秋の公園
病院を退院した早和は、隣接する公園のイチョウ並木を歩いていた。
学生の頃も看護師になってからも、いつも通っていたはずの景色だったけれど、心が別の所にあると、こんな鮮やかな黄色が広がっていたのに目に入らなかった。
点滴がとれ体が軽くなり、少しだけ気持ちに余裕ができたのか、大好きな人にこの景色を届けたいと、携帯を向けてみる。
「一番いい場所を教えようか?」
早和は男性に声を掛けられた。
「ここよりいい場所ってあるの?」
「あるよ。こっち。」
男性は早和の手を掴むと、病院に隣接する大学の階段を駆け上がった。
「ほら。」
大学の6階にある教室から窓を見ると、木のてっぺんが一列に並んでいるのが見えた。黄色いジュータンは、風に吹かれて時々舞い上がる。
「風の行方まではっきり見える。」
早和は窓に顔を近づけた。
「どこの学部?」
男性が言った。
「私はここの卒業生。卒業してもう4年になるよ。」
「そうなの?てっきり学生かと思った。」
「あなたは?」
「俺は6年の薬学部。」
「そっか。あとで少し卒業だね。」
「卒業するまで8年もかかったよ。」
男性は笑った。
「大学は楽しかった?」
「どうだろうね。今になれば、別の道もあったのかなって思えてくる。」
「そうだね。気持ちなんていつも変わるから。」
早和は窓に手を置いた。
「ねえ、写真とらないの?」
「とったよ、ほら。」
早和は木から落ちてきた、一枚の葉をとっていた。
「これだけ?」
「そう。」
「たくさん木も葉もあるのに、この一枚だけ写したんだ。」
「ちょうど私の頭に、この葉が落ちてきたからね。」
「ここに連れてきたりして、迷惑だった?」
「ううん。ここの景色、絶対忘れない。大好きな人になんて言葉で伝えればいいか、ゆっくり考えながら家に帰る。」
「変わった人だね。写メしたら、言葉なんていらないのに。」
「あなたは写真にとったの?」
「毎年ここからとってるよ。ほら。」
男性は早和に携帯を見せた。
「今年は好きな人に見せようと思って、何枚もとったんだ。だけど、どうしても本物を見せたくて、朝からあの場所で、その人が通らないか待ってたところ。」
「そっか。その人、もうすぐ通るといいね。」