39.ベロニカ、婚約者と久しぶりに再会する
癖の強い髪の上段を、カチューシャのように編み込んだ髪型。4年前、公爵邸で開かれたパーティーと全く同じ髪型を、ベロニカはあえて選んだ。
ルシアナには気分転換に、いつもとは違う髪型にカットしてみてはどうかと提案されたことがある。けれどベロニカは今も、髪の毛を切りそろえるだけに留めておいている。
ルシアナの提案する斬新なヘアスタイルが嫌という訳ではない。むしろルシアナのようにバッサリ切ってしまえたら、頭が軽くなって清々しい気持ちになれるのではないかとすら思う。
単純にこれは、ベロニカの意地だ。
ウィンストンに老婆だのジャングルだのとバカにされた、つまらない仕返しに過ぎない。
いや、ウィンストンだけではない。
男性に限らず女友達もベロニカの髪の毛を、内心では酷いものだと思われていたことくらい知っていた。
友達がベロニカの前で、髪の毛の話題に触れることに慎重だったし、気遣ってくれていてくれたから。
ウィンストンはみんなが思っていたことを、ただ言語化しただけ。その事が分かっていたからこそ、『馬鹿な男がただ、悪口を言っているだけに過ぎない』と受け流せなかった。
あの日以来、ずっとルシアナが懸命に手入れをしてくれたお陰で、ベロニカの髪は以前よりもずっと素直で扱いやすい髪質になり、白髪ではなくプラチナブロンドと呼ぶに相応しい艶のある髪に変わった。
そして母オリビアが主催したサロンでは、友達から初めて髪が「かわいい」「綺麗」と言われ、少しだけ、自分の髪が好きになってきた。
いつも憂鬱だった鏡の前に立つ時間が楽しみへと変わり、自然と笑みがこぼれてしまう。
今の自分なら、何を言われようと大丈夫。
だからウィンストンに久しぶりに会う今日は、この髪型で挑みたい。
たとえあの人が覚えてなくても。
全ての支度を終えたベロニカは、舞踏会の行われる会場の近くでウィンストンの到着を待っている。
手紙には当日、会場に直接来ると書いてあった。
何人かの顔見知りと挨拶を交わしている内に、ようやくウィンストンが現れた。
背が高く、すっと伸びた手足と、女性ウケする顔立ち。コテコテと刺繍や装飾品があしらわれた服に身を包んでいるのは、今も昔も変わらない。
この人のことを、どうして私は好きになったのかしら……。
自分に明らかな好意を寄せて貰えるのが初めてだったベロニカは、ウィンストンにちょっと言い寄られただけで、あっという間に恋に落ちてしまった。ウィンストンの容姿と上辺だけの甘い言葉にすっかり騙されて、当時の自分は本当に馬鹿だったと、今なら思う。
そして甘い夢から覚めて、悲劇のヒロインになろうとしていた自分は、さらに哀れな大馬鹿者になるところだった。
――ルシアナ、私、頑張るわ。
ウィンストンはこちらにはまだベロニカに気がついてない。小さく息を吸い込んだベロニカは、こちらからウィンストンに声を掛けることにした。
「ウィンストン様、お久しぶりでございます。お元気でしたでしょうか?」
柔らかく微笑んだベロニカに、ウィンストンはこちらを見つめたまま、数秒固まった。
「……ああ、ベロニカか。歳をとって君も少しは大人びた様だな。ふむ、まぁ、少しはマシになったと言ったところか」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。ウィンストン様は相変わらずそうですね」
良くも悪くも。
という言葉は付け足さず、ニコリとだけ笑ってみせた。
一瞬だけ拍子抜けしたように口を小さく開けたウィンストンだったが、すぐに「行くぞ」と言って会場の中へと入っていった。
「おお、これはマルティン殿。久しぶりです」
会場へと入ったウィンストンが、すぐに同い年くらいの男性に声を掛けた。
「ウィンストン殿ではないか! 遊学から戻ってきたのかい?」
「ほんの何日か前にね。私の婚約者の妹が社交界デビューするというので、今日に間に合うようにと帰ってきたのさ。ああ、そうだ! 紹介が遅れた。こちらが私の婚約者のベロニカ・スタインフェルドだ。ルミナリア公爵の孫娘で……」
「ベロニカ様、こんばんは。前回踊った時から練習して参りましたよ。今日も一曲、お相手願えますか?」
「もちろんです。後でお手並み拝見と致しましょう」
マルティンとくすくす笑いあっていると、会話に入れないウィンストンがわざとらしく咳払いをした。
「あー、マルティン殿。私の婚約者とは知り合いでしたか」
引っ込み思案でビクビクしていたベロニカしか知らないウィンストンは当然、マルティンとは知り合いでないと踏んでいたのだろう。あてが外れたウィンストンは、歪みそうになる顔を堪えるかのような笑みを顔に貼り付けている。
「ええ。以前パーティーでお会いした時に。俺はあんまりダンスが上手くないのでね。あの時はどちらかというと、ベロニカ様に俺がリードされてしまいましたよ。はっはっはっ」
「パーティーですもの。楽しければそれでよろしいのでは? 私は楽しかったですよ」
「そう言って頂けると心が救われますよ。いやぁ、こんな素敵な女性と結婚できるとは、ウィンストン殿が羨ましい限りですよ」
「ははっ、まあダンスくらいはきちんと踊れないと華がないですからね。なんせほら、この見た目ですから」
暗にベロニカの容姿が地味だと言いたいウィンストンに対して、マルティンは一瞬顔をしかめた。
「またそんなご謙遜を。そんなことを言っていると、すぐ他の男に掻っ攫われますぞ!」
ウィンストンの肩を叩きながらもう一度笑ったマルティンは、「また後で」と言って別の男性に話しかけに行った。
その後もウィンストンにはねちっこく嫌味を言われ続けたが、少しも気にならなかった。
かつての自分は女性ばかりの茶会ならまだしも、男性も多く集まるパーティーに足を運ぶ事は憂鬱だった。
けれど今は違う。
ほんの少し自分に自信が持てたというだけで、こんなにも世界が変わるのかと思うほど、人と会うのが楽しい。ここ最近のベロニカは積極的に社交界へと足を運んでいるおかげで知り合いも多く、次々と挨拶を交わしてはお喋りを楽しみ、初めて会う男性ともダンスを踊った。
ウィンストンのことなど、もう知らない。
あんな人に、エスコートなどして貰わなくても構わない。
先程会ったケイリー王子もまた、随分と雰囲気が変わっていた。
ベロニカが王宮に到着してルシアナから、こっそりケイリー王子のことについて聞いてはいたが、あの髪型をみて大体の事情は把握できた。
ケイリー王子もまた、ルシアナに救われたのだと。
ケイリー王子はベロニカと話し終えてからずっと女性たちに取り囲まれてしまっているが、あの感じなら大丈夫だろう。
なにせ、ルシアナを見るケイリー王子の視線が普通ではない。
周りの女性たちを羽虫のごとくうっとおしそうに見るのに対して、ルシアナが他の男性に話しかけられる度に視線をぎらつかせている。
ベロニカは心のうちでルシアナの幸せを願う。
どうか妹は幸せな結婚が出来ますように、と。




