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34.ルシアナ、軽くディスられる

 舞踏会まであと数日と迫ってきたところで、ルシアナの家族が王宮に到着した。報せを受けたルシアナは、客室へと向かっている。


「お父様、お母様、それからお姉様も! お変わりございませんか?」


 扉を開けると懐かしい顔ぶれが揃っていた。これまでずっと家から出たことなかったルシアナとしては、ほんの2ヶ月ちょっと会わなかっただけでも随分と久しぶりに感じられる。

 

「ああルシアナ、私たちは元気にしていたよ。お前も王宮で上手くやっていたかい?」

「もちろん。新しい魔道具の予約もたんまりと頂いております」

「うふふ、抜け目がないわね」


 しばし4人で笑いあってから、母が笑顔を収めて「ごめんなさいね」と謝ってきた。


「私ったら、すっかり貴女のパートナーの事を忘れていたわ。こんなに大事なことを忘れてしまうなんて、母親失格ね」

「そんなこと仰らないでください。わたくしが急に領地を離れることになって、お母様もいつも以上に忙しくなってしまったんですもの」


 ルシアナにパートナーがいないことは、一応母に手紙で伝えておいた。

 父のみならず、母や姉もルシアナが居なくなった穴を埋めようと、必死に領地運営を頑張ってくれていたのはわかっている。責める気など毛頭ない。


「それで、ベアトリス様が探してくださるとの事だったけれど、見つかったの?」

「はい。王宮の騎士団に所属している方を紹介して下さるそうですわ」


 一週間ほど前にベアトリスから、この人はどうか? と打診があった。もちろんルシアナに断る理由などなく、こんな急な話に付き合ってくれるだけでもありがたい。

  

「良かったわ。ベアトリス様に御礼をしに行かねばならないわね」

「それでは謁見出来るかどうかお伺いしてきますわ。長旅でお疲れでしょうから、まずはゆっくりとお休み下さい」

「すっかりベアトリス様の侍女仕事が板についているようで、母は安心しましたよ。それではお言葉に甘えて、お茶を頂きましょう」

「はい。それでは失礼致します」


 

 客室から出たルシアナは、ベアトリスの部屋へと戻った。

 ベアトリスもまた、ダンスのレッスンが終わって部屋へと戻ってきたばかりで、身なりを整えていた。


「ルシアナ、御家族が到着なさったんですって?」

「はい。お陰様で、無事に王宮まで来れたようです。母がベアトリス様に、わたくしのエスコート役を探して下さった御礼を言いたいそうなのですが」

「まあ、気にしなくていいのに。ルシアナを急に呼び付けてしまったのは私の方なんだから。でも御家族には舞踏会の前に挨拶しておきたいわ。都合をつけましょう」

「ありがとうございます」


 ルシアナがお辞儀をしていた頭を上げると、ベアトリスが「ところで……」と何やらモジモジと言いにくそうに切り出した。


「ケイリーから何か言われていないかしら?」

「ケイリー様から、ですか?」


 ケイリーがルシアナにダンスの練習に付き合ってくれていることは、もちろんベアトリスも知っている。

 最初に報告した時なんて物凄い喜びようで、侍女の仕事なんてしなくていいから、ケイリーの所へ行ってきなさいと言われたくらいだ。

 流石にそれはまずいからと断ったが、ベアトリスがケイリーを相当に心配してきたであろうことは感じ取れた。


 ――心を閉ざしてしまったケイリーを救いたいの。でも、もうどうしたらいいのか分からなくて……。


 そう、ベアトリスは吐露していた。


「ほら、その……デビュタントボールの当日についてとか……」

「??」


 ごにょごにょと歯切れの悪い。

 ケイリーもそうだ。ダンスの練習に行く度に何かを言おうとするのだけど、結局いつも「やっぱり何でもない」とか言ってはぐらかされてしまう。


「えぇと、練習だけなのかなー……なんて思ったりして」

「ベアトリス様、申し訳ありませんがどういう意味なのか、わたくしには分かりかねます。ケイリー様もよく何か言いたげにするのですが、当日に何かあるのですか?」


 小さな子供みたいに両手の人差し指をツンツンさせていたベアトリスが、「やっぱりケイリーも」と言って目を輝かせた。


「実はね……ケイリーがルシアナを、エスコートしてくれたらいいんじゃないかって思っていたのよ」

「ええ?! 」

「私からルシアナに提案して、無理やり舞踏会に引っ張り出すのは良くないでしょ? だからケイリー自ら申し出てくれるのを待っていたんだけど……。ダンスの練習に誘うまでは出来たのだから、その先もって思ったけど、なかなか難しいわね」


 口を開きかけては閉じていた理由が、まさかエスコートの申し出だったとは。

 人目を避け、引きこもり生活をしているケイリーが迷うのも無理はない。

 とはいえ、ルシアナにはもう相手がいる。今更、他にエスコート役が見つかったからってお断りするのは、失礼じゃないだろうか。

 

「ですがベアトリス様、もう手遅れですよ。王宮騎士団の方に頼んでしまったではありませんか」

「ああ、彼ね。一応保険のために声は掛けたし了承して貰ったけど、断ったっていいのよ。だって彼、『いつも隣で微笑んでいてくれるような、穏やかで清楚な人がタイプです』って以前言っていたもの。今度別の女性を紹介してあげればいいし、それに王子が代わりに出るのだから、文句なんて言えっこないわ」

 

 ……ベアトリス様。今軽く、わたくしをディスりましたよね?


 まあそれは置いといて。


「それなら良いですが……。ケイリー様はお誘いして下さるでしょうか」


 ルシアナだって、今回の舞踏会がケイリーにとっての契機になればいいとは思う。

 でももう舞踏会は明後日。

 ケイリーの決心がつかないまま、当日を迎えることになりそうだ。

 

「出たいって気持ちは絶対にあるわ。だって私がどの男性を紹介しようか悩んでいたら、止めようとしたくらいだもの。ルシアナが隣にいてくれたらケイリーはきっと大丈夫」


 な、な、な、なんですか、その話は?!

 わたくしが他の男性と踊るのが嫌ってこと?


 ルシアナはてっきり、お嫁に行くベアトリスを安心させるために、自分は大丈夫だという姿を見せたいのだと思っていた。

 

 ケイリー様にとってのわたくしって、一体何なのかしら。


 そんな疑問が湧かないでもないが、ケイリーに表舞台に出たい意思があるのなら、ルシアナも最後まで待ってみようと黙っていることにした。


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