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38.ケイリー、キラキラオーラを出しまくる(2)

 先程まで踊っていたデビュタントたちは、今度は壇上にいる国王夫妻に挨拶をするため列を成している。

 最後尾に並んだルシアナの番が来ると、ルシアナはケイリーの腕に添えていた手を離して、座っている王の前へと進み出た。


「ルミナリア公爵の孫でサーマン・スタインフェルドの子の、ルシアナ・スタインフェルドと申します。国王陛下、並びに王妃陛下にご挨拶申し上げます」


 カーテシーをするルシアナに、国王夫妻は目を細めた。


「ベアトリスからそなたのことは聞いておるぞ。会うのは初めてだな。利発そうな子じゃないか。なあ、サーマンよ」

「恐れ入ります」

「アルベリア伯爵夫人から勧められて貴女が手掛けた製品を使ってみているけれど、どれもこれまでにない素晴らしいものだったわ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「それこら私が聞いた話では、商品開発だけに留まらず、変わった髪型を提案しているのだとか。貴女自身も随分と短い髪の毛だけれど……不思議ね。みずぼらしさは感じられないわ」


 ルシアナの今日の髪型は、女性たちの間ではやっているハーフアップスタイル。カールした髪の毛の上半分は複雑に編み込まれ、ヘアアクセサリーが煌めいている。

 上流階級の者だけが集まっているこの舞踏会でルシアナの髪の短さは際立っているが、華やかさが足りないようにも、ましてや下賎の者にも見えない。

 

「貴族の女性はワンレングス・ロングヘアだけという時代は終わりました。似合う髪型、自分のテンションが上がる髪型をもっともっと、楽しめば良いのです。ショートスタイルでも、十分ヘアアレンジは楽しめますわ。わたくしがそれを証明してみせます」

「こっ……こら、ルシアナ」


 ルシアナの挑発的な発言に、両親は青ざめてペコペコと平謝りしている。


「申し訳ありません、陛下。うちの娘ときたら」

「なんだって貴女はいつも……! きちんと躾直しますので、今日のところはどうか御容赦を」


 国王夫妻の側でルシアナの話を聞いていたベアトリスが、くすくすと笑いながら進み出てきた。

 

「お父様、お母様。私もルシアナの意見に同意します。私たちはもっと自由にヘアスタイルを楽しむべきです。私もこのパーティーが終わったら、少し短く切ってもらおうかと思っているくらいですもの。新たな自分に出会える予感にワクワクしています」

「あらあら、うちの娘のハートをすっかり掴んでしまったみたいね」


 コロコロと笑う王妃に、ベアトリスは口角を上げた。


「ルシアナにハートを掴まれた者が、他にもおりますよ。お父様、お母様」

「おや、誰だい?」

「もしかして、そちらの男性ではない? 踊っている時から気になっていたのよ。会場にいる女性たちの視線が釘付けになっていたわ」


 国王夫妻――ケイリーの両親は、ルシアナをエスコートしていたのが自分の息子だとは、まだ気づいていない。

 

 最後に両親と顔を合わせたのはいつだったか。

 引きこもってからというもの最初の一、二年はよく部屋へと様子を見に来てくれていたが、一向に良くなる気配のないケイリーに、両親は手を差し伸べることをやめてしまった。

 ケイリーの他にも、二人の息子がいる。

 当然と言えば当然だったのかもしれない。

 わざわざ病んだ息子に時間と手をかけなくても、まだ二つの希望があるのだから。


 明らかにムッとしたルシアナの顔を見て、ケイリーは逆に落ち着きを取り戻した。

 薄暗い闇に心が引きずり込まれそうになっても、ルシアナがいれば大丈夫だ。


「堪えて」

「ですが……」


 ルシアナは皮肉の一つや二つ、言ってやろうと思ったのだろう。でも、ケイリーにはその気持ちだけで十分だった。


「ご自分たちの息子をお忘れになるほど、月日が流れてしまっていたのですね。随分長らく、僕は病に伏していたようです」

「息子って……まさか、ケイリー? ケイリーなの?!」


 王妃は椅子から立ち上がって、ケイリーの元へと駆け寄ってきた。


「あぁ……顔をよく見せてちょうだい。本当だわ。ケイリー、貴方なのね」

「まさか本当に……。お前、よくなったのか」

「お陰様で。両陛下には御心配と御迷惑をお掛けしました」

「それにしてもその髪型は……」


 王妃がケイリーの頭に目を向けた。

 もしかしたら蛮族のする頭だとか言うかもしれない。貴族や王族の中には、伝統を崩されることを酷く嫌う者が少なくない。

 ルシアナの進める改革に、ケイリーが出来る手助けといえばこれしかない。

  

