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41. ルシアナ、その後

「あー、ルシアナのお姉さんのあの啖呵、良かったわ。今思い出しても笑っちゃう」


 コロコロと笑いながらお茶を飲むベアトリスに、ベロニカは顔を赤くして頭を下げた。

 

「あの時は本当に申し訳ございませんでした。ベアトリス様の婚約発表の場でもありましたのに」

「いーの、いーの。だーれも怒ってないから。ね、ケイリー?」

「ええ。父も母も、男女のいざこざはよくある事だと言って笑っていましたから」


 ケイリーもまた、ベロニカが淹れたお茶を飲みながらルシアナを眺めている。


 デビュタントボールがあった春から季節は移ろい、りんごが色づき始める季節がやって来た。

 ケイリーとベロニカは今、とある目的のために公爵邸を訪れてきている。

 とある目的と言うのは――。


「結婚式まであと2日だって言うのに、ルシアナはウィンストンに何をする気なのかしら?」

「さあ、私にも分かりません。ただ、ウィンストン様に魔法をかけるらしいですよ」


 肩をすくめてみせたベロニカに、ケイリーは納得したように頷いている。

 

「へえ、それはいいね。ならルシアナに任せておけば大丈夫だ。彼女の魔法の腕は、僕も体験済みだからね」


 ――そう。ベロニカとウィンストンは結局、結婚することとなった。


 事の顛末はこうだ。


 ベロニカが婚約破棄宣言をしたその数日後、ホルレグワス男爵をはじめとした、バルドー家の者たちの脱税が発覚した。それがまた実に巨額で悪質だったことから、バルドー家は脱税していた分のお金はもちろんのこと、多額の罰金を課せられて、借金を背負うこととなった。

 爵位までは失わなかったものの、買い漁っていた領地を失い信頼を失ったバルドー家は、射落とされた鳥のごとく一気に地に落ちた。


 そして、一族の存亡の危機に立たされたバルドー家が泣きついてきたのが、このルミナリア公爵家。ウィンストンだけでなく、ホルレグワス男爵家総出で公爵邸へやってきて、婚約破棄を取り消して欲しいと頭を下げたのだ。


 頭を床に擦り付け謝るウィンストンに、ベロニカは手を差し伸べて許してしまった。

 あんな心根の曲がったやつ、わたくしだったら、ざまぁみやがれと追い返してやるのに。

 でもそこが、ルシアナが姉を慕う所でもあり、自慢でもある。


 それに……と、ルシアナはケイリー達と楽しげにお喋りしているベロニカを見た。


 もう心配は要らない。


 今のベロニカなら、ウィンストンに何を言われても大丈夫だろう。むしろ、ここ最近の二人を見ていると、ベロニカがウィンストンを尻に敷いている状態だ。

 

「さあ、義理兄様。切りますわよ!」


 チョキチョキと髪切り鋏を動かして迫るルシアナに、カットクロスを付けられたウィンストンは、血の気の失せた顔で訴えた。

 

「な、なあ……。本当にやるのか? 失敗したらどうするんだ?」

「心配ご無用! ぜーんぶわたくしに、お任せあれ!」

「い……いやっ、やっぱり止めよう! 式は明後日なんだぞ?!」

「まあまあ、ウィンストン様。座って座って」


 椅子から立ち上がって逃げようとするウィンストンの肩を、上から抑えたのはケイリー。ケイリーの身長はすでに、ウィンストンより拳ひとつ分くらい高くなっていた。


「ウィンストン様は近い将来、僕にとっての義理兄様にもなるんですからね。カッコイイ自慢の兄になってもらいませんと」

「ええ。わたくし達の式まで薄毛が進行しないよう、出来うる限りのケアをして差しあげますわ!」


 ケイリーと二人、にこぉと笑いかけると、ウィンストンは肩を落として椅子に座り直した。

 その様子を見てベロニカとベアトリスが、お茶菓子のクッキーを食べながらくすくすと笑っている。


「ケイリーと結婚するまでの間、ルシアナを私の侍女として嫁ぎ先に連れて行きたいって言ったら、ケイリーったらすっごい剣幕で怒ってきたのよ? ほんの数年なんだからいいじゃない。ねえ?」

「ふふふっ、この家にも置いておいたくないと言うくらいですから。ケイリー様って結構独占欲が強いお方ですね」

「ねー」


 正式に王位の第一継承者となったケイリーは、来月立太子の礼が執り行われる。その際ルシアナとの婚約発表もする予定で、ベアトリスはそれまではこの国に留まり、その翌月には隣国へと旅立ち結婚する。

