15.ルシアナ、行きたくもないお茶会に参加する(1)
姉の洗髪でいい考えが浮かんだ上、ドライヤーの手応えも上々。ルシアナは試作品を何度か使ってみて出した改善点を、魔道具工房へ伝えに行って帰ってきたところだ。
鼻歌混じりに公爵邸へと入っていくと、エントランスホールに何人かの若い女性がたむろしている。
――ああ、また来てるのね。
「あら皆様、御機嫌よう」
「ルシアナ様、御機嫌よう。お出掛けなさっていたのですか」
「ええ。皆様は今お帰りになる所でしょうか?」
先程通ってきた道では、ご令嬢達が乗ってきたと思われる馬車が出発の準備を整えていた。
姉やケイリーと挨拶をしていた雰囲気的にも、帰るところだろうと思った。
「そうですわ。それではケイリー殿下、また機会があればお話しましょう」
「王子が社交デビューなさったら、是非パーティーでご一緒したいものですわ」
「本当、たのしみだわ」
「それでは殿下、それからベロニカ様も御機嫌よう」
「御機嫌よう」
ホールから出て行く令嬢達を見送ると、ベロニカが「ふぅっ」とため息をついた。
「ケイリー様、申し訳ございません。次から次へと。これではケイリー様が休めませんよね」
「いや、構わないよ。僕も色んな方と顔見知りになれるしね」
ぐったりとした顔で謝罪するベロニカに対して、ケイリーは疲労の色を一切見せず、余裕たっぷりに笑っている。
ケイリーが公爵邸に滞在していると知った近くの貴族たちが、王子に挨拶しようと連日やって来ている。
今日はベロニカと歳の近いご令嬢方が中心だったようだが、男性ももちろん来るし、時にはルシアナ程の年齢の子女を連れてやって来る者もいる。
まったく、社交界にまだ出ていない王子と会う機会を逃すまいとする下心が見え見えだ。
けれどケイリーは嫌な顔ひとつせず、キラキラしい笑顔を振りまいて相手をしているのだから、これにはルシアナも感服している。
「ルシアナ嬢は街へ出掛けていたのかい?」
「ええ。ドライヤーの改善点を伝えに行っていましたの……って、ドライヤーのことなんて、ケイリー様はご興味無い話でしたわね」
先日のことを思い出して、ルシアナはふんっと鼻を鳴らした。
「君、執念深いって言われたことない?」
「ケイリー様こそ万年笑顔野郎って言われませんこと?」
「万年笑顔野郎? ぷはっ、何それ」
「嫌味をおっしゃる時ですら無駄にキラキラして笑ってらっしゃいますもの。ピッタリのあだ名ですわ」
「ちょっと、ルシアナ!申し訳ございません。虫の居所が悪いみたいで」
ルシアナの無礼なもの言いに、ベロニカが慌てて謝っている。
ケラケラと笑うケイリーは、ルシアナに最上級の笑みを浮かべて言い放った。
「君みたいに感情をコントロール出来ない人は、いい縁談には恵まれないと思うよ。特に上流社会ではね」
いよいよ身体中の血液が頭に登ってきた。
「よ、け、い、な、お、せ、わ、ですぅーっ!!」
自分の欠点など、わざわざ人から指摘されなくたってルシアナ自信が一番よく分かっている。
ムッキーと顔を真っ赤にして怒るルシアナの肩を、誰かに後ろから掴まれた。
「これはこれは、第一王子殿下。私の婚約者の妹が、無礼を働いているようで」
横に並んで現れた人を見上げると、ウィンストン・バルドーがいた。サッと脱いだ帽子を胸元に当てお辞儀をすると、ウィンストンの頭頂部が一瞬だけ見えた。オイルがたっぷりと塗られたオールバックスタイルの髪の毛は、お辞儀をしても微動だにしない。
あら……? 髪の毛が……。
ルシアナがウィンストンの頭を見続けていると、視線に気がついたウィンストンにキッと睨まれた。
こ、こわっっ……。
射ような視線に背筋がぞくりとした。恐怖で目を泳がせていると、ベロニカがケイリーに紹介をしはじめた。
「ケイリー様、こちらは私と婚約予定の……」
「わたくし、ホルレグワス男爵家の三男で、ベロニカの婚約者ウィンストン・バルドーでございます。どうぞお見知り置きを」
こいつー! 婚約者じゃなくて婚約予定でしょうが!!
ルシアナはイライラしながら、ケイリーがウィンストンに差し出された手を握り返しているのを眺めた。
「ホルレグワス男爵の話しなら、何度も耳にしたことがあるよ。よく新聞も賑わせているしね」
「殿下はまだ幼いのに新聞をお読みになっておられるのですか。感心ですなぁ。私が殿下ほどの年の頃はやんちゃばかりをして、活字なんぞ読む気にもなれませんでしたよ」
「ふぅん。僕は先月で14になった。国で何が起こっているのかくらい把握していて当然だよ」
あら、珍しい。
ケイリーはいつものように眩しいくらいの笑みを浮かべているけれど、一瞬だけ鋭い視線をしたのをルシアナは見逃さなかった。
「14ですか。私より7才もお若いのですね。歳の割にしっかりしてらっしゃる。さすがは次期国王陛下になられるお方だ」
「他に兄弟が2人いるんだ。まだ僕が王太子になるとは決まっていない。軽々しい発言はしないで欲しいね」
「はは、これは失礼。私がケイリー殿下推しだと言うことを言いたかっただけですよ」
「そう、それは心強い」
互いににこやかな顔で接しているけれど、腹の中を探っているのだろう。空気がピリピリとしている。
「こんな場所で立ち話もなんですから、お茶でも飲みながらゆっくりとお話しなさってはいかがでしょうか」
「ああ、是非そうしよう。殿下、こちらへどうぞ」
ウィンストンはサッとベロニカよりも前に出て、ケイリーを応接室へと案内しはじめた。
まだ婚約式も済ませてないのに、この家の主人かのような振る舞いにカチンときたルシアナだったが、ここはひとつ息をついて冷静に。
「それではケイリー様、ウィンストン様、ごゆっくり。わたくしはこれで失礼致します」
ベロニカお姉様はともかく、ケイリーとウィンストンと一緒にお茶なんて冗談じゃない。血圧が上がり過ぎて倒れるかもしれないのでお暇しようとすると、ベロニカに呼び止められた。
「ル、ルシアナ! あなたも一緒にお茶しましょう? ねっ!?」
ベロニカの顔面には「お願い、ひとりにしないで」と書いてある。更に要らないセリフがケイリーの口からも。
「そうだよ。今帰ってきたばかりなら喉が渇いているんじゃない? 折角だから君も来たらいいよ」
ええーー。ウィンストンの顔から察するに、「お前は来んじゃねぇ」とでも言いたそうなのに。なんで巻き込んでくるの。
「未婚の男性が二人いる空間に、未婚の女性が一人はまずいだろう? 君も来たら2対2だ」
侍女達がいればなんの問題もないじゃない。と言いたかったが、ケイリーに腕をとられて半ば強制的に応接室へと連れ去られてしまった。