、(サイ)は外務部の応接室でウォーレン・ラグーン侯爵と面会していた。

 手土産に持参した(カイ)帝国のティーセットを出す。西方諸国で一般的な形の茶器に、東国風の絵付けをするのが最新の流行だ。

「へぇ、綺麗だね」

「どうぞお納めください。まだこちらでは数が出回っておりませんから、茶会で使用すれば話題になりましょう」

「ああ、そうだね。でも、もらうわけにはいかないから、個人的に買うよ」

 そう言って、ウォーレンは茶器を箱に戻した。

「ありがとうございます」

 これで商談成立だ。

 崔とウォーレンはもう十五年ほどの付き合いになる。

「長くこちらにおりましたが、一度国に帰ろうかと思います」

「おや、店を閉めるのかい?」

「いいえ、わたくしが不在の間、店は部下に任せますので、何かあれば遠慮なくお申し付けください」

「そうか、それなら良かった。君のところは頼りになるからね」

 そうして取引するのは、商品の輸入雑貨ではなく、東方諸国関連の情報だ。

「国というのはどちらのほうかな?」

 崔の事情を全て知っているウォーレンが尋ねた。

「ハツカ国ですよ」

「そうか、では、私から陛下への手紙を頼んでもいいだろうか」

「ええ、もちろんでございます」

 崔は元々ハツカ国の生まれだ。

 末の姫ルイーズ――瑠璃の耳目になるために教育された。

 ユーカリプタス王国でフォレスト公爵ハワードに出会うまで、瑠璃の嫁ぎ先の最有力が檜帝国の後宮だったため、崔は先行して帝国に店を構えたのだ。

(それが、突然、西の国だからなぁ)

 あのときは本当に驚いた。長年準備してきたのにどうしてくれるんだという気持ち、瑠璃姫に恋が訪れたことを祝う気持ち、それが遠い国であるための心配、と複雑な思いになったものだ。

 サイ商会は帝国所属のまま西に手を広げ、ハツカ国にとっても良い結果になった。瑠璃の情熱は強く、遠国に嫁ぐ心配は杞憂に終わった。

 早世は悲しいことだが、近くで見ていた崔もハツカ国の王族も、瑠璃は恋に全力を尽くした、と納得している。

 ――ハツカ国は大陸東岸を占める檜帝国の沖合にある小さな島国だ。どこからも攻め落とされないのは、周辺国に王族が嫁入り婿入りしているからで、その全てが政略ではなく恋愛結婚だった。つまり、代々の王族が皆、瑠璃のような王子や姫ばかりなのだ。

 周辺国や檜帝国の属国のほとんどに兄姉がおり、残りは檜帝国の帝室くらいだった。瑠璃は兄姉のどたばたを見てきたせいか結婚に冷めていて、公務で何度か会ったことがある帝国の皇子を「出会いがなければ彼でもいい」と言っていた。ところが、初の西方訪問で運命に出会ったというわけだ。

(帝国に姫の縁談打診をする前だったけれど、状況的に考えたら「次はうちだろう」って想定していたよな……)

 瑠璃の結婚に帝国から祝いの言葉が届いたけれど、若干の嫌味混じりだったとか。

 ウォーレンは、瑠璃が嫁いできた当時、外務部に入って数年の若手だった。だが、崔は彼なら出世すると踏んで、ウォーレンに近づいた。崔の目は確かで、彼は今では東方諸国との外交のトップだ。

 崔との情報のやり取りは、私的ではあるが、ほとんど公式と変わらない。崔に指示を出しているのはハツカ国の国王で、ウォーレンも同じく国の方針で流す情報を選んでいる。

「アリスター様と繋がりができたことを陛下はたいそう喜んでおられました。ありがとうございます」

「いや、アリスター君から頼まれたことだからね。私の力ではないよ」

「いいえ。アリスター様がそうされたのは、お嬢様のおかげですから。良いご縁をいただきました」

「ふふ、セリーナは良い子だろう?」

 ウォーレンが一人娘を目に入れても痛くないと思っているのは、崔も知っている。

 侯爵夫人と令嬢に会ったのは、チャーリーから依頼された先日が初めてだったが、話はウォーレンから何度も聞いていた。――ちなみに、チャーリーは崔のことを「ルイーズと懇意にしていた商会」と認識しており、ハツカ国の者であることは知らない。

