30.ルシアナ、新たな魔道具をお披露目する
ルシアナが王宮へやって来てからひと月が経った。契約期間の半分以上を終えて、デビュタントボールまで残り2週間程となった。
ベアトリスの洗髪はもちろんのこと、朝のヘアセットからメイクまで、美容に関する全ての仕事をルシアナは任されている。
忙しすぎて目が回りそうだけれど、休んでなどいられない。
ケアケア製品だって常に研究を重ねてアップデートし、消費者のニーズに応えていかなければならないし、ルミナリア公爵領理容師ギルド認定制度の事もある。
父や母からはこちらの事は気にせずに、侍女の仕事に励むようにと言われてはいるけれど……。
不安だ。
如何せん、父も祖父も自他ともに認める『領地運営能力無し』なので、ほんの数ヶ月離れるだけでも心配でならない。
「ねえルシアナ。昨晩は髪を巻かないで眠ったけれど、本当に大丈夫なの?」
朝、ベアトリスの髪をルシアナがブラシで梳いていると、怪訝な顔をしたベアトリスと鏡越しに目が合った。
「はい、ご心配なく。きちんと準備出来ておりますので」
昨日、舞踏会で着るドレスが出来上がり納品されたという事で、今日はそれに合わせるアクセサリーやヘアメイクを決めていく。
見せて貰ったドレスはオフショルダータイプで、肩周りがスッキリとしたデザイン。
上質な生地が使われているものの随分とシンプルなデザインだなぁと思っていたら、婚約者から贈られたという、大小様々な大きさのダイヤモンドとパールとがふんだんにあしらわれた、ビブネックレスを合わせるのだそう。
確かにこれだけ華やかで存在感のあるネックレスを付けるのなら、ドレスはスッキリとしたデザインの方が調度良い。
ベアトリスにヘアスタイルの要望を聞いたところ、何年か前からブームとなっているハーフアップにして欲しいとの事だった。
ネックレスに合わせてヘッドドレスもパールやダイヤモンドを基調としたものにしようか。ドレスの水色に合わせたリボンを付けるのも可愛いし……。
いくつか合いそうなヘッドドレスを用意してもらって、実際にドレスと合わせながら決めようと思っている。
ルシアナは手に持っていたブラシを鏡台に置くと、今度は箱から魔道具を取り出した。
「その金属の棒みたいなのは何かしら?」
「コテと言う、新しく開発した魔道具です。まだ試作の段階で販売はしていないのですが、使ってみたところ良い出来だったので、今回はこちらを使ってヘアセットをしていきます」
ドライヤーに続き、ルシアナは新たな魔道具の開発にも取り組んでいる。電動バリカンならぬ魔動バリカンの開発は難航しているが、今回使おうとしているコテの開発は、割とすんなりいった。
もともと調理用魔道具としてコンロが存在しているのでその応用といったところで、金属の棒に木製の柄を付けて、ある程度の温度調節が出来るようにしてもらってある。
先週ルミナリアから試作品が届いて何度も試しに使ってみたが、改善点はまだあるものの、ベアトリス王女に使っても問題はなさそうだった。
「開発中のものをベアトリス様に使うの?」
すぐ側で見ていた侍女頭か眉根を潜めて聞いてきた。まだ商品として成り立っていないものを不安がるのは当然だ。ルシアナはまず自分の髪の毛をコテに挟んで巻き付けてみせた。
「こうして金属部分に髪の毛を巻き付けて離すと……」
挟んでいた髪の毛をコテからするりと抜いて離すと、真っ直ぐだった髪の毛がウェーブを描いた。
「こうして癖がついて、巻き髪になります」
「「「「「おぉーー」」」」」
様子を見ていた侍女達から歓声が上がった。ベアトリスに至っては小さく拍手までしている。
「一体どうなっているの?」
「洋服のシワを伸ばすアイロンと同じ原理です。金属部分が熱くなっているので、熱で癖をつけているという訳です。ちなみにコテと一緒にストレートアイロンという魔道具も開発していて、こちらは逆に、髪の毛を真っ直ぐにしたい時に使う魔道具です。こんな風に……」
先程コテで巻いた髪の毛に、今度はもう一つの魔道具『ストレートアイロン』で挟んでスーッと下へと動かすと、真っ直ぐなストレートヘアに戻った。
「「「「「おおぉぉーー!!」」」」」
「凄いわ! 髪の毛をここまで自在に操れるなんて」
「ルシアナ、そのストレートアイロンというのはいつから売り出すの?」
「私はコテの方が欲しいわ! 予約させて!」
「まあまあ、落ち着いて下さい。ご予約なら後で承りますわ。まずはベアトリス様のヘアセットを完了させないと」
手応えは上々ね。
ドライヤーに続き、こっちの魔道具も飛ぶように売れそうだわ。
ルシアナは内心でニヤつきながら、ベアトリスの髪の毛を巻いていく。
「毛先は内巻きに、中間部分は外巻きと内巻きを交互に繰り返して巻いていきます。こうやってミックス巻きにすると動きが出て、すごく華やかな印象になりますわ」
「ルシアナの言う通りだわ。それに、いつもの方法よりもずっと綺麗な仕上がりだし、何より楽だわ」
