19.ルシアナ、領民の本音を聞く
「ルシアナや、本当にこんな所に入るのかい?」
「ええお爺様。お酒が入ると人間、本音で喋りやすくなるものでしょう?」
ルシアナが祖父と一緒にやってきたのは、街中で一番大きな酒場。店の中からはガヤガヤと騒がしい音が聞こえてくる。
ケイリーと話をしてからルシアナは、領民がどう思っているのか、どうしたいのか、実際に意見を聞いてみようと考えた。
初めはギルドへ行って人を集めてもらい、公聴会のようなものを開いたらどうかと思ったが、これはやめておいた。公聴会を開いても恐らく、領主と領民、貴族と平民という身分差の為に本音を聞き出せないと考えたからだ。
ルシアナとしては建て前とか気遣いとか要らないから、本心を知りたい。
そこで思いついたのが、酒場で聞き込み調査をする。という作戦だ。
お酒が入るとつい、ポロリと本音が出るものだというのは、前世で体験済み。
祖父と両親に夜、酒場へ行ってもいいか聞いたら猛反対されたが、結局、孫に甘い祖父が折れた。自分も一緒について行くことを条件に、ルシアナの外出を許可したのだ。
「さぁ、入りましょう」
意気揚々と木でできた扉を開けて中に入ると、一瞬で場が静まり返り、視線がいっせいにルシアナへと向けられた。
まあ、こうなる事は予測してたけどね。
「皆様ごきげんよう。今夜はわたくしも一緒に食事をしにやって参りましたわ」
気にせずズカズカと店の奥へと進み、顔見知りのいるテーブル席へと座った。祖父のりんご畑で働いている農夫たちだ。流石に急に登場するのはどうかと思ったので、心の準備をしてもらう為に予め知り合いの農夫には声をかけて貰っておいた。
「ルシアナお嬢様、公爵様から聞いてはおりましたが、本当にいらしたのですね」
「もちろん! わたくしこの日を楽しみにしていたの。おじさーん、りんご酢の炭酸割りはあるかしら?」
「はっ、はいっ! ただ今!!」
カウンターにいる店主と思われるおじさんに注文をすると、すぐさま席まで持ってきてくれた。ちなみに祖父はルシアナの向かいに座って、シードルを頼んでいる。
「さあ皆様、乾杯しましょ」
「え、あ、はい。ほら、みんな、乾杯だ! グラスを取れ」
戸惑いながらも各々の前にあるグラスを手に取り、ルシアナの様子を伺っている。
「かんぱーーい!」
「「「「「か、かんぱーい?」」」」」
酒場にいる人全員が、ルシアナの乾杯の音頭でグラスを上げたが元気がない。
「ちょっとちょっと皆様! お葬式じゃあるまいし元気がありませんわ。今夜は無礼講よ。もっと元気よくっ! いつもの感じで!」
「ぶ、無礼講と言われましても……。なあ?」
「なんだってお嬢様がこんな所でお食事を?」
もっともな疑問に、ルシアナは「ふむ」と頷いてみせる。
「ならあなた達は何故、家に帰って奥様や子供たちと食事をしないのかしら?」
「そりゃあまあ、時には家族とじゃなく友人や気心の知れた仲間と飲み食いしたくなるから。ですかね」
「そうでしょう? わたくしも時にはこうやって家族という枠を、貴族という枠を外れてみたいんですの。だって人生を楽しむにはちょっとした冒険とか、スパイスが必要じゃない? そして今日この日が、わたくしにとっては初めて尽くしの大冒険! かしこまる必要なんてないんだから! さあ皆様、今日はわたくしの奢りだから、好きなだけ食べて飲んでちょうだい!!」
店中に聞こえるよう声を張り上げると、「おおーーっ」と歓声が上がった。
ふむ、上々ね。
子供がこんな所に来るんじゃねえとばかりに冷ややかな目で追い出されるかと思ったが、ルシアナの天性の明るさとノリでなんとか乗り切れた。
「うーん、最高に美味しいわ。このりんご酢の美味しさをルミナリア意外では知りていないなんて、本当に勿体ないわ」
「ルミナリア意外ではりんご酢を飲まないんですかい?」
「そうらしいわ。健康にだっていいのに。ああ、わたくしも早くそのシードルってやつ飲んでみたいわ」
「はっはっ、あと5、6年と言ったところですかな」
こんな調子で各テーブルを周り初めて1時間ほどすると、ルシアナはすっかり酒場に馴染んだ。
そろそろ本題といこうかしら。
「ねえわたくし、皆様にちょっとお聞きしたいことがあるの」
「なんですか? ルシアナお嬢様」
流石のルシアナも少し緊張する。ゴクリと唾を飲み込んで、上機嫌で酒を煽っているお客たちに尋ねた。
「もし、もしもよ。ルミナリアにカジノを作ってリゾート地にしようってなったら、あなた達はどう思うかしら」
「「「ル、ルミナリアにカジノぉ?!」」」
あまりの大きな声の塊に、耳がキーンとした。そして次の瞬間には酒場が騒然となった。
「カジノって、あのゲームに金を掛けて遊ぶやつだろ?」
「ルミナリアにカジノだなんて……リゾート地ってこたぁ、宿泊所を沢山作るって話しか?!」