 ルシアナと結婚をするのはケイリーがより成熟して、20歳を過ぎてからの方が良いだろうということで、あと2、3年はお預け状態となったのだが、この間にベアトリスがルシアナを侍女にしたいと言う申し入れがあった。

 これにはケイリーが猛反対して、ベアトリスの侍女を続けるという話は流れ、さらにケイリーは結婚するまでの間、ルシアナが王宮で暮らすよう手筈を整えていたことにはかなり驚いた。


 ケイリー様こそ、ねちっこいじゃない。


 と言いたいルシアナだったが、嬉しい気持ちの方が勝っているので大人しく従うことにした。


 姉の結婚式が終わったら王宮へ向かう予定のルシアナは、ルミナリアの領地運営を引き継ぐために奔走していて、ここ最近はかなりバタついている。

 ルシアナがいなくなっても、領地運営が上手くいくかどうか心配だったけれど、それは杞憂に終わりそうだ。

 これからどうするつもりだったのか、今後の展望を父だけでなくウィンストンにも説明すると、さすがは事業で成功を収めていたバルドー家の息子。飲み込みが早いわ、問題点や改善点を見つけて指摘してくれるわで、大助かりだった。

 ヘアケア製品の開発はこれからももちろん、ルシアナも続けていくつもりだし、理容師の育成にもまだまだ携わりたい。


 ウィンストンの髪を切りながら、ルシアナは気が付いた。


 ――わたくしの夢、いつの間にか叶ってるじゃない。


 ふっと、笑ったルシアナは、仕上げに特性のヘアオイルで整えると、お茶を飲みながらお喋りしている3人に向かって声をかけた。


「じゃじゃーん! 出来上がりましたわ!!」


 長めの髪にオイルをたっぷりと付けてオールバックにしていたウィンストンの頭は、サイドをやや短めにカットして前髪を立ち上げた、アップバングショートになった。


「まあっ! すごいわルシアナ!! ウィンストン様が別人みたいに見える」 

「ええ、爽やかさが出て素敵ね」 

「それに以前よりずっと髪を短くしたはずなのに、むしろ薄毛だって分からないくらいだよ」


 絶賛する3人に気を良くしたルシアナは、ウィンストンに手鏡を渡して自分の姿を見てもらった。


「いかがです? 義理兄様」

「……本当だ。どうなってるんだ。短いのに……不思議だ……」

「薄毛が気になるとつい長く伸ばして隠そうとしがちですが、こう言うつむじの所が薄くなっている場合はむしろ、短くするのが正解ですわ」


 やりがちな事だが、髪を長くするとどうしても髪の毛が寝てしまう。そうすると地肌が見えやすくなってしまうので、短くして髪が立ち上がるようなヘアにした方が、薄毛をぼかしやすいのだ。


「それからドライヤーで髪の根元が潰れないようにフワッと乾かして、オイルをつける時には全体を根元から立ち上げるように。最後にピタッとさせる所はきちんと整えてメリハリをつけると、なおかっこよく仕上がりますわ」

「さすがルシアナだわ! ウィンストン様、カツラを被らなくたって充分素敵ですよ」


 歩み寄り一緒に鏡を覗くベロニカに、ウインストンは涙ぐんだ。


 今なら何故ウィンストンが、ベロニカの髪をあそこまで馬鹿にしていじっていたのか分かる気がする。

 ウィンストンはベロニカの同じように、自分の髪の毛に強いコンプレックスを抱いていた。

 けれど2人の反応は違った。

 ベロニカは内にこもる事で自分を守り、ウィンストンは他者を攻撃することで自分を守っていた。――そういうことだと思う。


「ルシアナ……」

「はい?」

「ありがとう」


 ボソリと呟くように言ったウィンストンに、ルシアナはわざと耳を傍に寄せた。


「聞こえませんでしたわ。もう一度お願いします」


 うぐぐっ、と顔を赤くしたウィンストンはバカみたいに声を張上げた。


「あーりーがーとーうーーーー! これでどうだ?!」

「ふふふっ! よーく聞こえましたわ、義理兄様」


 部屋いっぱいに広がる笑い声。


 かつての自分の夢。

 それは自分のヘアケアブランドを作ることでもなく、一等地に店を構えることでもなかった。

 

 魔法使いになりたい。


 沢山の人を笑顔にしたい。


 ルシアナは今、夢を現実に変えている。


「髪の毛の悩みなら、このルシアナ・スタインフェルドにお任せあれ! ですわ!!」





               おわり

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