6.ルシアナ、決意する(2)
「ルシアナ……あなた、なんてことを……!!」
「だってそれが遠くない未来にやってくる事実ですわ! だからウィンストンとの婚約は……」
「黙りなさいっ、ルシアナ!」
父の出した大声に、ルシアナのみならず母と姉も肩をビクンと震わせた。
「お父様……どうかこの婚約を考えなおしてくだ……」
「黙るようにと言ったんだ!」
「……」
もう一度一喝されて、さすがのルシアナも口を噤んだ。
父は疲れたように眉間に手をやり、重いため息をついた。
「私だって、ウィンストン・バルドーをこの家に招き入れるには抵抗があるさ。あの悪評が付きまとうバルドー家の者だ。お前の言っていたその近い未来にやってくる事実とやらも、本当に有り得る話しやもしれん」
「それならなぜ……」
「それでもこの結婚話を受け入れなければ……」
父は言葉をと切らせると、窓際へと視線を向けた。
「あのカーテンは、一体いつからあの窓にかかっているのかな。私の記憶にある限りでは、私が生まれた時から一度もかけ替えられていない。随分と色あせてしまっているがね」
ははっ……と力なく、父は笑った。
どこの部屋のカーテンも、手入れはされているが古ぼけている。
家具もそうだ。一体いつから使っているのか、あちこち傷んで軋む音がする。
お金がない。
領民から税を得ようにも、その領民が貧しいのだからどうしようもない。
「ここ何年かリンゴの売れ行きが良くないんだ。売れ残って余ったリンゴを仕方なく安く売っているせいで、領民は更に生活が苦しくなっている。そんな彼らからこれ以上税をしぼり取るなんて出来ないだろう?」
「リンゴが売れない?」
首を傾げたルシアナに今度は母が答えた。
「サンブレル侯爵が航路を開拓して、ずっと南にある国からバナナやマンゴーなんて言うフルーツを輸入し始めたのよ。酸味がほとんど無くて、とろけるように甘いんだそうよ。それも、南の国々では年中暖かいから一年中フルーツを取れるんですって」
バナナやマンゴー……。ルシアナは前世の記憶が蘇ったので知っているが、確かにこの国でそんなトロピカルなフルーツは見たことがなかった。
リンゴやブドウ、ベリーといったフルーツとは全く違う味に、夢中になるのはわかる気がする。
「それならこちらも、リンゴを輸出すればいいではないですか! 新たな販路を確保できますわ!」
国内で売れなくなったのなら、逆にこちらも国外で売ればいい。トロピカルフルーツの多い南の国ならリンゴは逆に物珍しいハズだ。
名案! と鼻息も荒く提案すると、父はもう一度重いため息をついて頭をふった。
「輸出するためには南にあるサンブレル侯爵の領土まで持っていかなければならない。そこへ運ぶまでの道を整備したとしてもひと月はかかる上、そこから船に積んで運んでとなるとリンゴがもたない。それも、暑い国に運ぶとなったら尚更だ。そもそも、道を整備する金もない」
この国は縦長で、海に面しているのは南側だ。南国へ輸出するとなったら確かに、国の南へと運ばなければならない。
「私を無能だと思うかい? こんな父の元に生まれて恨めしいと思うかい? それでも構わないさ。私や娘が、ウィンストンの言いなりになるだって? それがなんだって言うんだ。とにかくこのルミナリアを守るためには、金が必要なんだ。形振りなど構っていられるか! 分かってくれ、ベロニカ」
涙ぐんで聞いていたベロニカは、何かを決意したようにキリッとした顔をすると、父に向かって微笑んでみせた。
「ええ、お父様。分かっております。それが貴族の娘として生まれてきた意義ですもの。受け入れる以外の選択肢はありません」
――ああ、結局、あの男の言う通りだった。
選択権はウィンストンにあったのだ。