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23.ルシアナ、自身の可愛さを堪能してもらう

 アップルシードオイル。

 その名の通り、りんごの種子から採った油だ。

 試作して貰ったアップルシードオイルの入った小瓶を前にして、ルシアナは頭を抱えて悩んでいる。


「どう考えても、量が少ないわよね」


 加工所を見学した際に、廃棄されるりんごの種からオイルを取り出すことを思いついたのは良いものの、1粒から採取できる量は極わずかだ。あちこちの加工所から種をかき集めたとしても、ルシアナが想定するヘアオイルとして使うには量が心許ない。

 貴重なものほど高値で取引されるものだけど、でもルシアナが望んでいるのは、ある程度の普及だ。貴族や上流階級の人達には広まって欲しいので、ある程度の量は作らなければ……。


「馬油は好き嫌いが分かれるし、やっぱり、オリーブオイルに混ぜるしかないのかしら」


 馬油はスキンケアやヘア用のオイルとして使われるが、獣の油を塗るのは嫌! と考える人もいて、特に女性にその傾向は強い。

 一方でオリーブオイルは万人受けする。

 オリーブオイルをベースのオイルとして使うのが現状考えられるベストな方法だが、ルシアナの心は猛反対している。


「悔しい……。悔しいですわ! オリーブになんて頼らなきゃいけないなんて!!」


 オリーブを使った製品は国内だけと言わず、今や海を渡り世界に輸出されているらしい。オリーブとぶどうをライバル視しているルシアナは、素直にオリーブオイルを使う気にはなれなかった。


 心の中で葛藤を繰り返していると、コンコンッとノック音が聞こえてきた。


「ルシアナお嬢様、理髪師のサンチェス氏がお見えになりました」

「分かりましたわ。今参ります」


 サンチェス氏はこの家の理髪師として出入りしている、ちょび髭のおじさん。

 ルシアナは自分が美容師だったことを思い出してからはセルフカットしているので、しばらくぶりで、今日はカットとは別に用件があって来てもらった。

 待たせている応接室へと入ると、サンチェス氏は小さく悲鳴をあげた。


「ルッ、ルシアナお嬢様!! 暫くお会いしない間になんという髪型に……!」

「うふふ、かわいいでしょ?」

「かわいいですって? あの美しい御髪が、こんなに短く……。一体どこの理髪師にこんな髪型にされてしまったのですか?!」


 涙目になって慌てている様子を見ると、サンチェスがルシアナの髪を大切に思いながら手入れしてくれていたことが分かって、今更ながら感謝の念が込み上げてきた。

 

 やはりサンチェス氏は尊敬も信頼もできる理髪師だわ……。


 ルシアナのこの頼みを託せるのはやはり、彼しかいない。


「自分で切ったのよ」

「ご、ご自分で切られたのですかっ?!」


 掴みかかってきそうな勢いで迫られて、ルシアナは「まあまあ」と落ち着かせる。

 

「サンチェスさんったら落ち着いて。それから、この国の全ての常識を一旦忘れて、わたくしの顔と髪をよーく見てくださいませ。無礼だなんて言いませんわ」

「全ての常識を……?」

「そうです。貧乏人の髪は短いだとか、貴族の女性は長髪だとか、そういった常識全てですわ。ただ、わたくしのかわいさを堪能して欲しいんですの」


 自信満々に微笑むルシアナ。

 少々面長だとか、耳が人より大きいだとか多少の欠点はあるけれど、ルシアナは今のこのヘアスタイルにしたことで、それらの欠点を上手くカバー出来ていると思う。

 最初こそ戸惑いをみせたサンチェスだったが、ルシアナが言った通りに、じっと顔をみつめてきた。


「どう? このヘアスタイル、わたくしに似合いませんこと?」

「……確かに。ルシアナお嬢様から受ける印象が柔らかくなったというか、ふわっと可憐な雰囲気が増したように感じます。それによく見たら面白いカットだ。こんなカット技法は見たことがない」

「そうでしょう? さあ騎士団の皆様、出番ですわ! 入ってきて」


 ルシアナがパンパンっと手を叩くと、ドアから騎士達がゾロゾロと入ってきた。どの人も、ルシアナがカットを手がけた者だ。


「この方達もわたくしがカットしたのよ。カッコイイでしょ?」


 ルシアナが見て! と騎士達を紹介すると、各々いらないポージングをキメてくれた。それをサンチェスは完全無視して、興味津々で髪の毛を見ている。


「ご自分でカットされたと仰っておりましたが、一体どうやったのです? 異国から学ばれたのでしょうか?」


 サンチェスは完全に職人モードになった。

 騎士達の頭を色んな角度から見たり触ったりして唸っている。


「そんなところよ。このヘアのカット方法、知りたい?」

「ええ、それはもちろん! ぜひ教えて頂きたい!!」


 他の理髪師ならまだ子供で、しかも女のルシアナに教えを乞うなんて真似はしないだろう。

 でも真面目で探究心のあるサンチェスならば、きっとルシアナだろうが誰だろうが、自分の技術の向上のために、つまらないプライドなど捨てて知りたがるだろうと、長い付き合いの中で踏んでいた。


「サンチェスさんにはこれから、わたくしが知りうる全てのカット技法とヘアスタイルをお教えしますわ! その代わりと言ってはなんだけど、わたくしのお願い、聞いてくださる?」

「お願い……ですか?」

「そう。サンチェスさんはルミナリアの理容師ギルドの長でしょう? 今から話す計画を、実行して欲しいんですの」


 ルシアナの計画とはこうだ。

 まずルミナリアの理容師ギルドに所属する親方達に、ルシアナ自らがカット指導する。

 そして習得した技術を弟子に伝え、ルミナリアから新しいヘアスタイルを提案していくというもの。

 ついでに理容師達にはルシアナ開発のシャンプー石鹸やりんご酢を使用したトリートメント、ヘアオイルを店で使ってもらい、まずはルミナリアの民に普及させようと思っている。


「……とまあ、こんな感じで、サンチェスさんにはこの計画の旗振りをお願いしますわ」


 まだ開発途中のヘアケアアイテムを見ながら、サンチェスは目を白黒させている。


「またこれは、凄い革新的なものを作られましたね。ルミナリアの特産品を使われるとは、誠に……うん。さすがは公女様だ。ルミナリアの民のことを考えていらっしゃる」

「まだ開発途中だけど、出来るだけ急いで完成させるわ」

「かしこまりました。その計画の旗振り役は、このサンチェスが賜りましょう!」

「そう言ってくれると思ったわ! よろしくね」


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