4.ルシアナ、本性を知る(2)
「バカ言えよ、あんな田舎のいも女」
「そのいも女に言い寄っているのはどこの誰だ?」
「あれでも王族の血が流れる公爵家の娘だ。それ以上は言わなくたって分かるだろ? ジャングル頭に加えてあの髪色だ。あれじゃあプラチナブロンドじゃなくて老婆のようだよ。婆さんの相手なんてごめんだね。子供は作ってやるが、夜の相手はほかの女にして貰えばいい 」
「うわー、ウィンストンはさいてー男だな」
「そうでも無いさ。高貴な血筋が欲しいバルドー家は公爵家の婿養子になる。そして貧乏なルミナリア公爵は金を手にする。ウィン・ウィンじゃないか」
ウィンストンが婿養子としてスタイルフェルド家に入れば、血統を重んじる貴族の世界においてバルドー家の立ち位置はぐっと良くなる。って言いたいのね。
もしかしたらとは考えてはいたものの、実際に聞いてしまうとかなりの衝撃だ。
「バルドー家は世間じゃ、金で成り上がった貴族だと馬鹿にしてくるがね。金で血筋も買えるんだよ。はっはっはっはっ! 」
高らかに笑うウィンストンの声。
これ以上は聞いていられない。
もう行きましょう、と声をかけようとしたところで、ベロニカがフラリと地面に手をついた。
「お姉様っ!?」
「誰だ!」
しまった。思わず声を出してしまった。
慌てて口に手を当てたが、隠れるよりも早く窓が大きく開いて人影がこちらを見てきた。
「あっ……う、ウィンストン様……」
「これはこれは、ベロニカ嬢。こんなところで何をしていらっしゃるので?」
「そ、その……ええと……」
外へと続く大きな窓からウィンストンが近付いてるが、ベロニカは目に涙をたっぷりとためて狼狽えている。オロオロとして言い返せない姉に代わってルシアナが先に口を開いた。
「何をしてらっしゃるじゃないわっ! 全部聞きましたわよ! 酷いではありませんか」
「君は……ベロニカの妹君、ルシアナ嬢かな?」
「ええそうよ」
「盗み聞きした挙句に非難してくるとは。そちらこそ酷いではありませんか」
「なんですって?」
「ルシアナ嬢、あなたはまだ子供だからきちんと理解出来ず心の整理が追いつかないのかもしれないけれど、我々貴族の間の婚姻などそんなものですよ。愛だの恋だの、そんな甘い幻想を抱いての結婚など全く持って馬鹿馬鹿しい。そう思うでしょう? ベロニカ嬢」
「あ……ぅ……」
ルシアナと同じ翡翠色をした瞳からボロボロと涙が零れ、唇を震わせている。
お互いに好きあっていると思っていたのに、相手からはただのビジネスだと思われていただなんて。
でもきっと、お姉様が一番傷付いているのはそこの部分じゃない。お姉様にだって多少なりとも政略結婚の覚悟はあったはずだ。
「貴族の婚姻がどんなものなのか、そのくらいは分かっていますわ。けれどお姉様の悪口を言っていたのは聞き捨てなりません」
「悪口?」
「頭がジャングルだとか、老婆のようだとか。それに我が家が貧乏だって話も聞こえましたわ」
「はっはっはっ! それは思い違いだよルシアナ嬢。悪口じゃない。ただ事実を述べただけさ」
うううううっっ!! あったまに来た、この男ーーっ!
怒りで頭に血が上るルシアナに、ウィンストンはニタニタと下品な笑みを浮かべてなおも喋り続けている。
「実際そうだろう? ルミナリアにあるのは見渡す限りのりんご畑だけ。領民だって可哀想じゃないか。無能な公爵の領地に生まれてしまったおかげで、一生ひもじく、惨めに暮らさなきゃならないんだからね。あぁ君なんて、公爵家の娘だっていうのにこんなに髪の毛を短く切ってしまって。髪の手入れが出来なくなるほど、家計が苦しくなっているとはね」
ルシアナのプラチナブロンドの髪に手を伸ばしてきたウィンストンの手を、パシりと払い除けた。
ゲスな上にお洒落というものが分からない輩に、わたくしの大事な髪を触られるなんて虫唾が走るわ!
「お姉様、こんな方と結婚なんてしたらいけませんわ。夜の相手はほかの女にだなんて言う男と一緒になったらろくな結婚生活が待っていませんもの」
「おいおい、随分と出しゃばりな妹だ。だがね、ベロニカは俺と結婚するしかないさ。なにせスタインフェルド家と領民の生活がかかっているんだからね。選択権はむしろバルドー家にあるんだよ、お嬢ちゃん」
「そんな事ありませんわ! 貴方なんかじゃなくても、貴族の男子なんて他にもおりますもの」
威勢よく言い放ったルシアナの言葉に、ウィンストンは「ぷっ」と笑って息を噴き出した。
「何がおかしいの?!」
「いやぁ、まあね。君はまだ子どもだから分からなくても仕方がない。貧乏公爵のところへ息子を婿養子へやりたいなどと思う家がどれほどあるのかって話しさ。絶世の美女だったなら話しは別だが、ベロニカ嬢はあー、こう言ってはなんだが世の男を魅了するほどの器量良しでもない。とくにその頭だ。髪は女の命って言うが、うん。本当にそう思うよ」
シガールームからこちらの様子を伺っている他の男たちが、笑いを堪えているのが分かった。笑い声を誤魔化すような咳払いや、わざとらしく息を吐き出す音が聞こえてきた。
「そういうわけでだな? 余程資金が潤沢でなければ、ここへ婿入りするなんて言うのは貧乏くじってもんだろう? そのくじを僕は引こうっていうのさ。こんなにありがたい話はない」
ギリギリと奥歯を噛み締めることしか出来ず、返す言葉が見つからない。
悔しい! 悔しい!! 悔しい!!!
「……もういいわ、ルシアナ。行きましょう」
「お姉様……」
「私は今夜はこれで失礼します。皆様は引き続きパーティーをお楽しみ下さいませ」
ベロニカは目と鼻を真っ赤にしたまま力なく微笑むと、軽く一礼してルシアナの手を取り、そのまま会場を後にした。