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3.ルシアナ、本性を知る(1)

 朝から公爵邸では使用人たちがパタパタと、右へ左へと動き回っている。

 今日はパーティーが開かれるので、誰もかれもが忙しそうだ。


 ルシアナを一人を除いて。


「あーあ、わたくしも早くパーティーに出席したいわ」

「あと数年の我慢ですよ」


 12歳のルシアナはまだ社交デビューしていない。せっかく家でパーティーが開かれるというのに蚊帳の外状態で、忙しなく動き回る使用人たちを庭に置かれたイスに座って眺めている。


「ねえ、今日はお姉様の婚約者選びみたいなものなんでしょう? どこのご令息がいらっしゃるのかしら」


 遠方から来ている参加者は、すでに来客用の部屋に数日前から寝泊まりしているので挨拶したけれど、まだまだ参加者はいるはずだ。


 紅茶をコポコポとティーカップに注いでいるモニカが、「そうですねぇ」と思い出すように呟いた。


「私はルシアナお嬢様付きの侍女ですので来客者を詳しく把握しておりませんが、公爵家の跡取りとして相応しい方々がいらっしゃるのではないでしょうか」

「モニカ、そんなんじゃわたくしの質問の答えに、ぜんっぜんなってないですわ」

「そんなことを仰られましても」

「まあいいわ。夜にこっそり見に行けばいいだけだし」

「おーじょーうーさーまー! 子供の行くところではありませんよ」

「あらそれって、密会していたりするから? チューしてたりあーんな事や、こーんな事をしてる所に出くわしちゃったりして」


 前世の記憶が蘇ったので、大人たちの事情もそれなりに分かる。

 うふふっ、と笑ってティーカップに口をつけると、モニカが顔を真っ赤にして怒り出した。


「おおおお嬢様ーーーっ! 」

「冗談よ、冗談。子供は大人しく寝ていればいいんでしょ」



 ――なんて、そんな訳ない。


 バッチり目が開いているルシアナは、夜な夜な部屋を抜け出してパーティー会場となっているホール近くの庭へと忍び込んだ。


 どんな男性達が来ているのかはもちろん気になる。なにせ将来、義理の兄になるかもしれないのだから。

 でもそれ以上に女性達の衣装やメイク、ヘアスタイルが気になって仕方がない。

 キラキラしているものが好きで見たくなるのは、女の性だと思う。


「わぁー、カワイイ〜! 最近はクロシェ刺繍がトレンドみたいね。みんな着ているわ。それにブルーとかイエローグリーンみたいな爽やかな色味が多いわね」

「ヘアはアップスタイルが主流だったけど、ハーフアップの人が半数以上はいそう。長く美しい髪をアピールできるものね」


 低木の影から会場内をチラチラと見ては独り言を呟いていると、庭へと繋がる大きな窓から姉がでてきた。

 外の空気でも吸いに来たのか、空を見上げるようにして「ふぅ」と息をついている。


「ベロニカお姉様」

「きゃあっ! ……ルシアナ?」


 えへへ、と木の影から顔を出すと、ベロニカは周りに誰もいないか確認してからこちらへやって来た。


「何をしてるの、こんな遅くに」

「だってパーティーの様子を、少しでいいから見てみたかったんですもの」

「全くもうっ、仕方のない子ね」


 そう言って姉はポンポンとルシアナの頭を撫でた。ベロニカとルシアナは時々喧嘩もするけれど、結構仲のいい姉妹だ。


「ねぇそれでお姉様、良い殿方はいた?」

「こら、ルシアナ!」

「だってぇ、お姉様にとって生涯の伴侶を決める大切なことでしょうけど、わたくしにとっても大事なことですわ。だってお姉様の旦那様は、わたくしにとってのお兄様なんですもの」


 むぅーっと口を尖らせて抗議すると、ベロニカは「仕方ないわね」ともう一度困ったように笑った。


「……ええと、そうね。ウィンストン・バルドー様とちょっとだけ、その……いい感じかしら」

「以前からアプローチされているあの男性ですわね! それじゃあ……!」

「でもそれだけじゃ貴族の結婚は決まらないって、あなたも知っているでしょう?」


 姉の言う通り。

 貴族同士の結婚は、好いた惚れたでは決まらない。もっとずっと戦略的で味気ないものだ。

 それに当人同士の気持ちよりも、当主や父親の意見が絶対的に反映されてしまう。


「それなら尚更、決まったも同然ではありませんか。バルドー家は今、勢いがありますもの」

「どうかしら。お父様はバルドー家をよく思っていないみたいだもの」

 

 話題に上がっているウィンストン・バルドーは男爵家の三男で、バルドー家は今ノリにノッている。

 バルドー家の当主ホルレグワス男爵はやり手な事業家なようで、葉巻(シガー)の輸入取り引きで随分と儲けているらしい。

 これまでたばこといえばパイプで吸うのが一般的だったが、何年か前からホルレグワス男爵が葉巻の輸入をはじめて以降、パイプよりも手軽だということで貴族の社交場で人気となっている。

