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25.オリビア、サロンを開く

 ――春。

 雪解けの季節がやってくると、ルミナリアの街に活気が戻ってきた。

 それは社交界でも同じことが言える。

 雪を気にしなくて良くなると、馬車での移動も容易になってあちこちでサロンやお茶会、夜会などが開かれるようになってくる。


「ルシアナ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですわ」


 ルシアナの母オリビアは内心、戦々恐々としていた。


 今日はオリビアが主催する、今年一番最初のサロンだ。そこへ娘のルシアナがどうしても参加したいと言って聞かない。

 冬の間にルシアナが開発していたヘアケア製品を、サロンで紹介したいと言うのだ。


 

 ルシアナがどれ程の苦労と努力を重ねていたかは、オリビアもよく知っている。

 ルシアナの部屋からは夜遅くまで明かりが灯り、昼間はあちこちを奔走していた。

 母としては10代前半の娘には、きっちりと淑女としての教育を受けて欲しいというのが本音だが、結局オリビアが口を挟むことは無かった。


 初め夫や義父から話を聞かされた時には、オリビアは卒倒しそうになった。

 こんな大事な時期に、娘に何をさせようとしているのだと。

 10代の後半にもなれば結婚を考える歳になる。それまでにあらゆる教養を身につけて、条件の良い男性を捕まえなければならないのに。

 

 一方で、ルシアナに賭けてみたいと思う自分もいた。


 もう一人の娘ベロニカの婚約者に、いずれこの家が飲み込まれてしまうのではないかと感じていたからだ。

 ウィンストンはオリビアにも時々、上等な贈り物をしてくれていたが、あれらは全てこの家へ入り込むための投資だということは薄々感ずいてはいた。

 けれどオリビアは現実を無視し続けた。

 抗うよりも流されるままの方が楽だからだ。

 夫が自分の運営能力を諦めているように、オリビアも自分をどこか諦めていた。

 

 嫁いできて初めこそ夫に領地の運営が上手くいくようアドバイスし、時には尻を叩いて励ましてきたが、何も変わらないどころか悪化していく現状に、次第に目を背けるようになっていた。


 ベロニカには申し訳ないが、苦汁を飲んでもらうしかない。

 夫も自分もウィンストンの意に従いながら生きていくことでしか、この地の民を救えない。 

 そう思うだけのオリビアと違い、妹のルシアナは真っ向から立ち向かうつもりでいる。いずれこの家を去る身なのに、誰よりも強い闘志を燃やしている。

 

 黙って見守っているうちに、変化は少しずつやってきた。

 オリビアはこの家の女主人だ。使用人達の変化にオリビアが気が付かないわけがなかった。

 ルシアナが試作品を使用人達に試して貰っているようで、「あのトリートメントは良かった」だとか「髪の毛が綺麗にまとまる」だとか、邸のあちこちで使用人達が楽しげに話す様子が見られるようになった。

 さらに理髪師ギルドの親方達が公爵邸を訪れて、騎士や使用人たちの髪の毛をルシアナ指導のもとでカットしているお陰で、邸にはこれまで見た事がないような色んな髪型の人が行き交うようになった。

 最初は珍しい髪型にカットされることを恐れていた者たちも、次第におしゃれな髪型と思うようになったのか、カットモデルに名乗りを上げる者は後を絶たなかったようだ。


 確実に変わり始めている。

 笑顔が溢れ、機嫌よく仕事をこなす者たちに囲まれ、オリビアもルシアナを応援したい気持ちになった。だからこそオリビアの開くサロンにルシアナが参加することを許可したのだが……。


 不安げに娘を見やるオリビアに、ルシアナはパチンっと片目を閉じて見せた。


「わたくしが必ず成功させてみせますから、お母様はただ見ていて下さい」


 サロンを開く時間が近付いてくると、続々と客人達が部屋へと集まってきた。人数は総勢30名ほど。その内の一人が挨拶をしに来た。


「オリビア様、御機嫌よう。本日は私のみならず、娘も御招待頂きありがとうございます。なんでも今日のサロンのテーマは、最新の美容に関することとお聞きしましたわ。娘と楽しみにしておりましたの。ね?」


 夫人に目配せられた年頃の女性は、嬉しそうに頷き返した。

 

