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7.ルシアナ、決意する(3)

 父と母との話しが終わり部屋へと戻って数時間後。女性の悲鳴のような声が聞こえてきたルシアナは、部屋から慌てて飛び出した。


「一体何事?!」


 もしかして不法侵入者でもいたのかと震えると、騒ぎ声はベロニカの部屋からするようだった。


「お姉様、どうしたので……ま、ま、ま、待ってーー!!!」


 ベロニカの部屋のドアを開けると、そこには大きなハサミを持って自分の髪の毛を切ろうとする姉と、それを阻止しようとする姉付きの侍女・ダフネとが取っ組みあっていた。


「ルシアナお嬢様! どうかベロニカ様を止めてくださいぃーーーっ」


 返事をするよりも早くルシアナはベロニカの手からハサミを奪い、後ろから付いてきていたモニカに渡した。


「ルシアナ、返して! もうこんな髪切るの!! 一生あの人に『ジャングル頭』って馬鹿にされるくらいだったら、丸刈りにしてやるんだからっっ! うわぁぁぁぁん」


 姉のこんな姿は見たことがない。


 目からだけとは言わず鼻からもダラダラと水分が流れ出てきて、ベロニカの顔はぐちゃぐちゃになった。


「わっ……わたしだって……ひっく……ルシアナみたいなサラサラヘアに……う、生まれたかったわ!……で、でも……仕方ないじゃない……どんなに梳かしてオイルをつけても……ひっく……モサモサと広がっちゃうのよ……! わ……私が悪いって言うの……?!」

「もちろんお姉様が悪いハズありませんわ。生まれ付きの容姿を馬鹿にする方がおかしいに決まってますもの」

「なんで私……ひっく……もっと可愛く生まれてこなかったのかしら……ひっく……美人に生まれていたら少なくとも、政略結婚だったとしてもこんな惨めな思いをしなくてすんだのに……!……ひっく」


 ダメだわ……。

 ベロニカはすっかり卑屈になり、自信をなくしてしまっている。


「そんなことありませんわ。お姉様の魅力が分からないあの男が大馬鹿なだけです」

「聞いていた他の男性たちだって、窘めることもせず本当のことだと言って笑っていたじゃない。みんな同じ考えだったってことよ!」


 あの場にいたのがクズ男ばかりだったのが悔やまれる。「そんなことない! ベロニカ様は魅力的な方だ」とでも言って、素敵な青年でも現れてくれたら良かったのに。

 現実は小説のようには、なかなか上手くはいかないようだ。


「分かりました、お姉様」

「何がわかったの?」

「わたくしがお姉様のその髪、なんとかしてみせますわ!」


 幸いなことにタイミング良く、ルシアナは前世が美容師だったことを思い出している。

 今の自分だったら姉の髪の毛をケアして、もっと素敵に仕上げられるかもしれない。


「わたくしが前世の記憶を取り戻したのは、この為だったのかもしれないわ。まさしく神の思し召しっ!!」

「ル、ルシアナ? あなた、頭大丈夫?」


 ルシアナが姉の髪の毛を改善してみせると決意を固め、グッと拳を握る中、ベロニカや侍女達は若干引き気味である。


「ええ、もう絶好調です! ちょっとお姉様、頭を失礼しますわね」


 早速ルシアナは、今のベロニカの髪の状態を確認していく。


「うーん……乾燥が酷くてパサついてますわね。お姉様は肌も乾燥しがちですか?」

「ええ。お肌の手入れを怠ると、痒くなるくらい乾燥肌ね」

「お姉様がお使いになっている石鹸はわたくしと同じよね?」

「はい。スタインフェルド家の皆様は、奥様が選ばれてご購入している石鹸をお使いです」


 質問に即座に応えたダフネに、モニカも首を縦に振っている。


「オイルはどうかしら?」

「ベロニカお嬢様が使っているのはこちらです」


 ダフネからオイル瓶を受け取って、クンクンと香りを嗅いでみる。


「これはオリーブオイルよね?」

「左様でございます」

「ならわたくしと同じだわ」


 オリーブオイルは髪の毛から爪の先まで、全身の保湿によく使われる、この国ではごく一般的なオイルだ。そこに花や果実などから採れるエッセンシャルオイルを加えて香り付けされたものが売られている。


「うーん……分かりましたわ。とにかくお姉様、あの男のために落ち込んでやる必要なんてないのですから、気を強く持ってくださいませ!」

「え……ええ」

「ダフネ、お姉様に気持ちの安らぐようなハーブティーでも入れてきてくれないかしら。それではわたくしはこれで失礼しますわ」


 くるんっ! とドアの方へと体の向きを変えたルシアナは、姉の部屋を出て早速プランを練ろうと自分の部屋へと戻って行った。


 よぉーしっ! お姉様の魅力をもっと引き出して、あの男の鼻を明かしてやるんだから!!

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