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9.ルシアナ、閃く(1)

「ルシアナお嬢様、ご所望の品が届きましたよ」


 部屋へと入ってきたモニカが箱を渡してきた。

 蓋を開けてみると、ハサミと剃刀、そしてクシが入っている。


「わぁっ! わたくし専用の髪切りバサミ!!」


 自分の髪をセルフカットしてから自分専用の理容道具が欲しくなって、直ぐに商人に注文していたのだ。

 上手くは行かない現状にモヤモヤとしていたところだったので、余計に嬉しい。


「あー、早く使いたいわ! でもまだ自分の髪はそんなに伸びてないし……」


 目線をモニカへと向けると、大慌てで首をブンブンと横に振った。


「わっ……私はそのぉ、遠慮しておきます。お嬢様の腕を信じていないわけではないのですが……ほほほほ」


 やっぱりダメか。


「ならそうね……いい場所思い付いたわ!」

 



 という訳でルシアナがやって来たのは公爵家の騎士団が使っている演習場。


「……ル、ルシアナお嬢様……本当に大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫、大丈夫っ! ぜーんぶわたくしに任せてくれれば万事OKよ! 動かないでね」


 カットクロスを付けた公爵家騎士団長の頭を前に、ルシアナは自信満々に髪切りハサミを握った。


 さて、どんな髪型にしようかしら?


 騎士団長は見た感じで言うと40代半ばくらい。顔にはいい具合にシワが入り、鋭い眼光とゴツゴツとした骨格で男らしい。団長を務めるだけあっていかにも強そうな風貌をしている。


 そう、髪型を除けば。


 団長の髪型は、前世風に言えばマッシュルームカットだろうか。やる人がやればお洒落にカッコよく決まるのだが、強面の団長がやるとちぐはぐな印象で、なんともバランスが悪い。


 ただこれも別に団長に限った事ではなく、この国の男性の髪型としてはごく一般的。女性の髪型がほぼワンレングス一辺倒なのと一緒で、男性も伸ばすとしたらワンレングスばかりで、長いか短いかの二択しかないのだ。


「よしっ、イメージが湧いてきましたわ!」


 チョキチョキと軽快にハサミを動かし、青みがかった団長の髪の毛を切っていく。その周りでは騎士達が、我らが団長は一体どうなってしまうのかと、固唾を飲んで見守っている。


 パラパラと落ちてくる髪の毛を見ている団長は涙目になっているけれど、心配は無用! この髪型にしたらぜ〜ったいカッコイイんだから。


 ひとしきり切り終えて、今度はサイドをごく短くカットしていく。

 電動バリカンはもちろんの事、手動バリカンすらもこの世界には無い。なのでハサミとくしを使ってごく短く刈り上げていくしかない。


 手動バリカンとスキバサミ、今の技術でも作れないのか、今度ハサミ工房へでも行って掛け合ってみようかしら。などと考えながら、今度はハサミから剃刀に持ち替えた。


「え゛っ……。お、お嬢様、まさか剃刀を使うので?」

「ええ、そうよ。大丈夫だから。ねっ!」


 団長の顔が泣きっ面から今度は顔面蒼白になった。普段は剣を片手に勇ましく戦っているというのに情けない。

 

 ルシアナは前世では美容師免許も理容師免許も持っていた。どちらも持っていれば働ける場所の幅が拡がって何かと便利だと思って、どちらの資格も取っておいたのだ。もちろん剃刀を扱う練習もしたし、理容室で働いた経験もあるので実践したこともある。


「動かないでよね〜」


 刈り上げたサイド部分に、慎重に剃りこみを入れて何本かラインを引いてみた。

 最後にヘアオイルを付けて全体を整えたら……


「かんせーい!」


 トップの髪は少し長めに、サイドの髪はごく短く刈り上げた所謂『ツーブロック』。

 刈り上げの部分に剃りこみを何本か入れたので、めっちゃイカつい! すっごいカッコイイ!!


「うおぉぉぉっ! 団長、すっげぇワイルド!! カッコイイっす!!」

「なんと言うか、団長の男らしさが際立って見えますよ」

「あの剃った部分が特にオシャレだし、首筋あたりに色気すら感じられるなぁ」

「これは奥さん、惚れ直しちゃうんじゃないですかぁ?」


 完成した団長の頭を見た団員達が次々と褒めだして、団長も満更でも無さそうだ。照れたように笑って頭の後をかいている。


「まさかルシアナお嬢様にこんな特技があるとは思いもよりませんでした」

「うふふー。宜しければ皆様の髪の毛、このルシアナ・スタインフェルドが銅貨1枚でカットして差し上げますわ!」


 技術を提供するのだから、もちろんお金は頂く。でも町中の理髪店よりずっとお安い。日頃の感謝価格という事で。


「僕切ります! ルシアナ様、お願いします」

「俺も!! 団長みたいなワイルドな感じで!」

「はいはい、順番ね」


 これはルミナリア公爵家の騎士団がオシャレでカッコイイと評判になる日も近いかも?