「はい。しっかりとメモを取ってから帰ります」

「それは勉強熱心でよろしいこと。お二人共、今日は楽しんでいってね」


 ふふふ、と笑ってから心の中では盛大に息をついた。

 落ち着いて。落ち着くのよオリビア。

 娘を信じるの。


 通常、サロンと言えば夫人が集まる場だ。けれど今回は結婚適齢期にある娘を持つ夫人に声を掛け、娘と一緒に来てもらった。

 貴族の女性は一般的に美容にかける熱量が高く、お金も惜しまない。そして若い女性ほど流行にも敏感だ。

 より幅広い年齢層に集まった方が良いのではないかとルシアナに提案すると、「お母様! 流石ですわ!」と言って喜んで受け入れてくれた。

 だから招待状には、親子での参加を勧める旨を書き記し準備をしてきた。


「皆様、今日はようこそおいでくださいました」

 

 招待客が全員集まったところで、オリビアは部屋にいる客人たちに声を掛けると視線がこちらに集まった。

 皆いつもとは違うサロンの雰囲気に、ワクワクを隠せないようだ。オリビアが何をする気なのか注視してくる。


「今年一番初めの私のサロンでは、最新美容をテーマにお話しをしようと思っております。若い娘さん達も興味があるかと思って、今日は特別に招待させて頂きましたわ」


 オリビアがご令嬢たちに微笑みかけると、口々にお礼の言葉を述べ始めた。


「ありがとうございます、オリビア夫人」

「お招き頂き光栄にございます」 

「さて、皆さま。先程からあちらの台に置かれている、ボトルや石鹸が気になっているのではありませんか? 今日は娘が自分で開発した、ヘアケアアイテムについて紹介したいと言っておりますの。是非聞いてやって下さいな。もちろん売りつけるつもりなんて有りませんよ」


 冗談めかして言うと、アルベリア伯爵夫人がコロコロと笑って扇子で口元を隠した。


「やだわぁ。あたしったら、てっきりお金に困って買って欲しいって話かと思いました。ねえ?」


 アルベリア伯爵夫人の隣にいた子爵夫人は、困ったような曖昧な笑みを浮かべて、目を泳がせている。


 やはり、呼ぶんじゃなかったかしら……。


 アルベリア伯爵夫人は、どこかオリビアの事を下に見ている節がある。それは同じ国の北部に領土を構えているのにもかかわらず、財政状況に雲泥の差があるからだろう。

 しかも、昨年ケイリー王子が遠回りした時、公爵邸での滞在期間が随分と長くなったことに不満を漏らしていたと小耳に挟んだ。

 伯爵夫人には今日連れて来ている娘の他に、ルシアナより一つ下の女児がいる。つまりケイリー王子の伴侶候補になりうる子だ。

 ケイリー王子は毎年アルベリア伯爵の所へ避暑に訪れているので、二番目の娘とは親交も厚いし、家門的にも十分に候補に入る。

 そういった意味でも伯爵夫人は、オリビアをライバル視している。


 だから呼ぶべきかどうか迷ったのだが、アルベリア伯爵夫人は中央の社交界でも顔の知られるご婦人だ。伯爵夫人に気に入られれば、ルシアナのヘアケア製品が早く国中に広まるだろうと思い招待状を送った。


「まさか、そのような事は致しませんよ。ただこれから世に売り出す前に、娘は皆様の意見を聞きたいそうですわ。さあルシアナ、いらっしゃい」


 呼ばれてオリビアの前に出てきたルシアナを見た一同は、「え?」と声を漏らした。


「オリビア様、娘というのはベロニカ様ではなくルシアナ様ですか?」

「そうですわ。ルシアナが開発しました」

「まさか……」

「ルシアナ様はまだ12、3歳くらいではなかったかしら?」

「大丈夫なのかしら……?」


 オリビアが「娘が」と言った段階では、当然姉のベロニカを指していると思っていた一同に動揺が広がった。

 

「皆様が不安に思うのも無理はありません。けれどどうか、今しばらく娘の話しに耳を傾けてやって下さいまし。ルシアナ」

「はい」


 頑張ってね。と目線に気持ちを込めてルシアナを見ると、少しだけ緊張しているのか表情がいつもより強ばっている。

 

 当然だわ……。まだ12にしかならない子供だもの。


『母がついています。いつもみたいに思い切ってやりなさい』


 小声でルシアナの耳元に囁くと、ハッとしたようにこちらを見て笑い返してきた。


 ルシアナ、貴方を信じるわ。

 私ももう覚悟を決めたの。全力で貴方を応援するとね。


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