27.ルシアナ、実演販売をする(2)
「しっかりと水気を取ったら、今度はこちらの魔道具を使って乾かしていきます」
「初めて見る魔道具だわ」
「何をする為のものなのかしら?」
「こちらはヘアドライヤーと言って、ボタンを押すと風が勢いよく吹き出してきます」
ヘアドライヤーは改良を重ね、初期の頃よりもずっと軽く、そしてデザインも進化した。女性が好むようコテコテの装飾を施したデザインと、ツルんとシンプルなツータイプ。
今回は女性ばかりなので凝ったデザインの方を手に取りボタンを押すと、ぶぉぉぉぉっと暖かい風が出てきた。
「これを使えば素早く髪の毛を乾かすことが出来ます。髪の毛というのは濡れている状態はダメージを受けやすいので、美しい髪を保つ為にも是非使用をお薦めしますわ」
「うわぁ! こんな道具欲しかったのよ!」
「あの魔道具があれば支度の時間も短く済みそうねぇ」
いよいよアルベリア伯爵夫人は我慢出来なくなってきたのか、ずいずいと前へと進み出てきてドライヤーをガン見している。
「それではドライヤーで実際に、髪の毛を乾かしまーす……っとその前に」
ドライヤーを台に置き直したルシアナは、今度はオイルの入った瓶を手に持った。
「髪の毛を乾かす前に、ヘアオイルを付けましょう」
「乾かす前に? 後ではなくて?」
髪にオイルをつけるタイミングは乾いたあと、ブラッシングをする前に付けるのが一般的となっている。けれど前世の知識があるルシアナは、濡れた髪に付ける方法を提案していこうと思っている。
「はい。濡れた髪は栄養が入りやすい状態になっているので、このタイミングで付けることをオススメしますわ。柔らかく美しい髪に仕上がりますよ。皆様のようなロングヘアなら、大体このくらいの量を付けてみてください」
手のひらにオイルをとって伸ばし、まずは髪の中間から毛先を中心に、次に根元近くの髪へと塗布していく。
「ルシアナお嬢様、そちらのオイルはオリーブに香油を混ぜたものなのかしら? それともアーモンド?」
「よくぞ聞いてくださいました! こちらはあんずとりんごの種子から採ったオイルを中心にブレンドした、オリジナルのヘアオイルですわ」
「あんずとりんご? 初めて聞きました」
「髪の毛への馴染みがとってもいいんですよ。こちらも是非お持ち帰りになって、自宅でお試しください。それでは今度こそ、ドライヤーの出番です!」
ドライヤーのスイッチを入れて髪の毛の正しい乾かし方を説明しながら、最後の仕上げにブラッシングを丁寧に施した。
ルシアナの手により洗髪を終えたダフネの栗色の髪の毛は、ツヤっとした天使の輪ができ、毛先までするんとまとまっている。
「こうしてドライヤーで素早く乾かすことで、頭皮のトラブルを防ぐ効果もあります。ほら、ジメジメした所にはよくカビが生えますでしょう? あれと一緒です。それからこれは是非旦那様にお伝えして欲しいのですが、薄毛予防にもなるんですよ」
「「「それ本当っ?!」」」
おおぉぉっ……。
思いの外、反応が良くて驚いた。
特にアルベリア伯爵夫人なんて、ドライヤーを持っているルシアナの手を掴んできた。
アルベリア伯爵様って薄毛なのかな。
「あらやだ、あたくしったら。失礼したわ。それで、薄毛にも効果があると言うのは本当なの?」
「ええ。髪の毛を濡らしっぱなしにしている状態と言うのは先程も説明した通り、非常にデリケートです。この状態でダメージを受けると、傷んで毛が細くなりボリュームがなくなりますし、抜け毛の原因にもなるんです。それから濡れた状態と言うのは冷えますよね?頭皮の血行が悪くなるのも、薄毛の原因になり得ますわ」
「へぇぇぇー」と驚嘆の声がそれぞれの口から漏れた。
どこの世界でも、薄毛に悩むのは同じようだ。
「皆様、わたくしが手掛けたヘアケア製品はいかがでしたでしょうか? 今ここで使ったのは保湿を重視したしっとりタイプですが、髪の毛のボリュームを出したい方や、皮脂が多めで軽く仕上げたい方用にサラサラタイプも用意しています。もちろん実際に使ってみて効果を実感してみないことには何とも言えないでしょうが、興味をお持ち頂けたら幸いですわ」
