14.ルシアナ、再び閃く
「ただいま戻りましたわ」
少々疲れ気味に部屋へと戻ってきたルシアナは、くたびれたソファへと腰掛けた。
これは名案だと思っていたのに……。
りんご酢を広めよう! の案は、呆気なくボツになった。
少しだけ湧いてきた希望があっという間になくなって、ルシアナの中にあったやる気が萎んでしまった。
「はぁぁ。なかなか上手くいかないものね。前世の知識でチート無双できると思ったのに。何の役にも立たないわ」
「ちーとむそうって何ですか?」
モニカは顔を「お嬢様がまた訳の分からないことを口走っているわ」とでも言いたそうに、眉根を寄せている。
「何でもないわ。こちらの話し」
「そうですか……。そんなことよりもお嬢様、魔道具工房から頼んでいた品が届きましたよ!」
「えっ?! 本当? なかなか仕事が早いわね」
早速渡された小包を開けてみると、ドライヤーらしき魔道具が入っている。
風が出てくる本体は金属で持ち手は木になっており、魔石をはめ込む場所が設けられている。
「まだ試作品の段階ですが、一度お嬢様の意見を聞きたいとの事です」
「分かったわ。早速使ってみましょう。お姉様の湯浴みはまだよね?」
「伺ってまいりますね」
モニカがベロニカの所へ行っている間に、ドライヤーを試してみる。
注文通り、暖かい風と冷たい風のどちらも出るようになっており、風量も二段階だけだけれどちゃんと調節出来るようになっていた。
「これよ、これ! いい感じだわ」
りんごの活用については残念だったけれど、とりあえずやれる事から始めなければ。
これからベロニカが入浴するということで、ドライヤーを持って浴室へと向かった。
せっかくなのでドライヤーを試すだけではなく、髪の毛の洗い方もレクチャーしようと思ったのだ。
「お湯の温度はこの位。熱すぎても冷たすぎてもだめよ。熱いと頭皮が乾燥するし、冷たいと皮脂汚れが落ちないの」
「まあ、そうでしたか。ベロニカお嬢様は今の季節だと冷たい水で、冬だったら寒いとおっしゃるので熱めの湯で洗っておりました」
ベロニカ付きの侍女ダフネが、ルシアナの用意した湯に手を付けながら温度を確認している。
予め丁寧にブラッシングしてもらったベロニカの髪の毛を、桶に張った湯につけていく。
「予洗いはしっかりと。これだけでも半分くらいは汚れがおちますわ。髪の毛だけではなく、頭皮までしっかりとね。軽く水気を切ったら次はシャンプー。こんな風に頭皮近くで石鹸を軽くお擦り付けてね。強く擦り付けると髪が痛むし、石鹸がこびりついて流しにくくなるのよ」
この世界には液体石鹸なるものはない。ルシアナも液体石鹸を作るためにはどうしたら良いのかなんて知識は持ち合わせていないので、固形石鹸での洗い方をレクチャーしていると、ベロニカが「ふうぅ〜」と気の抜けた声を出した。
「ルシアナ、あなた髪の毛を洗うのとっても上手ね。すごく気持ちがいいわ」
「うふふっ、そうでしょう? シャンプーには自信がありますの。さぁ次は酢水っと……。酢……?」
なんで今まで気づかなかったのか。
こんなに酢を活用する機会が日常にあるじゃない!!
「ルシアナお嬢様、どうかされましたか?」
「酢よ、酢!!! りんご酢を使えばいいじゃない!」
「え……りんご酢を使うのですか?」
「そうよ! ダフネ、急いでキッチンからりんご酢を持ってきて!」
「か、かしこまりました」
りんごの良い活用方法を思いついてしまった。輸入フルーツになんか負けないんだからっ……輸入……輸入……。
輸入品に押され気味で困っているもの、もう一つあったわ!!
