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11.ルシアナ、閃く(3)

 物珍しそうに辺りを見回しているケイリーを尻目に、ルシアナは目的地へとずんずん進んで行く。


「どこへ向かうの?」

「魔道具を作っている工房ですわ」

「へぇ。魔道具なら商人から買えばいいし、リクエストがあるなら商人に言えばいいんじゃない?」

「これまでにない、全く新しい魔道具を作って欲しいんですの。直接話しをしないと。……あっ! ここだわ!」


 ルミナリア地方の中でも最も大きく、最も優れた職人達が集まる魔道具工房へとやって来た。

 古びたドアを開けると、中の大きな空間には壁一面にズラリと工具や素材などが並び、あちこちに置かれたテーブルでは職人たちが作業をしている。


「ごめんください」

「こらこらお嬢ちゃん、ここは工房だよ。入ってきちゃダメじゃないか」

「わたくしここに用があって参りましたの。ルミナリア公爵の孫娘、ルシアナ・スタインフェルドと申します」


 工房から追い出そうとするおじさんに自己紹介をしてちょこんと膝を折ると、一瞬胡散臭そうな顔をしたが、後ろに控えている騎士達を見て姿勢を正した。


「りょっ、領主様のお孫様でらっしゃいましたか」

「工房長はいるかしら」

「俺ですが」

「是非作って欲しい魔道具があるの。こんな感じの魔道具、作れるかしら」


 ルシアナが思い描くドライヤーの形や機能などを書いた紙を工房長へと渡すと、首を傾げている。


「温風や冷風を吹き出す道具……。これは一体、なんの役に立つのですか?」

「髪の毛を乾かす為に使うのよ」

「髪の毛を……? あー、そのですね、お嬢様。髪の毛を乾かす必要ってあるんですか?」


 自信満々なルシアナに対して、なんじゃこりゃ、とでも言いたげな工房長。さらにケイリーも横から入ってきて工房長の意見に賛同している。


「僕もそう思う。魔石を使ってまで髪の毛を乾かして何になるの?」

「何になるですって?」


 思ってもみなかった周りの反応に、ルシアナの疑問が一つ解けた。

 なんでこの世界に、ドライヤーという便利な道具が存在しなかったのかを。


 主な魔道具といえば明かりをとるためのランプ、食材を冷やす冷蔵庫や冷凍庫、それから料理をするためのコンロだ。

 どれも生活をする上で重要な位置を占めていて、髪の毛を乾かすなんて作業は、他の物事に比べたら優先順位が圧倒的に低い。

 何もしなくても勝手に乾いてしまうものを、あえてわざわざ貴重な魔石を使ってまでする事では無いからだ。


 だからといって簡単に引き下がるルシアナではない。


「髪の毛が濡れっぱなしだと、キューティクルが開いている時間が長くなって髪の毛が痛むの。それに頭皮だって乾燥するのよ。ドライヤーを使って素早く乾かせば美しい髪を維持できますわ」

「はぁ……。髪の毛が痛むといってもなぁ」

「ドライヤーがあれば髪の毛のセット時間だって短縮出来ますのよ! ほら、女性は支度時間が長いじゃない?」


 貴族の女性だと湯浴みをしてから身支度を、なんて事はよくある。そうすると髪の毛が乾くまでに時間がかかるので、どうしても支度に何時間もかかってしまうのだ。ドライヤーがあれば寝癖がついてしまった時だって素早く整えられる。


 どう思う? と工房長が聞き耳をたてながら作業をしている職人達に顔を向けたが、皆一様に「さぁ」と首を傾げた。


「正直、髪の毛を乾かすとかどうでもいいですけど、どうしても作れと仰るのなら作ります」

「どうしてもよ! なるべく早くお願いね!!」


 仕方ないなぁ。とでも言いたげな工房長にちょっとムカッとしたルシアナは、語気を強めて言葉を返すと、令嬢らしからぬ足音をたてて工房を出た。


「どいつもこいつも……! 男は短髪だから大して気にならないのかもしれないけど、長い髪を綺麗に保つのって大変なんだから!」


 ブツブツと独り言を言って怒るルシアナに、後からついてきたケイリーが再びクスクスと笑った。


「なんです?」

「ルシアナ嬢は、髪の毛に並々ならぬこだわりがあるようだね」

「そうですわ。ヘアスタイルはその人の見た目を左右する、大事な部分でしょう?」

「うーん、確かにそうだけど。それってそんなに大事なことなの?」

「は?」


 元からイライラしていたルシアナは、思わず王子に向かって無礼な返事をしてしまった。それでもケイリーは変わらずににこにこと、人好きのする笑顔を向けてくる。


「人は見た目じゃない。中身が大事でしょ? いくら綺麗に着飾っていたって、高飛車だったり猫かぶりなご令嬢は沢山見てきたし、いくらビシッとキメた格好をした男でも、傲慢だったり嘘を平気でつく人もいる。僕は見た目なんてそう重要な事だとは思わないけどね」

 

 ケイリーの言っていることはもっともだ。


 でも、それじゃあ何でお姉様はあんなに悩んで傷付いるのか。見た目はさほど大事じゃないというのなら、泣きじゃくりながら自分の髪を切り落とそうとしたお姉様の方がおかしいとでも言うのか。


 要はウィンストンをはじめとするあの場にいた男たちが狭量で、上っ面しか見れない浅はかな者たちばかりだったのだが、頭に血の上っているルシアナにケイリーの言葉は響かなかった。


「ケイリー様の仰っている事が本当なら、世の中の外見で悩む人達はみんな馬鹿ってことですわね」

「なんでそう、極論になるのかなぁ」

「そんなことはありませんわ。ケイリー様にはありませんの? 唇がもっとぽってりしてセクシーなら良かったのにとか、まつ毛がもうあと0.2mm長かったらパッチリして見えるのにとか」

「そんなことに思い悩んで時間を費やすなんて、全くもって馬鹿げていると思うね」

「ほら今、馬鹿だと仰いました」


 世の中の大半の人が、多かれ少なかれ自分の外見の欠点を見つけ出しては、どうにかならないかと頭を悩ませている。

 そうやって見つけてしまった欠点をカバーすることで、前向きな気持ちになって自分に自信を持てることだってある。外見を磨く努力が無駄な時間などとは言われたくない。


 ふんっ、と鼻を鳴らしたルシアナに、ケイリーは哀れな生き物でも見るかのようにルシアナを見つめた。


「君、嫌な性格してるね。僕は外見より中身を重視したいって話しをしているだけなのに。外見を磨くことに時間をかけるその労力を、中身を磨く努力にした方が賢明だとは思わないかい?」

「そうですか。ならケイリー様が伴侶を選ばれる時は、目隠しして選ぶと宜しいのでは? 外見に惑わされず、確実に中身の素敵な方と巡り会えますわ 」

「目隠しせずとも、中身を見極める目くらいは持ち合わせているさ。それに、目隠ししようがしまいが、少なくとも君は選ばないね」


 二人の考えは平行線のまま。どんなに言葉を重ねたところで交わりそうもない。


 貴方の奥さんなんてこっちから願い下げよ! とでも言いたかったルシアナだが、相手は王子だ。流石に無礼極まりない発言は身を滅ぼすと思いとどまり、口を噤んだ。


「……わたくしの用事はもう済みました。公爵邸へ戻りましょう」

「そうだね」


 それっきり二人は押し黙ったまま公爵邸へと帰り、夕食の時間を迎えた。

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