「公爵様! ルミナリアにカジノを作る気なのですか?!」
みなの注目がルシアナから祖父へと移った。祖父がなんと答えるのか、固唾を飲んで待ち構えている。
「……分からん」
「わ、分からないって……」
「作ろうとしているのは儂じゃなくて、バルドー家の者だ。現状儂は、ルミナリアを立て直すにはその案を呑まねばならんと思っている」
祖父は眉間に皺を寄せて、深くため息をついた。
「バルドー家?」
「バルドー家ってなんだ?」
「お前知らないのかよ。バルドーって言やぁ、葉巻の輸入で知られている貴族だ。何でも領地を買い漁っているって聞いたことがある」
「その話なら知ってるぞ! 確かホルレグワス男爵だ。まさかルミナリアの地はホルレグワス男爵に買収されてしまうのですか?」
「買収ではなくバルドー家の者が婿入りしてくる予定なの。お姉様の旦那様としてね」
口に出すだけで苦々しい。
それだけルシアナはウィンストンが嫌いだ。
「カジノリゾートとして開発が始まれば、りんご畑を初めとして、あちこちの土地を整備されるでしょう。わたくしは皆様の本音のところを知りたいの。カジノリゾートとしてルミナリアを立て直すか、りんごのルミナリアとして生き残るか」
「りんごのルミナリアとして生き残ると言っても、どう生き残るのです? 南の国から次々と目新しいフルーツが入ってきて、りんごなんて売れやしません」
青年の発言に、店中の客が「うんうん」と頷く。
「それならわたくしに案がありますわ。でも、その案を実行する前に聞いておきたいの。本
当はみんな、リゾート地として華やかな場所に生まれ変わって欲しいのなら、わたくしのやろうとしている事は皆様を不幸にするだけですもの」
みんながリゾート地にして欲しいと思っているのなら、ルシアナも全力でウィンストンを応援するつもりだ。自分の感情なんて領民達の生活に比べたら、なんてことは無い。
「賛成でも反対でも構わないの。どう思う?」
それぞれが頭の中で色々と考えを巡らせているのだろう。なかなか誰も口を開かない中、すぐ隣に座っている初老の男性がボソリと話しはじめた。
「ワシの家は先祖代々りんご農家じゃ。それこそルミナリア公爵様がルミナリアの地を治めるようになったよりも、ずっと昔からなぁ。りんごの木だってずっと受け継いできた。それを切り倒されるなんて御先祖様になんと申し開きを……ワシは反対じゃ」
「うちもだ。うちのりんご畑は誰にもやらねぇ。子供同然に育ててきたんだ」
りんごの木伐採の危機に、りんご農園を営む人々が次々と賛同の声を上げる。
「お、俺は! 俺んとこはリンゴ農家じゃないが、この街で店をやってる。俺はこの街が好きだ。カジノなんてギラギラしたもんが出来たらって考えると……うーぅっ! クラクラしちまうよ。リゾート地に来るってんだから、上流階級の奴らが街を闊歩するんだろう? 俺はやだね。のんびりしたこの街が良いんだ」
「でもカジノが出来たら、たくさんお金を落としていってくれる」
「そうは言ってもなぁ。うちの領主様御一家は優しい方で恵まれているからいいさ。こうして俺たちと一緒に飲み食いして、腹を割って話そうとしてくださる。けど他のお貴族様はそうはいかねぇ。通り道にいた老人か歩くのが遅くて邪魔だからって、蹴り飛ばしたなんて話を聞いたことがあるぜ」
領民同士での対立はさけたかったルシアナは、話を聞きながら少し安堵した。
意見が真っ二つに割れてしまったらと気が気じゃなかったが、概ね領民たちの意見は一致した。
ルミナリアのりんご畑や街並みは守りたい。
けれど貧しいのは嫌。
「皆様のお気持ちは、よぉーく分かりましたわ。ルミナリアの地への愛が伝わってきて、おじい様なんて泣いてますもの」
領民たちの意見に耳を傾けていた祖父は感極まり、途中からボロボロと泣き出していた。
「みんな、すまんなぁ。儂が不甲斐ないばっかりに、こんな苦労をかけて。儂もこの地と民が大好きだ! それなのに、バルドー家に乗っ取られることになるとは……ううぅぅっ」
「おじい様、まだ乗っ取られてなんておりませんわ。まだ間に合います。涙を拭いてください」
祖父は隣に座っていた男性からハンカチを受け取り涙を拭う。 それを見ていた何人かがもらい泣きをして、今度は抱き合って泣き始めてしまった。
ああもう、泣いている場合じゃないのに。
でも、そんな祖父だから、ルシアナは放っておけない。
結婚すれば、ルシアナはいずれルミナリアを去る身だけれど、知らんぷりなんて出来ないのだ。
「このルシアナ・スタインフェルド、全身全霊をかけて、このルミナリアを守ると誓いますわ!」
「よっ! ルシアナ様ー! いいぞー!!」
もう迷うことなんてない。
領民達の賛同を得た今、ルシアナは激しい闘志を心に燃やした。