「崔殿はいつまでハツカ国に? 何年も戻らないのか?」

 国王への手紙をその場で書き上げたウォーレンが尋ねる。

「いえ、チャーリー様の婚礼までには戻りますよ。祝いの品をハツカ国で用意しているそうで、私は運び人です」

「ああ、なるほど」

 手紙を受け取りながら、ついでのように崔は大事な情報を口にする。

「そういえば、漆塗りの手鏡が見つかったんですよ」

「おお! それは良かった。チャーリー殿が喜んだだろう?」

「いいえ、フォレスト公爵家には伝えておりません」

 崔が首を振ると、ウォーレンは眉をひそめた。

「なぜ?」

「帝国の浩大(コウダイ)皇子の元にあるのです」

「第三皇子か……。どういう伝手かな。うちとの外交は皇帝の配下が仕切っているはずだが……」

「私も商会の本店に一度立ち寄るつもりですので、また何かあればご連絡します」

 商会の本店――帝国で探りをいれる、と崔は言った。

「チャーリー様の祝いに手鏡もお持ちしたかったんですが、難しいでしょうね」

「無理はしないように」

「ええ、もちろんです」

 固い握手を交わし、崔はウォーレンの前を辞した。


::::::::::


 同じころ、檜帝国の帝都のとある宿にて。

 第三皇子の浩大は、秘密裡に一人の男と会っていた。

 男の名は(ダン)。浩大の密偵で、主に西方諸国の担当だ。

 帝国の皇帝は一夫多妻。後宮に妻が何人もおり、皇子皇女も多い。次代は、母の実家が強い第一皇子と第二皇子が争っていた。浩大の母の実家は下級役人のため、歯牙にもかけられていない。放蕩皇子を装ってのらりくらりと生きている――つもりだが、放蕩は元来の性質かもしれないと自分でも最近思う。

「西は近頃どうだ? おもしろいことがあったか?」

「マンダリン王国で数年のうちに代替わりがありそうです」

「へぇ。あそこの国王はもうそれなりの年だったな……順当な譲位ってことか」

「はい。特に問題があるわけではありません」

「なるほどね」

 おもしろくないならどうでもいいか、と浩大は興味を失う。

「それから、あの鏡の来歴がわかりました」

 檀からそう言われて、浩大は身を乗り出した。

「何だと?」

 一年ほど前に、「風変わりな品を好む殿下に」と言って西方から来た商人が献上した品だった。

 赤い漆塗りの手鏡。裏に螺鈿で萩の花が描かれている。

 ハツカ国の品だと浩大は思ったが、商人が言うには、「西国の貴族婦人が夜な夜な現れて恨み言を言う鏡」だそうだ。

 使用人に数日見張らせたが、貴族婦人は現れなかった。

「西国の婦人は幽鬼になっても東国には来ないのでしょう」

 近しい従者がそう言うのに、浩大も笑った。

 ただ、手鏡自体は気になった。

 かなり高級な品だと思う。ハツカ国の高貴な女性で萩の絵柄を愛用していたのは、現王の末妹の瑠璃姫だと聞いたことがある。そして、彼女は西のユーカリプタス王国に嫁いだ。

 話のついでに檀に鏡を見せ、余裕があったら調べるように言っておいたのだ。

 政治や経済の話よりもよほど前のめりな浩大を見ても、檀は全く表情を変えず、報告を続ける。

「殿下のご慧眼の通り、瑠璃姫の持ち物だったようです」

 瑠璃姫は嫁いで五年ほどで亡くなったが、その家で盗難事件があり、姫の所縁の品が売り払われてしまった。大部分は取り戻したが、一部は依然不明なまま。

「それが、あの鏡ってことか?」

「そのようです」

 檀が言うには、瑠璃姫の婚家は手鏡を探しているらしい。

「返せば恩を売れるだろうか」

「おそらくは。……ですが、盗人の家を脅すほうがおもしろいかもしれませんね」

「へぇ?」

 無表情でとんでもないことを提案する檀を浩大は気に入っている。

 聞けば、婚家の長男の婚約者が盗みを働いたのだそうだ。彼女は修道院送りになり、一生出てくることはない。

「鏡に映って恨み言を言う婦人が、その盗人なのでしょう」

「なるほどねぇ」

 檀の言葉に浩大は納得した。恨んで生霊になる話など檜帝国には山ほどある。

「そういえば、その瑠璃姫の御子が婚約したそうですが、相手の息女が魔法使いだとか……」

「魔法使い?」

 聞きなれない言葉に浩大は首をかしげる。

「西方諸国でまれに生まれる、不可思議な現象を起こす力がある者です。おそらく妖術の類でしょう」

「へぇ、妖術使いか。帝国でも今はあまりいないのに」

 見てみたいな、と浩大はつぶやく。

 その言葉の意味を正確に受け取った檀は「その息女は無理ですね」と一刀両断した。

「かなり高貴な生まれですから、私ではとても近づけません。逆に、殿下が公式訪問したら確実にお会いできるでしょうが」

「そんな面倒なことをするほどの、興味はない。別にその女じゃなくても構わん。俺が見てみたいのはその女じゃなくて、西方の妖術使いだ。妖術は高貴な者にしか使えないわけじゃないんだろ?」

「高貴な方のほうが珍しいようです」

 檀の答えに浩大はにやりと笑う。

「なにも攫って来いってわけじゃない。異国の奇術師を招待して、技を披露してもらいたいだけだ」

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