 男爵はその葉巻事業で儲けた金で貧乏貴族から土地を買い上げ、領地を拡大していると新聞記事で目にしたことがある。


 父を初めとして多くの貴族達は、こうしたバルドー家の金にものを言わせて土地を買い漁る行為をよく思っていない。「成り金野郎」なんて汚い言葉で非難する者もいるくらい、貴族の世間では嫌われている。


  そんなバルドー家の三男坊がベロニカに近付いてくるのは、もしかしたらスタインフェルドの名が欲しいだけなのでは? と勘ぐってしまう。

 先々代が王弟、と随分遡るけれど、我が家は王家の血が混じっている。

 裕福さで言えばバルドー家の圧勝。けれど血筋で言えば我が家の方に軍配が上がる。

 ウィンストンが姉にアプローチしてくるのは、姉に好意を持っているからではなかったとしたら……。


 そんな考えがルシアナの頭を巡ったが、それは言うべきではない。と出かかった言葉をグッと飲み込んだ。


 お姉様はウィンストン様からくる御手紙を、いつも嬉しそうに受け取っていたものね。

 真実の愛だと信じたい。


「お父様やお爺様は自分自身の気持ちよりも、スタインフェルド家と領民にとってどうするべきかでお決めになると思いますわ。お金って大事ですもの。もちろんそこにお姉様の気持ちが加わればなおさら」

「そうね。お父様もお爺様も頑固者でないのが救いだわ」


 うふふ、と二人で笑い合うと、ベロニカが立ち上がって身だしなみを整えた。


「私はもう戻るわ。ルシアナもそろそろ戻らないと、ベッドに居ないことがモニカにバレてしまうわよ」

「うーぅ、こわいっ! それじゃあお姉様、良いひと時を……」


 お過ごし下さい。と言おうとしたが、ベロニカが何故かもう一度、ルシアナの隣に素早くしゃがんで座りなおした。


「どうしたんです?」

「しーっ」


 ベロニカが投げる視線の先を見ると、僅かに開いた窓から白い煙がうっすらと立ち上り、ハーブでも燻したかのような濃厚な香りが漂ってきた。


 シガールームで男たちがたばこを吸っているようだ。


「この声……ウィンストン様だわ」


 窓が空いているので話し声も割とハッキリと聞こえてくる。想い人の声が聞こえてきて反応したらしい。


 ウィンストンがどんな人なのか見たくなったルシアナは、バレないよう慎重に、窓からシガールームの中を覗き見た。


「一番手前に座っている方?」


 ごく小さな声で姉に聞くと、コクコクと頷き返された。


 ウィンストンの着ている服や装飾品が、パッと見ただけでも豪華なことがわかる。

 べっとりとオイルが塗りたくられたやや長めの髪は、オールバックスタイルにビシッと決め込まれ、細身でスラッとしたイケメンだ。

 ちょっと成り金趣味な感じがルシアナ的には「ないなぁ」なんて思ってしまったが、姉の趣味を批判するつもりはもちろんない。

 「素敵な方ね」と小声で耳打ちすると、頬を緩ませて頷いている。


 やはりお姉様とウィンストン様の仲を応援しましょ。

 お姉様をこんな顔にして下さる方なんだもの。

 このままここにいては、男たちの会話を盗み聞きしているようなもの。行きましょう、とベロニカに声をかけようとしたところで、気になる会話が耳に入ってきてしまった。


「おいウィンストン、ベロニカ様とはどうなんだよ? 前から随分とアプローチしていたし、今日だっていい感じじゃなかったか」

「おいおい、こんな所で。本人が聞いているかもしれない場所でウィンストンも答えられないだろ」


 一拍の間の後にウィンストンがふんっ、と鼻を鳴らす音が聞こえた。


「ベロニカならさっきから姿を見ないから、化粧直しにでも行ったんだろ。バウダールームはこことは反対側だ」


 ベロニカぁ?

 今ウィンストン様、お姉様を呼び捨てにしたわね?

 普段から呼び捨てにし合う中だったのかと姉の方をちらりと見たが、当の本人も初めての事だったのか目を見開いている。


「女性の化粧直しは長いからな」

「ああ、特にあの頭を直すんじゃな。見ただろ? あれじゃあジャングルだ。いくらハーフアップが流行りだからってあのもじゃもじゃ頭でやるなよなって話しだ。少しでもマシになるように全部まとめりゃいいものを」

「あっはっは! おいおいウィンストン、お前いくら本当の事だからって、そりゃぁないだろ」

「俺はてっきり、お前はベロニカ嬢に夢中なんだと思ってたんだが、その言いようじゃ違うみたいだな」

「俺がベロニカに夢中ぅ?」


 ケタケタと笑うウィンストンの声は、先程までの甘い声とは違いひどく耳障りなものになった。

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