「あ、あのっ!」
声がした方へ視線を向けると、ベロニカと仲の良い令嬢が小さく手を挙げていた。
「もしかしてベロニカ様の髪の毛は、今日紹介された物を使ってケアしているのでしょうか?」
客人の視線が一斉にベロニカの方へと向けられた。
思いがけない注目に、ベロニカは頬を赤く染めながらこくんと頷き返している。
「そうです……。半年くらいルシアナに髪の手入れをしてもらっていて……」
「やっぱり!! こんな事を言うのは失礼かと思って黙っていたのですけれど、今日久しぶりにお会いして、ベロニカ様の髪の毛が随分落ち着いて綺麗になったなって思っていたんです!」
「私も! 同じことを感じていました。ツヤが出て、プラチナブロンドの髪色がより映えてますわ」
「そ、そうかしら。ありがとう」
頬を赤く染めていたベロニカの顔は、今度は熟れたりんご並みに真っ赤になった。嬉しさを隠しきれないようで、顔がいつになく綻んで照れている。
「わたし、そのヘアケア製品一式買います! ねぇお母様、いいでしょう?」
「仕方ないわねぇ」
「私も欲しいわ! お母様ぁ」
「この子ったらもう、すぐこうなるんだから。……なんて言って、私も欲しくなってしまったわ。うちにも一式くださいな」
うちも、うちも、と次々と声が上がる。
まさか皆、即決して買ってくれるとは思ってもみなかった。だって子供が作った製品なんて怪しすぎる。
ルシアナとしては今日は実演してサンプルを配って、家で試してから何件かに売れたらいいくらいに思っていたのに……。
あまりの反応の良さに、逆に戸惑ってしまうくらいだ。
「皆様、ありがとうございます。こちらのヘアオイルに使っているあんず油は、今年の収穫分から本格的に搾油して生産するつもりですので、とりあえず今ある分だけお配りしますわ。それから他の製品も出来るだけ沢山作れるように努力はしますがその……」
ルシアナは言葉を途切らせた。
実は作業所を新しく作ったのはいいものの、人件費や材料費を捻出するのにかなり苦労している。
材料は主にルミナリアの特産品を使ってはいるが、ベースとなる石鹸や容器となるビンボトルなどはルミナリアで今作っている量だけでは到底足りないので、他所から仕入れなければならないものも多い。
特にドライヤーを作るために必要な金属は、ルミナリアではほとんど採れないときた。
お金がないために、作りたくても作れない状態なのだ。
「お恥ずかしい話、資金があまり無いので安定した供給が出来るまでには時間がかかると思うんです。売り上げが増えれば設備投資したり、原材料の仕入れももっと出来るようになるかと思うので、それまで皆様にはご迷惑を……」
「いくら必要?」
「はい?」
ルシアナが厳しい資金繰りを説明している途中で、アルベリア伯爵夫人がハンドバッグから小切手を取り出した。
「お金。いくら必要なのかって聞いたの」
「え……」
驚いて母親の方を見ると、母も口を開けてアルベリア伯爵夫人の方を見ている。
「出資すると言っているのよ。ちょっとペンをお借りするわね」
伯爵夫人は壁際のテーブルに置いてあった羽根ペンを使って、サラサラ〜と文字を書きつけると、小切手を渡してきた。
「取り敢えずこの位で如何かしら?」
と……取り敢えずって。
この額なにーーっ?!
一、十、百、千……ゼロがいくつも並んでいて、ちゃんと数えないと分からない。
「実際に使ってみて気に入ったら、追加で出すわ」
「うそ……」
「だから早く量産してちょうだい。今年の王都で開かれるパーティーや茶会で、早速話題にしたいんだから。社交界の中心に居続けるのも楽じゃないのよ。このくらい安いものだわ。ほほほほほ」
開いた口が塞がらない、とはまさにこの事。
強力な後ろ盾を得たルシアナはこの後、更なる事業拡大の為に奔走することとなる。