「いかがでしょう? 珍しい髪型に、両陛下も驚かれたのではありませんか?」


 自分が出来る中でも、最上だと思う笑み浮かべてみせた。

 ルシアナが側で「うわっ、でた! キラキラビーム」と小声で言っている。

 ルシアナの為なら、見世物にでも何でもなってみせる。

 

「え……ええ、そうね……でも貴方にとてもよく似合っているわ」


 ケイリーを生まれた時から知っている王妃でさえ、目を瞬かせるほどの破壊力。

 このヘアスタイルが、ケイリーによく似合っていることが証明された。

 

「ルシアナが、僕が無理をせず、自分の魅力を引き出せるようにとカットしてくれました。彼女には感謝してもしきれません」

「そうだったの……。何があったのか、詳しいことは後で聞かせてちょうだい。まずはルシアナ、礼を言いましょう。ありがとう」

「ああ、後で十分な礼を致そう。サーマンよ、誠に良い娘を持ったな」

「身に余るお言葉にございます」

「それでは僕たちは、パーティーを楽しんでまいりますので。ルシアナ、行こう」

「ええ、失礼させていただきます」


 国王夫妻への挨拶を終えたルシアナは、呆れたように声を上げた。


「自分の息子が分からないなんてことあるのかしら? 信じられませんわ」

「それほど君の腕がよかったってことじゃないか。両親が思いもよらない程に、僕の雰囲気をガラリと変えてくれたってことさ」

「まあ、そういうことにしておきますわ……あっ! お姉様!!」


 ルシアナが小さく手を振った先には、ふわふわの長いプラチナブロンドの髪をハーフアップにした女性がいた。


「ケイリー様、暫くぶりですね。姉のベロニカでございます。男性の成長期は凄いですね。ルシアナと踊っているのが殿下だと気がつくまでに、時間がかかりました」


 朗らかに笑うベロニカ。その視線は、しっかりとケイリーを捉えている。


 ――彼女はこんな人だっただろうか?


 以前公爵領を訪れた時のベロニカは、妹のルシアナとは対照的にいつもオドオドとしている印象があった。

 誰かの陰に隠れていたい。

 そんな心の内が見え隠れしているような、そんな人だったはずだ。


 しばらく呆気にとられたケイリーだったが、直ぐに笑みを返した。


「僕も今、時の流れに驚いていたところです。以前の貴女も当然魅力的でしたが、今はその魅力が何倍にも膨れ上がったようです。思わず見とれてしまうほどですよ」 

「まあ、ケイリー様は女性を煽てるのもお上手になられて」

「全て本心ですよ」


 三人で和やかに笑い合う中、ベロニカの後ろからオイルがたっぷりと塗られた髪をオールバックにしている男性がやって来た。

 ルシアナが神経を張りつめ、身構えるのが分かった。


「これはこれは、ケイリー殿下ではありませんか。私を覚えておいででしょうか? ベロニカの婚約者のウィンストン・バルドーでございます」

「久しぶりだね。もちろん覚えているよ。遊学から戻ってきたのだとか。いかがお過ごしでしたか?」

「大変有意義な時間をすごせましたよ。今度是非、ゆっくりと話して差し上げたいくらいです」

 

 ……それから、とウィンストンはその視線をケイリーから隣にいるルシアナへと移した。


「ルシアナ嬢も久しぶりだ。まさか王子殿下にエスコートしてもらっていたとは、驚きだよ。君の性格を鑑みれば、エスコートしてくれる相手を探すのに、苦労するんじゃないかと心配していたくらいさ」

「まさかウィンストン様が、わたくしを心配なさってくれる日が来るとは思いもよりませんでしたわ」


 ルシアナとウィンストンは、犬猿の仲という例えがピッタリだ。笑っているのは口元だけで、目で互いに威嚇し合っている。


「ルシアナ嬢には僕からエスコートの申し出をしたんだよ。快く受け入れて貰い、ほっとしているくらいさ」

「そうでしたか。ルシアナ嬢は確かに見た目は悪くはないが……まあ、人それぞれ色んな趣味がありますからね。かく言う私も、周りからは変わり者だと思われていることでしょう」


