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29.ルシアナ、王都へ行く(2)

「ルシアナ様は明後日には到着なさるそうですよ」


 ケイリーに仕える従僕が、照明用の魔道具のスイッチを押しに部屋へと入ってきた。

 この従僕はケイリーがかつてルミナリア公爵領を訪れた時にも随行してきたので、ルシアナのことを知っている。

「楽しみですね」と言う彼の言葉に、ケイリーは返事を濁した。


「……お会いにならないのですか? 長く滞在されるようですが」

「…………」


 押し黙ったまま沈む夕日を見ている主人に、従僕もまた口を噤んだ。


「夕食はいかが致しますか?」

「いつも通り部屋でとる」

「……かしこまりました」

 

 ここ何年かケイリーはずっと、食堂で家族と一緒にではなく、自室で一人で食事をしている。


 ――誰にも、会いたくない。


 他者(ひと)から向けられる目線が、こんなにも気になる事になるとは思ってもみなかった。

 しゃがみ込んだケイリーは、ルシアナから届いた手紙を握ったまま項垂れた。


 本音を言えば、会いたい。

 ルシアナと過ごしたあの2週間ほどの時間は、4年近く経った今でも色褪せることなくケイリーの脳裏に焼き付いている。

 

 彼女とは価値観が違う。分かり合えない。

 

 そうやって心からいくら追い払おうとしても、ルシアナは出ていってはくれなかった。

 だからもう一度、会ってみたい。

 

 けれど偉そうなことを言った手前、ルシアナにどんな顔をして会えば良いのか分からない。

 彼女が今の自分を見たら何と言うのか。

 だから言ったじゃないと罵られるのか。

 それとも哀れむような目でみてくるのか。

 考えてみただけでも苦しくなる。


 不甲斐ない自分に苛立ったケイリーは、ぐちゃぐちゃに髪の毛を掻きむしり嗚咽を漏らした。


 ◇◆◇


「ベアトリス王女様にご挨拶申し上げます。わたくしルミナリア公爵の孫のルシアナ・スタインフェルドと申します」


 目の前に座る女性に向かって、ルシアナはスカートをつまんで軽く膝を折った。


 まっ……眩しい……っ!


 ベアトリス王女がキラキラと輝いて見えるのはきっと、窓から差す陽の光のせいだけじゃない。

 ケイリーの性別を変えたらこんな感じ。を具現化したような女性だ。

 

 青リンゴ色の瞳と、クイッと上がった口角。髪の色もごく淡い金髪とケイリーと同じだが、ケイリーは少し癖があったのに対して、ベアトリスのはストレートヘアで腰の辺りまで伸ばしている。


「待っていたわ! 遠路はるばる来てくれてありがとう。疲れたでしょう? こちらに座って話しましょう」


 王女付きの侍女が椅子を用意してくれたので、遠慮なく座らせてもらうことにした。ずっと馬車で座っての移動だったので、立ち続けるのは辛いなと思っていたところだった。


「手紙にも書いたけれど私、婚約するの。婚約発表の為にパーティーを開いても良かったのだけれど、デビュタントボールの時が時期的に丁度良くて。一番人が集まるしね。経費削減の為にも一緒にしちゃえばいいでしょ? もちろん主役はデビュタント達よ。婚約発表するだけだし、そもそも大部分の人は既に私が誰と婚約するかなんて知ってるもの。今更よね。ふふふ」


 くすくすと笑ってみせるベアトリスの頬には、小さなエクボが浮かんでいる。

 経費削減だなんて、王女はなかなかお茶目な方らしい。美人な上に親しみやすい人柄とは、隣国の王子が虜になるのも頷ける。

 もう一度笑ったベアトリスは、「ごめんなさい」と謝った。


「私ったら一人でお喋りしちゃったわ。せっかくのお茶が冷めちゃうわね。どうぞ召し上がって」

「ありがとうございます」


 勧められるがままにティーカップに口をつけると、ふわっとマスカットのような爽やかな香りが口の中に広がった。

 普段ルシアナが飲んでいる茶葉とは明らかに違う、極上品だと少し飲んだだけで分かった。

  

「よくお母様に怒られるの。あなたはお喋り過ぎるって」

「わたくしもよく母に怒られますわ」

「あら、あなたも?」

「はい。出しゃばり過ぎる女は男に煙たがれるから慎ましやかになりなさいと、よく小言を言われております」

「あははっ! けれどあなたのその性格に、ルミナリアは助けられたのではなくて?」


 ベアトリスはニコッと笑うと、ティーカップをソーサーに置いた。


「聞いているわ、あなたの活躍ぶりは。だからこそ私も、あなたをこうして呼んだのだけれど。髪の毛の扱いがとっても上手なんですってね? 婚約発表の時はさっきも言ったように目立つつもりはないの。でもおめかしはしたいじゃない?」

「そのお気持ちは分かりますわ。いつでも綺麗に見られたいと思うのは当然ですもの。御婚約者様に愛されているのならば尚更に」

 

 好きな人にもっと好かれたい時と一緒で、自分を好いてくれる人が隣にいるなら、その人のために自分を常に磨いておきたい。綺麗でありたい。そう思うのは至極当然の感情だ。


「それに自信こそ、最強の武器と心得ております」


 自信のある人は美しい。

 自然と目がいき、離せなくなる。

 社交界において権勢を握るためには、人を魅了する力が絶対的に必要。だから誰かを魅了したいと思うならまず自信を持つことだ。

 オシャレは自信を持つために、自分自身を後押ししてくれるツールとなってくれる。


 ルシアナがニッと口角を上げると、ベアトリスは納得したように頷いた。

  

「さすが。話が早くて助かるわ。子供が本当に領地改革をしているのか半信半疑だったけど……噂話も時には真実という事もあるのね。あなたも今年のデビュタントボールで社交界デビューするのでしょう? 忙しいのは重々承知しているけれど、しばらく私の侍女として働いてはくれないかしら」

「そのつもりでここまでやって参りました。どうぞよろしくお願い致します、ベアトリス王女殿下」


 こうしてルシアナは婚約発表を行う、ひと月半後のデビュタントボールの時まで、ベアトリス王女付きの侍女となった。

 

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