 鼻歌混じりに騎士達の髪の毛をカットしていくルシアナ。6人目を切り終えたところで流石にちょっと疲れてきた。身長的にはもう大人の女性と変わらないが、体力や集中力が追いつかない。

 

「今日カット出来なかった方は、改めて時間のある時に施術させていただきますわ」

「いゃあ、いつでも大歓迎ですよ」


 これまでとは全く違うヘアスタイルに、騎士達はキラキラと顔を輝かせている。

 やって良かったわ。

 ルシアナも思わず笑みがこぼれ、心がほっこりしてくる。


「団長! 第4隊ただ今戻りました!!」


 後ろに荷馬車を連れた騎士達が団長の方へとやってきた。荷車に積まれたものを見ると生き物の死体が山積みにされ、ぷぅんと生臭い匂いが漂っている。


「討伐ご苦労だった」


 労いの言葉をかけられた騎士は、あんぐりと口を開けて団長の頭を見つめている。


「だ、団長……その頭は……」

「どうだ? 似合うか?」


 今来た第4体隊長は、ルシアナがカットしたことを知らない。ルシアナに気を使わずに本音を言ってくれるかも、と思うと緊張が走った。


「いいですね、その髪型! どこの理容室で切ったんですか? 紹介して下さいよ」

「そうか? そうだろ? 実はルシアナお嬢様に切ってもらったんだ」

「お嬢様がっ?!」


 褒められて嬉しいルシアナは、腰に手をあてて頷き返した。

 

「まあその話は後だ。それで、報告は?」 

「あ、はい! 報告致します。死者は0、負傷者3名のうち傷の深い1人は今、医師に治療してもらっております。討伐した魔物の内訳はランドコニー5匹、カルセドニーウルフ7匹、スクィッドスネーク1匹、以上です」

「カルセドニーウルフが7か。なかなか良い収穫だったな」


 団長が荷車に乗せられている茶灰色の斑模様をした魔物を見て満足気に頷くと、帰ってきた第4隊の隊長も同意するように頷き返している。


「ええ、早速捌いて魔石を取り出して参ります」

「うわぁーっ! 魔物をこんなに近くで見たのは初めてだわ!!」


 2人が会話している所へ、ルシアナがひょこっと乱入した。普段大切に守られているせいで魔物を近くで見たことがないルシアナは、興味津々に荷車の中をのぞき込む。


「ああっ! ルシアナお嬢様、あまり近付いてはいけません」

「もう死んでいるのでしょう? なら危なくないじゃない」

「それはそうですが……」

「魔石って心臓近くに入っているのよね」

「左様でございます。これから魔物達を捌いて中から魔石を取り出すんですよ」


 魔物は普通の生き物とはちょっと違う。

 体内に魔石と呼ばれる魔力を秘めた石があり、魔法を使って攻撃してくるのだ。普通の生き物より人に対して攻撃的で、かつ魔法を使ってくるので非常に厄介で危険な生き物だ。

 倒した魔物の肉や皮、そして取り分け魔石は高値で売れるので、魔物退治を生業にしている人もいる。


「カルセドニーウルフの魔石は魔力量が多いので特に高く売れるんですよ。そう言えば食堂のランプに使っている魔石が切れていると奥様が仰っていたので、一つ持っていったら喜んでいただけそうですね」

「ええ。仕方なくモニカが灯りをつけてくれていたけれど、ようやくその役目から解放されそうですわね」


 魔石に宿る魔力は、消費すれば当然無くなる。前世の世界風に言えば、電池みたいな感じだ。

 魔力がなくても魔石の魔力を使って、魔道具と呼ばれる道具を使うことが出来る。ランプはその最たる例で、最もよく使われる魔道具だ。


 食堂のランプが魔力切れで付かなくなってしまったのだが、うっかり在庫を切らしてしまっていたらしい。ここ最近はずっと魔法を使えるモニカにつけてもらっていた。

 魔力を消費するのに毎度つけて貰うのは申し訳なかったので、これで一安心だ。


 と、ここで、ルシアナの頭にL字型をしたあの道具が思い浮かんだ。風を吹き出す、あの道具を。


「魔法を使えなくても、魔道具なら使える……」

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「そうだわっ! 魔道具でドライヤーを作っちゃえば良いじゃない!! いい事思いついたわ。ありがとう!」


 騎士団長の手を握って御礼を言うと、今度はモニカを呼んだ。


「モニカ」

「はい、お嬢様。こちらにおります」

「明日街へ出掛けるから。準備をしておいてね」

「何を仰っているのですか。外出なんて出来ませんよ」

「え、何で?」

「お忘れですか? 明日は第一王子殿下がいらっしゃる予定ではありませんか」

「あ゛っ、そうだったわ」


 ベロニカの婚約者騒動で、ケイリー王子が来ることなどすっかり頭から抜け落ちていた。

 せっかくいいアイデアが思い浮かんだから、ドライヤーを作れないか魔道具工房へ行ってみようと思ったのに。

 舌打ちしたくなる衝動を抑えたものの、あまりいい表情をしなかったことはモニカにはバレバレだったようだ。


「第一王子殿下がらいらっしゃるのに、お嬢様はあまり嬉しくなさそうですね。王都では大人気だそうですよ」

「そうらしいですわね」

「そうらしいって、そんな興味無さそうに。お嬢様くらいの年齢でしたら、妃候補にあがってもおかしくはないのですよ。ご身分的にも」

「我が家との婚姻は『貧乏くじ』らしいわよ」


 はっきり言って今は、王子どころじゃない。

 今のこの公爵家の状況で、ルシアナが妃候補に上がる可能性は限りなくゼロに近い。そんな無いにも等しい可能性に時間を割くくらいなら、より希望のある可能性にかけた方が賢明というもの。


「まっ、いざという時は助けて貰えるようコネくらいは作っておいた方がいいわね、うん」


 人脈作りは大事よね。


 うんうん、と頷くルシアナにモニカは内心で拍手を送った。


(お嬢様の年頃ならば、甘い夢を見てもおかしくはないのに。現実をしっかり見据えられて、立派なレディに育ちましたね……)


 モニカが何を考えているのか何も知らないルシアナは、魔道具工房へ持っていくドライヤーの立案書を書く為に部屋へと戻って行った。 

 

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