 この男はまた、呆れるほど愚かだ。なぜこれ程、自分の妻となる人を貶めようとするのか。

 ケイリーとルシアナとが同時に口を開こうとした瞬間、先に声を出したのはベロニカだった。

 

「私を婚約者に選ぶなんて変わっている。という事でしょうか?」


 うっすらと笑んだその顔は、姉妹とだけあってルシアナとよく似ていた。ただしベロニカは普段温和で、顔つきももっと穏やかなことから、ルシアナのそれよりも凄みを感じる。

 一瞬、ベロニカの表情と声音に驚いた様子のウィンストンだったが、すぐにいつものシニカルな笑みを浮かべた。

 

「他にどんな意味がある? 王家と遠縁という以外に、お前に何があるって言うんだ」

「……折角のルシアナの晴れの日を、台無しにしたくはありません。これ以上はやめておきます。ケイリー様、それからルシアナも、また後でゆっくりお話しましょう。失礼致します」


 一礼をしたベロニカは優雅に身を翻すと、人混みの中へと去っていった。


「おい、まて……!」


 置き去りにされたウィンストンはすぐに追いかけることもせず、なおもケイリーに話しかけてきた。


「いやぁ、困った女ですよ。自分の部が悪くなるとああですからね」

 

 不満を垂れながらもベロニカの様子を伺っているウィンストンは、チラチラと視線を他所へと移している。


 素直に追いかければいいものを。

 ベロニカの後を必死で追い掛ける姿など、絶対に人に見られたくないとでも言いたげなウィンストンの様子に、ケイリーは笑いすら込み上げてくる。ルシアナに至っては肩を震わせていた。


「おい……なんだよ……」

 

 一人でいるベロニカに、早速若い男性が声を掛けているのが人混みの隙間を縫って見えた。ベロニカは差し出された手を取ると、人々が踊るホールへと入っていく。


 婚約者のいる女性が、他の男性と踊ってはいけないなんてことはない。だが普通、エスコートをしている男性を介して女性に聞くものだ。 

 すっかり取り残されてしまっまウィンストンは、鼻をふくらませながら「失礼」と短く言うと、どこかへ行ってしまった。


「ぷっ……くくくく……っ!!」


 噴き出したルシアナにつられて、ケイリーもぷっ、と息を漏らしてしまった。


「一人でいるお姉様を、男性たちが放っておくわけないじゃない」

「そうだね。さっきも言ったけど、ベロニカ嬢はより美しい女性になられていて驚いたよ。ルシアナ、君のおかげなんだろう?」


 ベロニカも自分と同じように、ルシアナが変えてくれたに違いない。そう考えたケイリーにルシアナは首を横に振った。

 

「違いますわ。わたくしはただ、髪の手入れをして差しあげただけですもの。あれはお姉様が本来持つ美しさです」


 ルシアナはホールで楽しげに踊るベロニカを見て、目を細めている。

 確かにベロニカの容姿が大変貌を遂げたわけではない。体型が変わったとか、顔の作りが変わったとか、髪をバッサリ切ったのでもなく、変わったことといえば髪にツヤが出て、ぼわんと広がっていた髪がおちついたくらいだ。

 それなのにベロニカは、思わず目を奪われてしまうような魅力的な女性になった。


 内面が美しければいいと思っていたケイリーは、一度はルシアナに自分が間違っていたと謝った。けれど、それもやはり間違いだったかもしれない。と、今のベロニカを見て思う。

 自信を持ち内面が磨かれたからこそ、ケイリーはベロニカをより美しくなったと思ったのだから。


 そして結局のところ、ケイリーとルシアナの価値観は同じところにあったのだと気づいた。

 ルシアナはきっと、内面を輝かせるために外見を磨くのだと、そう言いたかっただけだ。


「ルシアナ……」

「はい?」

「もう一曲踊ろう!」

「えっ? えっっ?! わたくしワルツ以外は練習してな……ひゃぁぁ!」


 こんなにも心が軽くなり、身体中に喜びが駆け巡ったのはいつぶりだろう?

 ホールへと引っ張りだされたルシアナは、戸惑いながらも懸命に、ケイリーの動きに付いてこようとステップを踏んでいる。


 ――やっぱり、この女性(ひと)が好きだ。


 ケイリーがルシアナの内面にどうしようもないほど惹かれていることは、間違いない。

 

 

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