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22.ルシアナ、加工場見学に行く

 秋。待ちに待ったりんごの季節がやってきた。

 この時期はルミナリアの至る所から、りんごの甘酸っぱい香りが漂ってくる。


「うーん! いい香り!!」


 ルシアナは今、りんごの加工所が並ぶ地域に来ている。


 大きな農家では自前の加工品を作っている所もあるが、それは稀。りんごの収穫期に加工品まで作っている余裕などないので、大抵はこうした加工所へと持ち込まれていく。

 ここの加工所地帯では、各農家から生では売れないリンゴを集めて酒や酢、ジャムなどの加工品作って出荷している。りんごの収穫が始まったこの季節は、1年で最も忙しい。


 つい昨日、ケイリーから手紙の返信が届いたルシアナは、気がかりにしていた事が一つ減って意気揚々と馬車を降りた。

 と言うのも、手紙には回復して元気になった旨が書かれており、しっかりとした筆圧で文字も書かれていることからも、ケイリーの体調に問題なさそうなことが伺えたからだ。


「ルシアナお嬢様、ようこそいらっしゃいました」


 ルシアナが馬車から降り立つと、加工所の従業員達がお出迎えしてくれた。

 サッと前に出てきた所長に、ルシアナはニッコリと笑って顔を上げるように促した。

 

「忙しいのに出迎えまでしてもらってありがとう。少しだけ見学させて頂きますわ。従業員の皆様もどうぞわたくしにはお気遣いなく、いつも通りにして下さいませ」

「それではお言葉に甘えさせて頂きまして……。おーい、みんな! 持ち場に戻ってくれ」


 所長の掛け声で出迎えに集まっていた従業員達が一斉に散っていくと、加工所は一気に活気がでて騒がしくなった。


「ここの加工所ではりんご酢を作っているのよね?」

「左様でございます。簡単に作り方を説明しますと、洗浄したりんごを潰して果汁を絞り出したら樽に入れます。すると神様がやってきて、りんご果汁の甘さをアルコールに変えて下さるのです。これでシードルの完成です」

「酢ってお酒から出来るって聞いたわ。本当なの?」

「はい、そうです。アルコールになった樽に種酢を入れると、りんご酢になるのですよ」

「へえ〜」


 前世の知識があるルシアナは菌によるものだと理解出来たが、この世界でそんな事を言ったって無意味だ。

 全部、お酒の神様が不思議な力で、ただのりんごをお酒に変えてくれると信じられている。

 現に加工所の脇には、酒の神を祀る小さな祭壇に、木彫りの置物とお供え物が並べられているのが見えた。


「あそこがりんごを潰しているところね」


 ルシアナの目の前にはすり鉢状の機械にりんごを幾つか入れては、ハンドルを回している青年がいる。

 青年がハンドルを回すごとにすり鉢の下からは、粉砕されたりんごが吐き出され、それを別の男性が樽に入れては運んでいる。


「ハンドルを回すと刃が回転して、入っているりんごが粉砕されるという仕組みです」

「なるほどね。それをあっちに持っていって濾すのね」


 ルシアナが指さした先では女性が樽の上に布を張り、その上に先程粉砕されてきたりんごを乗っけている。


「女性も力仕事をしているのね。大変だわ」

「ええ。圧搾機自体は女性でも扱いやすいよう工夫して、ハンドルを回せば良いだけの仕様にしていますが、回すのにも力が入りますので、これは交代でやっております」


 所長の説明に頷き返して、ルシアナは圧搾作業をしている女性達の方へと近付いた。


「ご苦労さま。力仕事は大変じゃないかしら」

「このくらい、なんてことはありませんよ。働き口があるだけで有り難いですからね」


 そう言って女性はからからと笑いながら、「すごいでしょ?」と手のひらを見せてきた。ハンドルを回すのに出来たのか、マメだらけでゴツゴツとしている。


「働き者の立派な手ですわ」

「子供が五人いるんです。今年はりんご酢を例年以上に作るようにとのお達しがきているそうですが、しっかりと売れてくれるといいですけどね。じゃなきゃ十分なお給料を頂けませんから」


 領地内のりんご農家やりんごの加工所全てに、今年度のりんご酢の生産を増やすよう通達を出して貰った。ここの加工所にもきっちり情報が伝わっているようだ。

 もう一度からからと笑った女性は「そうだ」と言って脇に置いてあったコップを取ってきた。


「搾りたて、飲んでみますか? 格別ですよ」

「こら、アンヌ! お嬢様に失礼じゃないか」

「所長さん、いいのよ。是非いただきますわ」


 アンヌと呼ばれた女性は樽の下に付いている栓を抜くと、コップにりんごジュースを注いでくれた。


「うわぁぁぁ!!」


 一口飲んで、思わず歓声をあげてしまった。

 おいしい!!


「さて、次のりんごを絞ろうかしらね」


 ルシアナの感動ぶりに満足した様子で見ていたアンヌは、樽からりんごの絞りカスを取り出しはじめた。

 作業所の脇の大きな木箱には、りんごの絞りカスが捨てられている。


「あの絞りカスはどうするの?」

「大概は家畜の餌になります」

「ふぅん……」


 家畜の餌……家畜の餌……。

 確かに栄養豊富だし、家畜の餌にすれば無駄もないわね……。でも……。


「ねえ、種って家畜が食べてもそのままお尻から出てくるわよね?」

「種ですか? それならなるべく取り除いてから与えていますよ。りんごの種は大量に食べると腹を下したりすることもあるのでね」

「なら捨てているのね?」

「使い道がありませんので」


 糞として消化されず種が出てくるなら、取り除いて活用したらどうかと提案するつもりだったが、はじめから取り除いていたなんて……!

 これなら新たな手間をかけることなく新材料を作り出せるかも! とルシアナは、ニヤリと口角を上げた。

 

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