「ダフネ、ちょっと待って!」
急ぎ足で浴室から出ていこうとするダフネに声を掛けた。
「キッチンからあともう一つ、持ってきてもらいたいもの思いついたわ!」
「……?」
五分ほどすると、ダフネが手に黄金色の液体が入った瓶と、小さな陶器製の容器を持って帰ってきた。
待っている間に用意したぬるま湯に、持ってきてもらったりんご酢を少量注ぐと、りんごの甘酸っぱくフルーティーな香りが浴室に立ち上った。
「あら、すごくいい香りだわ。お酢独特の酸っぱい香りはするけれど、りんごのいい香りね」
「ええ、本当ですわね!」
これは想像以上にいい!
いつも使っている穀物酢では、ツンっと鼻にくる匂いだけれど、りんご酢にすると刺激臭から思わず嗅ぎたくなる香りになる。
「それでルシアナ、何故ハニーポット?」
ダフネに持ってきてもらったもうひとつの容器はハニーポット。文字通り、蜂蜜が入っている。
「もちろん、ここに入れるためですわ」
ルシアナはポットから蜂蜜をハニーディッパーですくうと、りんご酢入りの湯に垂らして掻き混ぜた。
「蜂蜜は保湿・殺菌効果に加えて、ビタミンにミネラルと栄養豊富! 髪の毛にもとっても良いのですわ」
「確かに蜂蜜を顔に塗る美容法があると聞いたことがあるわ。髪の毛にも良いのかもしれないわね」
「でも、ベタベタになるのではないですか?」
少々不安げに湯桶を見つめるダフネに、ルシアナは自信を覗かせる。
「そんな事はないと思うの。きちんと洗い流せば程よくしっとりとして、保湿効果を得られるハズよ。やってみましょう」
蜂蜜入りのヘアケア商材は過去に生きた世界で沢山あった。りんごと蜂蜜は香りの相性もいいし、
上手くいくはず。
蜂蜜とりんご酢の入った湯で髪の毛を浸し、更にぬるま湯ですすぐと、乾いた布で丁寧に髪の毛を拭く。
「濡れた状態の髪の毛はダメージを受けやすい状態にあるから、絶対にゴシゴシと擦ってはダメ。こうやって押さえるようにして水気を取っていくの。ある程度拭けたら……いよいよこれの出番よ!」
ジャジャーンっ! と箱から取りだしたのは、今日届いたばかりのドライヤー試作品第一号。
「これが前にルシアナが言っていたドライヤーと言う魔道具ね」
「ここのスイッチを押すと風が出てくるのです。早速使って乾かしてみましょう」
ルシアナがスイッチを押すと、温かい風がぶぉぉぉ〜っと吹き出してきた。
動力源が魔石なのでコードがなく使いやすいが、使っている材料が金属と木なのでかなり重い。ルシアナがまだ子供だということを差し引いても重たすぎるので、これはもっと改良してもらおう。
それからデザインも無骨すぎる。もっとスタイリッシュにして欲しい。もしくは装飾して思いっきりエレガントなデザインにしてもらうとか?
あぁ、夢が膨らむーっ!!
ルシアナがドライヤーの改良点を考えている内に、ベロニカの髪の毛を乾かし終えた。
「よしっ、終わりましたわ」
「えっ? もう乾いたの?」
「すごいですね、こんなにあっという間に乾いてしまうなんて」
「どうです? ドライヤー、良いでしょう?」
ルシアナがドヤ顔で尋ねると、ベロニカもダフネもブンブンと縦に首を振った。
「正直、わざわざ風で乾かさなくてもなんて思っていたけど、生乾きのあのモワンとする感じがなくていいわ。それに急な来賓が来た時の準備も早く済むし、冬は寒くないもの」
「ルシアナお嬢様、私もドライヤー欲しいです! おいくらで手に入るのですか?!」
「うふふっ、落ち着いて」
勢いよく迫ってきたダフネを「まあまあ」と落ち着かせて、ニヤリと笑ってみせる。
「うちで働いている人達に使ってもらって、どんどん改良していきますわ。新たな魔道具として売りに出すのよ。それからりんご酢もね」