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37.ケイリー、キラキラオーラを出しまくる(1)

 アイロンのきいたシャツと、白地に金糸で刺繍の施されたベストにジャケット。ケイリーの身体にピッタリとフィットして違和感は無い。


 長らく引きこもり生活を送っていたのに、ケイリー付きの従僕はどこからか、ケイリーの身体に合った正装用の服を持ってきた。


『いつかこんな日が来るだろうと、ご用意しておきました』


 そう言って彼は顔を綻ばせながら、この服を着せてくれた。

 

 こんなにも自分のことを心配して、思っていてくれる人が近くに居たとは。

 自分の至らなさを反省しつつ、今は項垂れている場合では無い。前を向かなければ。


 ケイリーは王宮の長い廊下を歩き、デビュタントボールが開かれる会場へと向かう。

 ホールにはすでに多くの招待客が控えており、使用人たちも準備の為に動き回っていた。

 こんなにも多くの人で溢れ、騒がしい場所へ来るのは久しぶりだ。

 昔は人々の注目の的となる事は苦痛ではなかった。幼い頃からずっとそうだったし、関心を寄せられるのが普通のことだと思っていた。

 ルシアナが指摘していた通り、以前の自分が見た目を気にしたことがなかったのは、その視線の全てがケイリーの容姿を嫉妬も含めて、好意的にみていたからだ。

 自分の見た目に対する劣等感など欠片ほども持っていなかったから、あれほどの自信を持てていたのだろう。


 ドクドクとのた打つ心臓を落ち着かせるために、ケイリーはひとつ息をつく。


 落ち着け。怖くない。大丈夫だ。


 汗で冷える手を、誰かがそっと掴んできた。


「ルシアナ……」

「来て下さると思ってましたわ」


 彼女の顔を見ると、不思議な程に力が湧いて動悸が治まってきた。自分に『大丈夫だ』と暗示をかけるよりも、余程効果がある。


「来なかったらどうするつもりだった?」

「一人で道化のように踊ってやるつもりでしたわ」

「あはは。それなら勇気をだして来てよかった」


 二人でしばらく笑いあっているうちに、いつの間にか手汗が引いている。

 先程までの恐怖は、もう感じない。


「改めて……ルシアナ嬢」


 ケイリーは笑いを収めると、ルシアナの前に跪いて手を差し出した。

 本格的に社交界へ出る前に引きこもってしまったケイリーだったが、こういった場でどう振る舞えばいいのかは分かっていた。

 式典や祭典などの行事や、王宮に来た人達との交流……以前は光ある所で、常に人々の注目を集めてきたのだ。自然と動作が身に付いていた。

 

「今日は僕に、貴女をエスコートする名誉を頂けませんか?」

「……もちろんですわ」


 はにかんだルシアナの顔は、うっすらと桃色に染まった。

 いつも自信に満ち溢れたルシアナが、こんな照れくさそうな顔もすることがあるのだと知って嬉しくなる。

 重ねられたルシアナの手を引いて思わず抱きしめたくなったケイリーだが、舞踏会の始まりを告げるファンファーレが、ホール中に鳴り響いた。


「さあ、行こうか」

「ええ」


 ホールの前方、数段上がった場所には、王と王妃――つまりケイリーの両親と姉のベアトリスとが、会場を見渡すようにして座っている。

 名前を呼ばれたデビュタント達が次々とホールの中央へと並ぶ中、ルシアナも他の令嬢と同様にケイリーのエスコートを受けながら並んだ。


 チラリと王族席へと目を向けると、ベアトリスと目が合った。目を見開き口元に手をあてる彼女に微笑んでみせる。

 どうやらベアトリスは、ルシアナの隣りに居るのが自分の弟だと気付いたようだ。


 デビュタント全員が並び終え王が祝辞を述べると、演奏が始まった。ルシアナの手はさっきまでのケイリーのように汗ばんで冷たく、顔も強ばっている。


 ひとりで踊ってやる気だった、なんて言っていたのに。

 なんだかルシアナが小さくか弱い生き物に見える。

 威勢のいい態度を取るのは案外、自分の弱い部分を隠したいからなのかもしれない。

 

 クスリと笑ったケイリーは、ルシアナを引き寄せたタイミングで耳打ちした。


「大丈夫。ただ演奏に耳を傾けて、僕のことだけ見ていればいいから」

「そ……そんなことを仰るなんて、ケイリー様は随分と余裕があるようですね」

「君が僕に、魔法をかけてくれたからね」


 真っ赤になって俯いてしまったルシアナに、ケイリーは背筋を伸ばすように促す。


「ほら、顔を上げてよ。姿勢が崩れて折角のダンスが台無し」

「もうっ……」


 視線をさ迷わせるルシアナが可愛くて仕方がない。ここが公の場で良かった。理性を保っていられる。


 曲が終わって礼をすると、ルシアナの両親が待っていた。デビュタントボールの真の目的――君主へ挨拶しに行くためだろう。


「ルシアナや、そちらの方が王宮騎士団の……?」

「いやですわ、お父様。ケイリー殿下です」

「あーぁ、やはりそうでしたか!」


「絶対分かんなかったくせに」とルシアナが、胡散臭そうな顔をしながら小声で呟いていた。


「まさかとは思いますが、ケイリー様も娘の餌食になったのでしょうか」


 オリビア夫人がケイリーの頭髪を見て、表情を曇らせた。

 

「餌食とはまた随分な物言いですね。似合いませんか?」

「いえ、とても良くお似合いです」


 乙女のように頬を染めて恥じらう妻を見た夫が、今度は顔を曇らせた。


「ごほんっ……。それではルシアナ、陛下のところへ挨拶に行こうか」

「はい、お父様」

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