24.ルシアナ、オイルに思いを馳せる
さてと、サンチェスさんへのお願いも無事に済んだことだし、ヘアケアアイテムをどうするかよね。
サンチェスとの面会を終え部屋へと戻ってきたルシアナは、色んなハーブや果実から採ったエッセンスを手に取っては混ぜて、ひたすら試作品を作ってみる。
サラサラとしっとり。せめてツータイプは欲しい。それに香りだって重要だ。
配合割合を変えて試していると、甘い焼き菓子のいい香りが漂ってきた。
モニカがお茶と菓子とを持ってきてくれていた。コポコポとティーカップに紅茶を注ぎながら、休憩するように促してくる。
「あまり根詰めると良くありませんよ。少し休憩なさって下さい」
「そうは言っても、のんびりなんてしていられないわ。だってウィンストンが帰ってくる前に結果を出さなきゃ意味が無いんだもの」
ふぅ、と息をついて紅茶を一口飲み、焼き菓子を頬張った。
ウィンストンとベロニカはつい先日、正式に婚約をし、そしてウィンストンは遊学の旅に出た。
早くて三年、遅くとも四年後には遊学を終えて結婚する予定だと言っていたから、その前までにルミナリアの財政を立て直す必要がある。
考え事をしながら口に含んだクッキーをもぐもぐと咀嚼すると、歯にジャムがくっ付く。
「んんー、このジャムサンドクッキーのねっとりした感じが美味しいのよね。でも歯にくっつくからお茶会にはあんまり出して欲しくないわね」
ジャムサンドクッキーは見た目がカラフルで可愛らしいのでお茶会などでもよく出されるのだが、正直、歯にくっついて食べにくいからこうやって一人で食べたいお菓子だ。
「ふふふ、確かにそうですね」
「オレンジ色をしているけど、今日のはあんずジャムよね。甘酸っぱくて美味しいわ」
オレンジ色のツヤツヤとしたジャムは、ルミナリア第二の特産品、あんずから作られたジャムだ。
りんごとあんずは寒さに強く栽培適地が同じなので、ルミナリアではりんごに次ぐ農産物となっている。
「あんずも不憫な果物よね。りんご以上に使い道が少ないもの」
りんごはジュースやジャム、お酢に酒など加工品目も多いし、料理に使われることも多々ある。けれどあんずはジャムとドライフルーツ以外の使われ方はほぼされないので、りんごよりも苦戦を強いられているかもしれない。
「アップルシードオイルみたいに、新たな使い道を思いつけばいいんだけどね…………」
「?? お嬢様、どうかされましたか?」
言葉を失い、手からポロリとクッキーが落ちた。
「わたくしったら、何てものを見落としていたのかしら……!」
前世の世界では、当たり前にあったじゃない! あんず油が!!!
あんずの種子からとるあんず油は、ヘアケア製品として椿油と並ぶ有名なオイルだった。
椿はこの辺りの地域と言わず大陸でだっては見かけないけれど、あんずなら沢山ある。
「モニカ! 明日はあんず農家の所へ出かけるわよ!」
「は、はい……かしこまりました?」
あんず油をベースに、アップルシードオイルを加える。これでルミナリア地方にしか出来ないヘアオイルが完成するはず!!
♢♦︎♢
幾つかあんずを栽培している農家を訪ねて、どうにか食用に取ってあったあんず油を手に入れた。
あんずを大々的に栽培している家は少なく、りんご畑の片隅などにちょこちょこっと植えでている事が多い。だから種から油が採れることは知っていても量が少ないからと、気にせず捨てていたらしい。
領内でも何軒かある、大きめなあんず農家でやっとあんず油を手に入れたルシアナは、帰りの馬車の中でうっとりとオイルを見つめた。
「量は少ないけれど試作品を作れるくらいの量はあるわ。来年の収穫では、領地内の全てのあんずの種を集めてあんず油を作るわよ」
「それでは各地の搾油所に話を通しておきましょう」
ルシアナの席の向かい側には、最近父がルシアナの仕事の手助けをするようにと付けてくれた、執事のルードルフが座っている。
肩くらいまである髪の毛を後ろでぴっちり一つにまとめて眼鏡をかけている、超真面目な壮年男性だ。一つ命令すれば十の仕事をこなしてくれるそんな優秀な彼は、父の執事の息子なのだそう。
「ええ。本当は新たな搾油所を作りたいところだけれど、そんな資金は持ってないもの。軌道に乗ってきたら考えましょう。まずは領内の各地に、あんずとりんごの油を公爵家が買い取ると公示して。そこからわたくしの考えたレシピを元にヘアケア製品を作るのよ」
「となりますと、集まってきた油を加工するための作業所だけは、作らないといけないですね」
「場所と人員の確保、あなたに一任するわ」
「かしこまりました」
あともう2ヶ月もしたい内にルミナリアに雪が降る。今年は無理でも来年の冬は、各家庭に十分な蓄えを用意させてあげたい。
絶え間なく燃やし続けられるほどの薪と、明日の分を気にしなくてもいいほどの食料と、そしてふかふかの暖かいお布団。
絶対に、成功させてみせる。
窓の外から見える町並みを眺めながら、ルシアナは拳をギュッと握りしめた。