ベアトリスの言ういつもの方法とは、夜寝る前に湿った髪を木の棒に巻き付けて、癖をつけるというもの。
湿った髪を自然乾燥させるので、どうしても仕上がりがボワボワになってしまう。
それに軽い木材を使っているとは言え何本も巻き付けると重たいし、棒が硬いので眠る際には邪魔でならない。
「コテを使う方法なら素早く仕上げられますので、夜伽のある日の翌日に巻き髪をしたくなっても心配いりませんわ」
髪の毛に棒をいっぱいくっ付けたままでは、ムードも何もあったものでは無いだろう。
ルシアナはまだそういった経験は皆無だが、少なくとも自分なら可愛い状態で抱かれたい。
「あらルシアナったら、よく分かってるわね。あなた本当に侍女になるのは私が初めて? どこかの夫人付きだったのではなくて?」
「売るための謳い文句を沢山用意する為に、あれこれ想像を巡らせているだけですわ」
ルシアナの回答に、ベアトリスや侍女仲間達が笑った。
「こうなるともう、貴族の女性というだけの枠には収まらないわね。ルシアナが誰と結婚するのか楽しみよ」
「貰い手が見つかるか怪しいところですけれど」
ルミナリア公爵家は財政難から脱出しつつあるので、ルシアナと婚姻を結ぶことは、条件だけで言ったらそう悪くはない。
でも自身の性格上、夫婦生活が上手くいく相手はかなり選ばなければならないとは思う。
我慢が苦手。負けず嫌い。思ったことがすぐ顔や口に出る。
昔ケイリーに言われた通り、感情のコントロールが苦手なルシアナを夫人として迎え入れたいと思う男性が、果たしているのかどうか……。
「そんなことないわよ。確かに己を立ててくれる慎ましやかな女性を好む男性は多いけれど、自分の意思をしっかりと持った女性が好きって男性も結構いるのよ。ね?」
「ええ、そうよ。なんなら私が何時でも紹介してあげる」
ベアトリスが侍女頭に言うと、得意気な顔で頷いている。
「彼女はね、何人ものカップルの仲立ちをしてきてるのよ」
「それでは困った時にはお願いしますわ」
「ねえルシアナ。ふと思ったのだけれど、あなた舞踏会の日のエスコートは誰に頼むの?」
「え……」
「まさか、まだ見つけていないの?!」
舞踏会などのパーティーには、エスコートをしてくれる男性を伴って参加するのが通例。婚約者がいない場合は交流のある独身男性か、いなければ兄弟や親戚の男性に頼むのだが……。
突然手紙で王宮に呼び出され、そのまま仕事に邁進していたルシアナは、すっかり自分のパートナーのことなど失念していた。
当日着るドレスや靴などは持ってきていたのに……。
「男兄弟はいないから、従兄弟に頼めば……いえ、今から手紙を送っても、着くのは早くても一週間はかかるわよね……。そこから急いできてもらっても十日はかかるし……舞踏会は2週間後だもの。どう考えても間に合わないわ」
思いつく従兄弟で王宮に1番近い人でも、馬車を使って十日はかかる。ワンチャン、その人がもともと今回の舞踏会に来る予定で、パートナーがいないという可能性も……流石にダメよね。
当日知り合いを見つけて急にエスコートを頼むなんて、ちょっとどころか、かなり無謀だ。
「まったく。仕事はしっかりとこなせるのに、自分のこととなるとてんでダメみたいね。いいわ。私が当日までに探してあげる」
「ええ? そんな。ベアトリス様に探してもらうなんて」
「こういうのって女主人の仕事でもあるのよ。いい予行練習になるわ」
クスクスと笑いながら「任せなさい」と胸に手を当てている。
流石は双子。笑った時に出来るエクボが、本当にケイリーにそっくりだ。
「ベアトリス様の双子の御令弟様も、今回の舞踏会に参加するのですよね? 四年近くお会いしていないので、随分と久しぶりですわ」
王宮で働いていれば、ケイリーと会うことく
らいあるだろうと思っていたが、まだ一度も見かけた事すらない。
王族はみな東館に住んでいて、第二王子や第三王子とは会ったのに……。
社交的な人だったし、あちこち飛び回っていて見かけないのかしら。4年前に会った気の合わない女になど、挨拶する気にもなれないって可能性も無きにしも非ずね。と考えを巡らせていると、ベアトリスにしては珍しく、表情を曇らせた。
「えぇと、どうかしら。私の婚約発表もあるし、出て欲しいとは思っているのだけど……」
「……?」
ベアトリスだけでなく、侍女達の表情も何だか微妙だ。
頭の中にハテナが沢山浮かんでいるルシアナに、侍女頭がパンっと両手を叩いた。
「さあルシアナ、さっきから手が止まっているわよ。早くヘアセットを終えてしまいなさい。ベアトリス様がお疲れになるでしょう」
「そうでしたわ! 失礼致しました。すぐに終わらせますので」
カールを施したベアトリスの髪の毛に、ルシアナオリジナルのヘアオイルを揉みこみながら、気持ちを切り替えようと被りを震った。
ケイリーのことなんてどうでもいいじゃない。どうせ会ったって、嫌味の言い合いになるだけなんだから。




